第24話「はじめてのランクアップ試験【後編】」
【異世界生活14日目】
――ガサッ。
北の森の茂みから、灰色の魔物が姿を現した。
鋭い目。
灰色の毛。
ルゥより少し大きな身体。
「……グレイファングにゃ」
以前、戦ったことのある魔物だった。
グレイファングは、じっとルゥを見つめている。
ルゥも動かない。
逃げるべきか。
戦うべきか。
それとも――。
ルゥは、ゆっくりとグレイファングの動きを見る。
「……」
以前、戦ったときのことを思い出す。
グレイファングは、動きが速い。
正面から向かえば、危険だ。
でも、今のルゥには以前とは違うものがある。
「……見てみるにゃ」
ルゥは『見切り』を使う。
グレイファングの身体が、わずかに沈んだ。
「……来るにゃ!」
次の瞬間。
グレイファングが地面を蹴った。
――バッ!
ルゥは横へ飛んだ。
爪が、すぐそばを通り過ぎる。
「……危なかったにゃ」
グレイファングは着地すると、すぐに振り返った。
また来る。
ルゥは距離を取る。
そして、森の中を見渡した。
試験の目的は、魔物を倒すことではない。
指定地点へ到着し、無事に戻ること。
なら――。
「戦わなくても、いいにゃ」
ルゥはグレイファングから目を離さず、少しずつ後ろへ下がった。
グレイファングが一歩近づく。
ルゥも一歩下がる。
「こっちにゃ……」
森の中には、いくつもの道がある。
ルゥは昨日までに覚えてきた目印を思い出した。
苔のついた岩。
曲がった道。
倒木。
大きな木。
「……あっちにゃ」
ルゥは、グレイファングと距離を保ちながら、帰り道へ向かって進んだ。
グレイファングは追ってくる。
けれど、ルゥは走らない。
焦らない。
相手との距離を確認しながら、一歩ずつ進む。
そして――。
「……ここにゃ」
見覚えのある苔の岩が見えた。
そこから先は、森の出口へ向かう道。
ルゥは最後まで油断せず、グレイファングの姿を確認する。
魔物はしばらくルゥを見ていた。
やがて興味を失ったように、森の奥へ戻っていった。
「……行ったにゃ」
ルゥは小さく息を吐いた。
「戦わなくても、帰れたにゃ」
そして、森を抜けた。
試験の結果
エルニアへ戻ったルゥは、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
受付では、ミーナが待っていた。
「おかえりなさい、ルゥさん!」
「ただいまにゃ!」
ルゥは試験のことを報告した。
指定地点へ到着したこと。
森の中で足跡を見つけたこと。
分かれ道で目印を確認したこと。
そして、グレイファングと遭遇したこと。
「グレイファングとは戦ったんですか?」
「攻撃を避けただけにゃ。でも、倒してないにゃ」
「どうしてですか?」
ルゥは少し考えた。
「……倒すのが試験じゃなかったからにゃ」
ミーナは黙ってルゥを見る。
「それに、戦ったら危ないと思ったにゃ」
そして、胸を張った。
「だから、帰ることにしたにゃ」
ミーナは優しく微笑んだ。
「……合格です」
「……にゃ?」
ルゥの目が丸くなる。
「Eランク昇格試験、合格です」
「やったにゃーー!」
ルゥは嬉しそうに跳ねた。
「ルゥ、Eランクになれるにゃ!」
「はい」
ミーナはルゥの冒険者カードを受け取った。
「では、正式に更新しますね」
カードが淡く光る。
これまで書かれていた文字。
Fランク
その文字が変わっていく。
そして――。
Eランク
「……Eランクにゃ」
ルゥは、新しくなったカードをじっと見つめた。
冒険者になったばかりの頃は、何も分からなかった。
薬草を集めることから始めた。
荷物を運んだ。
なくしものを探した。
魔物を追い払った。
誰かを護衛した。
初めて魔物を倒した。
『見切り』というスキルも覚えた。
道を覚え、危険を見つけ、戦わないことも選べるようになった。
「……ちょっとずつだったにゃ」
ルゥが呟く。
「でも、ちゃんと前に進んでたにゃ」
ミーナは頷いた。
「はい。だからこそ、今日のEランクにつながったんですよ」
ルゥはカードを胸に抱えた。
「もっと頑張るにゃ!」
新しい一歩
ルゥは掲示板へ向かった。
今まで受けてきたFランクの依頼とは、少し違う依頼書が並んでいる。
「これが……Eランクの依頼にゃ?」
「そうですよ」
ミーナが答える。
「今までより少し遠い場所へ行く依頼や、少し難しい依頼も受けられるようになります」
ルゥの青い瞳が輝く。
「……やってみたいにゃ」
「ただし」
ミーナが指を一本立てる。
「Eランクになったからといって、無理をしてはいけませんよ」
「分かってるにゃ!」
ルゥは笑った。
「危ないときは、ちゃんと考えるにゃ」
その言葉を聞いて、ミーナも笑う。
「それなら大丈夫ですね」
そのとき――。
「へえ」
後ろから声がした。
振り返ると、レオンが立っていた。
「Eランクになったのか」
「今日からEランクにゃ!」
ルゥが冒険者カードを見せる。
レオンはカードを見て、少し笑った。
「やるじゃん」
「レオンも頑張るにゃ!」
「もちろん。俺も負けないからな」
「ルゥも負けないにゃ!」
二匹は顔を見合わせる。
まだ、仲間ではない。
一緒に冒険したわけでもない。
それでも――。
お互いを意識する、新しい冒険者との出会いだった。
「じゃあな、ルゥ」
「また会うにゃ!」
レオンはギルドを出ていった。
ルゥは、その背中を見送った。
「……また会えるかにゃ」
きっと、これからも。
夕方。
ルゥは月のひげ亭へ戻ってきた。
扉を開ける。
「ただいまにゃ!」
「おう、おかえり!」
バルドの声が返ってくる。
その声を聞いた瞬間、ルゥの顔が自然と笑顔になった。
冒険者ギルドには、ミーナがいる。
月のひげ亭には、バルドがいる。
そしてエルニアには、ルゥが歩いてきた道がある。
この世界へ来たばかりの頃は、何も分からなかった。
帰る場所もなかった。
けれど――。
今は、帰ってこられる場所がある。
ルゥは新しくなった冒険者カードを見つめた。
Eランク。
小さな一歩。
けれど、その一歩は確かに、これまでの冒険からつながっている。
「……明日は、どんな冒険が待ってるかにゃ?」
ルゥは窓の外を見る。
エルニアの街の向こうには、まだ知らない場所がたくさんある。
まだ見たことのない景色。
まだ受けたことのない依頼。
まだ出会っていない仲間。
そして、これから少しずつ知っていく、この世界のこと。
ルゥは、冒険者カードを大切そうにしまった。
「もっと冒険するにゃ!」
小さなこねこの冒険は――。
また、新しい一歩へ進み始めた。
第2章「こねこ冒険者、次の一歩へ」――完。




