わたしはノーマルです!
◇
二階の一室にたどり着くと、そこにはベッドがあり、椅子が一脚あり、他には何もないという……、これでは不安しか生まれませんからっ! こんな部屋の中で二人きりなんて……、わたしはいったいどうなるんでしょうっ?
も、もしかしてこのままベッドに連れ込まれ……? そ、そんな、そんなことになったら羞恥剣が炸裂しますからねっ! 封印を解き放ちますからねっ!
「あなたは、いったい何を考えているんですか?」
構えていたわたしを普通に優しくベッドの上へと座らせたお嬢さん、――もといシュヴァルさんは、わたしの疑問をそのまま言葉にしてくださいました。けれどやはり御立腹のご様子です。
いや、で、でもですね、
「それはこちらの台詞です。あなたこそ――シュヴァルさんこそなんですか? どうしてわたしをここに?」
まさか、本当にいやんばかんな展開に持ち込む気じゃないでしょうね? 優しく同意を求めてきても即拒絶させていただきますからねっ。あなたが男にしろ女にしろ、もし強要する気なら絶対にたたっ斬りますよ? 服を斬り刻んで追って来れないようにして逃走しますよっ?
眉をひそめて不信感たっぷりで問いかけると、……返ってきたのは溜息でした。……ん? 怒ってる、というより、……呆れてる?
「あなたって人は……」
ぇ? や、やっぱりわたし何かしましたか?
「何も分かっていないようですね」
これは……、完全に呆れてるようです。渋い顔をしちゃってまぁ、そんなにヤバイことをわたしがしでかしたんでしょうか……?
「あなたにはもう少し、ご自分の立場を理解していただかなければならないようです」
立場?
眉をひそめると、またも溜息。
「……ですから、安易に御自分の素性を他人に話すのはやめた方がいいと、そう申し上げているんです」
「……」
あー、……そういえば。わたし、一応、国境侵犯者でした。今回はなんとかうやむやになってくれましたけど、確かに、素性をペラペラ喋ってはいけない立場にいました。
いや、えぇ、わたしだってそのつもりでしたよ? もちろん素性は隠しておくつもりだったんですけど、……つい。だって、おばちゃんがお得意様だって言うんです。嬉しいじゃありませんか? 世界の中心の女王国でもうちの麦が使われてたなんて、めっちゃくちゃ嬉しいことじゃないですかっ!
だから、つい、ね……?
「でも、立場って、わたしはこの国の公爵なんですよね? なら問題はそうないのでは? 国境侵犯罪も適用されないはずですし……」
まぁ、本当に公爵なら、ですけど。
「それはその通りです」
ならまぁいいじゃありませんか。
お店のおばちゃんたちに知られたところで――
「……彼らに知られたところで問題ないと、そうお思いですか?」
おぉ、エスパー再び! その通りです。そう思いましたわたし。
「確かに、国境侵犯の罪には問われません。あなたは公爵なのですから罪に問われることはありません。万が一にもそんなことになれば先ほどのように守護騎士が黙ってはいないでしょう。守護騎士は主を傷付けられること、蔑ろにされることを最も嫌います」
……でしょうね。わたしを傷付けただなんだとメイシャさんをぶっ殺したい発言をした守護騎士フィッシャー君なら文字通り化けて出そうです。……守護騎士がなんなのかイマイチ分かりませんが。
「それなら、」
「だからこそです。あなたは公爵です。けれど、ご出身は金麦ですよね?」
「そうですけど、」
「ならば、それはつまり、あなたが先祖返りだということです」
先祖返り?
さっきおばちゃんも言ってましたね。『先祖返り』って、それはそのままの意味でいいんでしょうか?
「それは、わたしが何代か前の御先祖の何かしらを受け継いでいると、そうゆうことですか? でも、誰の?」
「初代様――初代女王陛下です」
……? 初代、――の女王陛下? って、どこの国の? ぇ、女王国の?
「この国で王族や公爵の先祖返りといえば、初代様の血清が隔世遺伝で現れることを意味します」
「……血清?」
「清らかなる血。あなたは初代様の正当なる血筋である、ということです」
清らかなる血が受け継がれているから正当なる血筋、ですか? わたしが?
「初代様の血統でなければ守護騎士は現れません。そのため、普通は我が国の貴族たちから守護騎士は現れます。彼らの多くは確実に初代様の子孫ですから。けれど、稀に隔世遺伝によって庶民や他国民に守護騎士が現れることがあります」
「そういう人が先祖返りと呼ばれているんですか?」
「そうです」
……へぇ、それは凄いですね。
わたしの両親もその祖父母も普通に金麦の人だったはずですし、祖父母の両親も女王国の貴族だという話は聞いたことがありませんから、かなり前のご先祖様が女王国の出身――しかも初代女王の血を引いていたと……。うーん、まぁ、うちの初代王はこちらの初代王の御親戚だという話ですから血縁関係があるといえばあるはずですが、……かなり薄いと思うんですが、隔世遺伝ってそんな昔まで遡ることがあるんですね。へぇ……。
なんとなく手の平見つめ、手首あたりに薄っすらと見える血管を眺めます。この血管内に血清とやらが流れているんですか……。ほぉ……。
「……それで? その先祖返りのいったい何が問題なんでしょうか? 先祖返りだから素性を隠す必要があるんですよね?」
顔を上げて問いかけると、シュヴァルさん、眉をひそめて少しばかり沈黙しました。言いにくいことなんでしょうか?
「……先祖返りというのは、昔から貴族たちに疎まれる存在なんです」
「……は? 疎まれる?」
疎まれるというと、嫌われているとか、そーゆう……?
「ここ数百年、我が国では王族と公爵の人数が激減し、特に現在は過去最低となっています。……残念ながら、守護騎士は人が望んだからといって現れるものではありません。例え初代様の子孫であっても、――父母や姉弟が王族や公爵だったとしても、現れぬ者には現れないのです」
「そういえば、メイシャさんも言ってましたね。守護騎士が現れないと」
だから結婚してくれないのかって、そんなことを。
「……メイシャ様の母君は現在の女王陛下です。また、大姉様――これは次期女王となる方の呼称ですが、大姉様と王族である二人の姉君がいらっしゃいます」
「メイシャさんも王族では?」
「女王国でいうところの王族とは、守護騎士が現れた女性のことなのです」
「ぇ、王族って女性だけなんですか? 男は……っと、公爵と呼ばれるんですよね。――ということは、メイシャさん以外、ご家族全員に守護騎士が現れていると? 父君は?」
「男爵位でしたが、既に他界されています」
「…………」
うあちゃー、それは気にする。それはコンプレックスに十分なりえますね。父親が男爵位でも亡くなっているとなると……、はっきり言ってあんまり助けにはなりません。
シュヴァルさんがいなかったら天を仰ぐか額を叩くかしてましたよわたし。
だから根は素直だけど時たまツンツンしちゃうわけですか……、あー、それなのにわたし、身分なんて気にするななんて言って……すみません。分かってないくせに色々言って。しかも女王陛下の娘って、普通なら王女様……。女王国に生まれたばっかりに不遇の人生となってしまったんですね。
「――そのような状況ですから、王公族になれない貴族たちが、突然現れた先祖返りをよく思うはずもありません」
それは確かに。まったくです。メイシャさんのあれはまだ可愛いものかもしれません。それってつまり下克上が可能ってことですからね。守護騎士が現れたら王族や公爵になれて、もしかしたら女王や大公になれちゃうかもしれないってことですから。
……って、じゃあわたしの素性――というか性別詐称がバレたら女王候補になってしまうかもしれないと?
…………。
――ぇ? あれ? これ、もしかしてそーゆうフラグですか? まさかの成り上がりフラグ? しかも、これは……間違いなくあれではないですか?
――王公族が減った王宮に、先祖返りの公爵として足を踏み入れた美少年。突如として現れた、このどこの馬の骨とも分からない相手に嫉妬と羨望の眼差しを向ける貴族たち。しかし、ちょっとしたことで美少年が実は美少女だとバレてしまって――、キーっ、許せない! 女王の座は私のものよ! と女同士のバトル勃発! 女王になどなりたくないと主張するも、お局のような王族やその取り巻きのお貴族様から陰湿なイジメを受ける日々――、そんな涙ながらに過ごす美少女の前に現れた一人のイケメン。正体を知らずに打ち解け惹かれ合うがそれは実は王子様的な大公様で、他の貴族たちを蹴散らし、――あぁ、あなたがわたしのロミオ! と愛を確かめ合う。そうして困難を乗り越えながらも美少女は女王となり、二人は国を平穏に導くのだった。
――みたいな?
うふふふっ、そんな感じのフラグですかこれ?
結婚式には真っ白なペガサスが舞い、青空に響き渡る鐘の音。そんな祝福ムード満載な教会で、二人は誓いのキスを……。
あぁ……! 愛と感動のシリアスラブっ!
成り上がりとシリアスラブの合わせ技による王宮成り上がりシンデレラストーリー!
――ができますね!
中身がわたしじゃなかったら、ですけど。
ま、転生してきたのがわたしでなければそっちに転がっていたかもしれませんけど、そんなのわたしは興味ないですもんねぇ。
それに、どうせ成り上がるなら女王なんかになるより兄上の補佐になって兄上の子供の教育係とかになってその子が天下を取るのを支え見守る参謀、みたいな方がいいです。兄上とずっと一緒にいられますしね!
それにしても、
「……女王国って、面白い国なんですね」
女装したり男装したり、守護騎士がいたり、さらには貴族の性別が登録制だったり、シンデレラストーリーのフラグが立っていたり。
「……よく言われます」
ですよねー。
これ、他の国が知ったらビビりますよ。もしかして女王国が鎖国的なのはこれが原因なんでしょうか? 本当に不思議なくらい情報入ってこないのは、おかしいことを自覚なさっているからかもしれませんね。だって明らかにおかしいですもん、普通じゃないですもん、この国。
「――ところで、わたし、公爵だからといってここに残る気はないのですが。嫌われているようですし、家には帰れますよね?」
当然ですよね? これで帰れませんなんて言われたらどうしましょう。とりあえず逃げますか?
例えわたしが女王国公爵の先祖返りだろうと、金麦国ピナス伯爵家の次男なことに変わりはありません。ピナス家や金麦のために働く気は満々ですけど、宗主国であろうと女王国のために働く気は皆無です。わたし、愛国心に溢れた親孝行で兄上ラブ! なブラコンですから。
「わたしにも諸々の事情があるので、帰れないと困るのですが……」
困るどころか、帰れないとかありえません。わたし、兄上の一件が片付いたら即行で帰るつもりですし。
……ふっ、さすがにここまで来ると、兄上が女装していたのは、この国色に染まってしまったからなんじゃないかと、そのあたりの見当はついています。王子がやられた毒牙というのも、もしかしたらソレの可能性が高いと。だって性別登録制の国ですからね。しかもコロコロ変えられるという……。
万が一の事態も捨て切れませんからきっちり確認してからになりますが、兄上の身の上に不幸が襲ってないのなら、あれが兄上の意思だと言うならば、何もせずに帰りますとも。それが兄上に対する礼儀といいますか、……何も報せてこなかったということは、知られたくないんでしょうしね。
どちらにしろ兄上の様子を父上に報せねばなりません。
ですから、
「帰れないと言われても、わたしは帰ります」
「それはかまわないと思います。女王に謁見後、帰国した先祖返りの例もありますので」
「本当ですね?」
「はい。王族、公爵の所在を縛る法律はありません。慣例として女王と大姉と大公職にある公爵は警護の関係もありこの首都で暮らすことになっていますが、他の方々は国内外におられます。それでも年に一度は女王陛下への挨拶はしていただきますが」
――ふぅ、……良かったです。役職につかなければ大丈夫ってことですね。帰れないことを考えれば、一年に一度の女王の謁見くらいならなんてことはありません。
だって、イジメですよ、イジメ! 金麦では受けたことありませんけど、貴族様方のイジメとか陰湿そうじゃないですか? 素性をバラすなっていうのも、きっと家にまで不幸の手紙とかをよこすバカがいるからでしょう? あー、やだやだ。そんな面倒なことには関わりたくないです。だからありがとうシュヴァルさん、わたしの軽い口を塞いでくれて。誤解が深まったことはこれでチャラにしておきます。
ホッとしていると、シュヴァルさんが「ただ、」とまだ続きがあることを臭わせました。
……な、なんですか?
「現状、数が少ない王族は保護対象となっていますので、王族の方々はこの国で、できる限り首都で過ごして頂くことになっております」
できればと言いつつ首都暮らしは半強制だそうです。
女王は王族からしか選ばれないため、万が一を考えて厳重な護衛がつけられるらしいです。
「そうですか」
ニッコリ笑っておきました。
もちろん動揺なんてしていませんよ? シュヴァルさんが溜めて言うから少しばかりドキっとはしましたけど。
わたしは男装乙女ですから何の問題もありません。素性がバレなきゃいいのです。……っていうか保護だなんて、女王国の王族って絶滅危惧種かなにかのようです。大丈夫なんでしょうか女王国。
――って、いかんいかん。他国の心配なんてしてる場合ではないです。その辺はとりあえず置いておいて、
「……一つ質問よろしいですか?」
念のため話を変えときましょう。実はこれもずっと確かめたかったんですよね。
「なんでしょうか?」
「シュヴァルさんは、本当に男性なんですか? 登録上ではなく、生物学上――というか肉体的分類として、ですが」
見えないんですよね。首も細いし、肌綺麗だし指も長くて爪もツルツルですもん。もし前世だったらニューハーフ女王どころかミスコンでトップに立てるレベルです。まぁ、胸はないですけど。
でもそれも当然だったと。なにせ、羨ましいことにシュヴァルさんは、
「えぇ、男です」
正真正銘の男の人だったわけですから。ないはずですよ。
はっきりきっぱり涼しい顔で宣言してくれましたし、本人が言うならそうなんでしょうね。
と納得していたのに、――シュヴァルさんはわたしが信用してないとでも思ったようで、マントを外し、ワンピースの胸元のボタンを一つ、二つと外し――って、シュヴァルさん? あの、わたしそこまでしてなんて言ってません。あなたの言葉も信じてますし!
「別に脱いでくださらなくても、」
結構です。
ベッドから腰を上げてそう言い切る前に、扉の向こうから慌ただしい声だとか足音が聞こえてきました。人が来そうな気配はなんとなく感じてましたけど、割と近くで声が聞こえます。マズイですよっ! と叫んでいるのはどうやらこの店のおじさんのようですけど……?
誰か来るのかと、シュヴァルさんを通り越して扉の方へと視線を向けていると、
「キュイリア」
長らく呼ばれていなかった乙女版の――まぁつまるところ本当の名前を呼ばれて、視線がシュヴァルさんへと引き寄せられ、
「あなたはじょ――」
女性ですね、と、確かに聞こえたとたん、わたしの身体は電光石火、シュヴァルさんに突進し、その身体を床に押し付けていました。
倒れたシュヴァルさんの上に馬乗りになり、今度はわたしが口元を塞ぎます。
そして、
「……目的はなんですか?」
倒れたときに背中でも打ったのか、顔を歪めたシュヴァルさんの耳元に唇を寄せて、低く冷たく問いかけたわけですが、運が悪いことに、ちょうどそのとき、
「たぁーのもぉーー!」
これまた可愛らしい顔をした美少女がドバンっと扉を開け放ちやがりました。
…………なんというタイミングですか、お嬢さん。
◇




