第25話「Eランク冒険者、はじめての一歩」
異世界生活15日目。
朝。
窓から差し込む光に、ルゥはゆっくりと目を覚ました。
「……朝にゃ」
いつもの朝。
いつもの「月のひげ亭」。
けれど、ルゥの胸の中には、昨日までとは少し違う気持ちがあった。
ルゥはベッドの横に置いていた冒険者カードを、そっと前足で持ち上げた。
昨日、冒険者ギルドでもらったばかりのカード。
そこに刻まれている文字を、もう一度確認する。
――Eランク。
「……Eランクにゃ」
一度見た。
でも、もう一度見る。
「……やっぱりEランクにゃ」
ルゥのしっぽが、嬉しそうに揺れた。
昨日までのルゥは、Fランク冒険者だった。
薬草を集めたり、荷物を届けたり。
森で魔物に出会ったときには、逃げたり、距離を取ったり。
最初は、何をすればいいのかも分からなかった。
それでも、一つずつ依頼をこなしてきた。
昨日はグレイファングを前にして、戦うのではなく、状況を見て判断した。
自分にできることと、できないことを考える。
それも冒険者として大切なことなのだと、少しずつ分かってきた。
ルゥは冒険者カードを大切そうに胸元へしまった。
「……もっと、いろんなことを知りたいにゃ」
知らない街。
知らない森。
まだ見たことのない場所。
この世界には、ルゥの知らないものがたくさんある。
そう考えると、胸が少しだけわくわくした。
朝食を終えたルゥは、いつものように冒険者ギルドへ向かった。
エルニアの街は、朝から活気にあふれている。
店を開ける商人。
荷物を運ぶ冒険者。
通りを行き交う猫たち。
以前なら、ただ眺めていた景色だった。
でも今は――。
「ここにも、冒険者さんがいるにゃ」
「このお店、前は気づかなかったにゃ」
歩くたびに、新しいものが目に入る。
Eランクになったからなのか。
それとも、自分の見方が変わったからなのか。
ルゥには、まだ分からなかった。
やがて、冒険者ギルドに到着する。
扉を開けると、受付にはミーナがいた。
「おはよう、ルゥちゃん」
「おはようにゃ!」
ミーナはルゥの姿を見ると、にっこり笑った。
「昨日はお疲れさま。改めて――」
ミーナは冒険者カードを確認する。
「Eランク昇格、おめでとう!」
「ありがとにゃ!」
ルゥは胸を張った。
しっぽも、ぴんと立っている。
「これでルゥちゃんも、正式なEランク冒険者だね」
「Eランクになると、何が変わるにゃ?」
ルゥが首をかしげる。
「受けられる依頼の幅が、少し広がるよ。今までより遠い場所だったり、少し難しい依頼だったりね」
「遠い場所……」
ルゥの耳が、ぴくっと動いた。
街の外。
まだ見たことのない景色。
行ったことのない場所。
そんな場所を想像すると、自然と胸が高鳴る。
「でもね」
ミーナが優しく続けた。
「Eランクになったからって、急に無理をしなくていいからね」
「……にゃ?」
「冒険者は、強いことだけが大切じゃないの」
ミーナはルゥの目を見ながら言った。
「自分に何ができるのか。そして、どこまでなら安全なのか。それを判断することも大切だから」
ルゥは、昨日のグレイファングとの対峙を思い出した。
相手の動きを見る。
危険だと判断したら、無理に戦わない。
それも、自分を守るための大切な力だ。
「……分かったにゃ」
ルゥは小さくうなずいた。
ミーナは安心したように微笑む。
「うん。それなら大丈夫」
そのあと、ルゥは掲示板を見に行った。
薬草採取。
素材集め。
街の近くでのお手伝い。
そして、これまで見たことのなかった依頼もいくつかある。
「Eランクになると、こんな依頼もあるにゃ……」
一枚ずつ眺めていく。
受けてみたい。
もっと遠くへ行ってみたい。
もっと冒険してみたい。
そんな気持ちが少しずつ膨らんでいく。
けれど――。
ルゥはふと、自分の前足や体を見た。
「……ぼく、冒険者の装備を何も持ってないにゃ」
武器はない。
防具もない。
冒険者として、自分を守るための装備もない。
今までは、それでもなんとかなった。
でも、これから先。
今までより遠くへ行くなら。
今までより難しい依頼を受けるなら。
何かあったとき、自分を守る準備も必要なのかもしれない。
そのときだった。
「ルゥちゃん」
後ろからミーナの声がした。
「にゃ?」
「そういえば、Eランクになったことだし……そろそろ防具を見てみてもいいかもしれないね」
「防具……?」
ルゥが耳を立てる。
「うん。ルゥちゃんは体が小さいから、普通の冒険者用だとサイズが合わないかもしれないけど」
ミーナは少し考えてから続けた。
「エルニアには、冒険者向けの武器や防具を扱っているお店があるよ」
「そんなお店があるにゃ?」
「あるよ」
ミーナが笑った。
「『ブレイブアームズ』っていうお店」
「ブレイブアームズ……」
初めて聞く名前だった。
けれど、その名前を聞いた瞬間、ルゥの胸が少しだけ弾んだ。
「……行ってみたいにゃ」
「うん。まずは見るだけでもいいと思うよ」
ミーナはそう言って笑った。
「冒険者になったら、装備を整えることも大切だからね」
「装備……」
ルゥはもう一度、その言葉を口にした。
ギルドを出たルゥは、教えてもらった場所を探して歩き始めた。
いつもの依頼へ向かう道とは違う。
今日は、エルニアの街を少しゆっくり歩いてみる。
通りには、知らない店がいくつも並んでいた。
色とりどりの商品。
聞こえてくる店員の声。
冒険者たちの話し声。
焼きたてのパンの香り。
少し歩くだけで、知らなかったエルニアが次々と見えてくる。
ルゥは足を止めて、街を見渡した。
「エルニアって……広いにゃ」
冒険者になってから、何度も歩いてきた街。
それなのに――まだ知らない場所が、こんなにもある。
森だけが冒険じゃない。
遠くへ行くだけが冒険でもない。
知らなかった場所を知ることも、きっと冒険の一つなのだ。
ルゥは、そんなことを思った。
そして――。
通りの先に、一軒の店が見えた。
木と石で造られた建物。
青と金の装飾。
入口の上には、大きな看板が掲げられている。
――ブレイブアームズ。
「……あったにゃ」
ルゥは店の前で立ち止まった。
大きな扉を見上げる。
その向こうには、自分がまだ知らないものが待っている。
防具。
冒険者の道具。
そして――これからの冒険。
昨日、Eランクになった。
今日から、少しずつ新しい世界へ進んでいく。
ルゥは小さく息を吸った。
「……行ってみるにゃ」
ルゥは、ゆっくりと一歩を踏み出した。
新しい冒険は、街の中から始まる。
――第25話・おわり。




