第23話「はじめてのランクアップ試験【前編】」
【異世界生活13日目】
朝。
月のひげ亭の窓から、柔らかな光が差し込んでいた。
「……朝にゃ」
ルゥはベッドから降りると、大きく伸びをした。
昨日は東の草原で、薬草採取の依頼を終えた。
広い草原では、帰り道を忘れないように目印を覚えた。
似たような薬草を見つけても、すぐには採らず、葉や茎をよく確認した。
そして、草むらから何かの気配を感じたときも――近づかなかった。
「危ないかもしれないなら、近づかないにゃ」
少し前までのルゥなら、気になって確かめに行っていたかもしれない。
でも今は、自分で考えて行動を選べる。
「今日も頑張るにゃ!」
ルゥは月のひげ亭を出て、冒険者ギルドへ向かった。
ミーナからの提案
朝の冒険者ギルドは、今日もたくさんの冒険者で賑わっていた。
ルゥはいつもの受付へ向かう。
「おはようございます、ルゥさん」
「おはようにゃ、ミーナさん!」
ミーナは笑顔でルゥを迎えた。
「昨日の依頼、お疲れさまでした」
「薬草、五本ともちゃんと合ってたにゃ!」
「はい。全部確認しましたよ」
ミーナはルゥの冒険者カードを手に取った。
Lv5
Fランク
スキル『見切り』
カードを確認したミーナは、少し嬉しそうに微笑んだ。
「ルゥさん。最近、本当に成長しましたね」
「そうかにゃ?」
「はい」
ミーナはこれまでの依頼を振り返るように話した。
薬草採取。
荷物運び。
なくしもの探し。
魔物の追い払い。
護衛。
魔物討伐。
そして、少しずつ難しくなってきた依頼。
「最初は、簡単な依頼から始めましたよね」
「そうだったにゃ」
「でも今では、魔物の動きを観察したり、危険を避けたり、自分で帰り道を考えたりできるようになりました」
ルゥは尻尾を揺らした。
「ルゥ、ちょっと強くなったにゃ!」
「それだけではありません」
ミーナは優しく笑った。
「冒険者としての判断力も、ちゃんと身についています」
そして、受付の奥から一枚の書類を取り出した。
「そこで、ギルドから提案があります」
「提案にゃ?」
「はい」
ミーナは書類をルゥの前へ置いた。
「Eランク昇格試験を受けてみませんか?」
「……Eランク?」
ルゥは目を丸くした。
自分の冒険者カードを見る。
そこには、まだFランクと書かれている。
最初に冒険者になった日のことを思い出した。
何も分からなかった。
依頼のことも。
魔物のことも。
この世界のことも。
それでも、一つずつ依頼をこなしてきた。
「……受けたいにゃ」
ルゥは顔を上げた。
「ルゥ、試験を受けるにゃ!」
ミーナは嬉しそうに頷いた。
「はい。頑張ってくださいね」
試験の内容
「今回の試験場所は、北の森です」
ミーナが地図を広げる。
「森の中にある指定地点まで進んで、目印を確認して戻ってきてください」
「それだけにゃ?」
「基本はそうです」
ミーナは続けた。
「ただし、北の森には小型の魔物もいます」
「……にゃ」
「魔物を見つけても、無理に戦う必要はありません」
ルゥは頷いた。
「戦わないにゃ」
「危険だと感じたら、引き返しても構いません」
「逃げてもいいにゃ?」
「はい」
ルゥは少し安心した。
「それなら、ちゃんと逃げるにゃ!」
ミーナが小さく笑う。
「大切なのは、自分で考えて判断することです」
「分かったにゃ」
「それと――」
ミーナは少し真剣な表情になった。
「必ず無事に帰ってきてください」
ルゥはミーナを見る。
「……約束するにゃ」
そして胸を張った。
「ルゥ、ちゃんと帰ってくるにゃ!」
「はい。いってらっしゃい」
「行ってくるにゃ!」
北の森へ
エルニアを出て、北へ向かう。
街道を進むと、やがて大きな木々が見えてきた。
北の森。
ルゥは森へ入る前に、一度振り返った。
「帰る道を覚えておくにゃ」
森の中へ進む。
木々が多く、同じような景色が続いている。
ルゥは周囲をよく観察した。
大きな木。
苔のついた岩。
少し曲がった道。
二本の木の間にある倒木。
「これを目印にするにゃ」
一度振り返り、道を確認する。
それから先へ進んだ。
しばらくすると、地面に小さな足跡を見つけた。
「……魔物の足あとにゃ」
ルゥは近づかず、少し離れた場所から観察した。
足跡の向き。
大きさ。
数。
「こっちへ行ったみたいにゃ」
その先は、試験で進む道とは違っていた。
ルゥは少しだけ考えた。
追いかければ、何の魔物なのか分かるかもしれない。
けれど――。
「……追わないにゃ」
ルゥは足跡から離れた。
「今日の依頼は、魔物を探すことじゃないにゃ」
そして、そのまま指定地点へ向かった。
分かれ道
さらに進むと、森の中で道が二つに分かれていた。
「……どっちにゃ?」
右は少し明るい。
左は木々が多く、薄暗い。
ルゥは地図を見る。
けれど、森の中では景色が似ていて、今いる場所を判断するのが難しい。
「こっち……かな?」
右へ一歩進む。
しかし、ルゥはすぐに足を止めた。
「……待つにゃ」
周囲を見渡す。
そして――。
「あっ」
少し離れた場所に、苔のついた岩が見えた。
森へ入ったときに覚えておいた目印。
「こっちにゃ」
ルゥは左の道を選んだ。
しばらく進むと、木々の向こうに小さな開けた場所が見えてきた。
その中央には大きな切り株。
その横には三本に分かれた木。
そして、その後ろに白い石。
「ここにゃ!」
指定された場所だった。
ルゥは周囲を確認する。
「ちゃんと着いたにゃ!」
試験の最初の目的は達成した。
あとは、ギルドへ戻るだけ。
そう思った、そのとき――。
――ガサッ。
「……にゃ?」
ルゥの耳がぴんと立った。
茂みが揺れた。
――ガサ……。
ルゥは動きを止めた。
何かいる。
そして、茂みの向こうから――。
灰色の影が、ゆっくりと姿を現した。
鋭い目。
灰色の毛。
少し大きな身体。
ルゥは、その姿を知っていた。
「…………」
一瞬、息を呑む。
「……グレイファングにゃ」
以前、戦ったことのある魔物。
以前のルゥなら、どうしていたのだろう。
逃げる?
戦う?
それとも――。
ルゥはグレイファングを見つめた。
グレイファングも、ルゥを見つめている。
静かな森の中。
次にどうするか。
ルゥ自身が、決めなければならない。
「……どうするにゃ」
小さなこねこは、じっと相手を見た。
――第23話・前編 終。




