完成したお店
屋敷を売却した後の、手狭だけれど快適だったアパートでの仮住まい生活から、約一年。
秋の冷涼な風が王都の街路樹を黄金色に染め上げる頃、私の新しい人生の拠点となる「城」が、ついにその全貌を現した。
朝の清々しい空気の中、建物を覆っていた足場や養生シートが職人たちの手によって次々と取り払われていく。その様子を、私とカシウスは通りの向かい側から、まるで我が子の誕生を待つ親のような、期待と緊張が入り混じった眼差しで見守っていた。
やがて最後のシートがバサリと落とされ、朝日に照らし出された新しい建物の姿が完全に露わになった瞬間、私は息を呑み、言葉を失った。
「ついに……ついに完成したのね。夢みたい……自分のお店を持てるなんて」
無意識のうちに漏れた私の声は、感極まって微かに震えていた。前世の会社員として働いて頃の私に言ったら、到底信じなかっただろう。
「はい。素晴らしい出来ですね、ルキア様」
隣に立つカシウスも、感慨深げに建物を仰ぎ見ながら深く頷いた。
そこにあったのは、以前の古びた店舗の面影を全く残していない、堂々たる三階建ての立派な建築物だった。
外壁の色は、全体が「バーントアンバー」と呼ばれる、深く温かみのある赤茶色で統一されている。前世の記憶にある、歴史あるヨーロッパのレンガ造りの街並みを彷彿とさせる、落ち着きと重厚感を兼ね備えた色合いだ。周囲の建物が比較的明るい漆喰や石造りが多い中で、この深いバーントアンバー色は浮くことなく、それでいて確かな存在感を放ち、道行く人々の目を惹きつける絶妙なバランスを保っていた。
そのシックな外壁の正面、一階の店舗入り口の真上には、柔らかなアイボリー色で彩られた新しい店の看板が掲げられている。洗練された流線型の文字で掘り込まれた店名と、その横にちょこんと添えられたお馴染みのペンギンのシルエット。
さらに、看板の周囲には計算された角度で小さな「黄色い魔法灯」が設置されていた。今はまだ明るい朝だが、職人がテストのために魔力を通すと、ぽわっとした温かみのある黄色の光がアイボリーの文字とペンギンを立体的に浮かび上がらせた。夜になれば、この魔法灯の光がバーントアンバーの壁面に美しい陰影を作り出し、道行く人を優しく店へと誘う、最高におしゃれなライトアップになるはずだ。もちろんショーウィンドウも完備。
今のところ、カシウスの作った家具の展示に、ペンギンぬいぐるみを置く未来しか見えないけど。それはさておき。居ても立ってもいられなかった。
なぜなら、打ち合わせ以来、カシウスと職人に任せていたからである。
「さあ、中に入りましょうか」
カシウスに促され、私は、はやる気持ちを抑えきれずに、真新しい真鍮製の四角いドアノブに手を掛けた。
カチャリ、という小気味良い音とともに重厚な扉を開けると、真新しい木材と、かすかな石の香りが鼻腔をくすぐった。
「わあ……なんてことでしょう!」
一階の店舗フロアに一歩足を踏み入れた瞬間、施主の口からは思わず感嘆の声が漏れ出ました。
外観が醸し出す落ち着いた重厚感とは打って変わり、そこに広がっていたのは、息を呑むほど明るく、洗練された開放的な空間だったのです。
匠の粋な計らいが、住む人の心をそっと包み込むかのような仕上がりだったのです。
床面には、前世でいうところの「ホワイトオーク」に似た、少し白みがかった明るい木目の無垢材が贅沢に敷き詰められている。足を踏み出すたびに、木が持つ特有の柔らかな感触と、しっかりとした厚みが伝わってくる。
そして、商品を陳列するための棚や、中央に配置されたディスプレイ用の巨大なテーブルなど、店内の家具はすべて、一切の妥協のない純白で統一されていた。さらに極めつけは壁面だ。漆喰でも壁紙でもなく、光沢のある白い大理石が床から天井まで隙間なく張り巡らされている。
魔法灯の光が白い大理石に反射し、ホワイトオークの床を柔らかく照らすことで、店内全体がまるで真珠の内側のような、上品で幻想的な輝きに包まれていた。
「ああ! なんて美しいの……。ここに、ペンギン……もとい、あのイカやタコのぬいぐるみ、それに新作のクッキングドレスを飾ったら、絶対に映えるわ!」
「ええ。白を基調としたこの空間なら、ルキア様が作られる色鮮やかな商品たちが、より一層際立つことでしょう」
「ンフフ、カシウスの家具もよ!」
自分の理想が寸分違わず形になったことに感激し、私は広い店内をくるくると子供のように見回した。ここが私達のお店。私達の城。前世で家賃の値上げに怯えていた私が、この世界でついに手に入れた、誰にも奪われない完全な自分の居場所なのだ。
一階の店舗内装を心ゆくまで堪能した後、私がどうしても、真っ先に試したかった設備があった。
それは、店舗の奥、従業員用のバックヤードに続くスペースに設置された「浮遊型昇降機」――前世の言葉で言えば、エレベーターである。
古代ドワーフのエルフ魔法技術統合現代復元技術、三者が融合して作られたというこの昇降機は、鉄の箱をワイヤーで吊るす前世の物理的なエレベーターとは、根本的に構造が異なっていた。見た目は、床から天井まで伸びる透明なガラスの大型円筒形だ。
私は興奮気味にカシウスと一緒に入り、横に設置された台座にある「二階」を示す水晶のボタンに触れた。
「いくわよ……!」
私はチューブ内のパネルにある「二階」の水晶ボタンを、指先で少し強めに押し込んだ。
――フォンッ!
その瞬間、昇降機の内部全体が、眩いほどの青い半透明の光に包まれた。
「えっ!?」
体がふわりと浮くような感覚、あるいは強い魔法を感じたかと思いきや、そういった物理的な感覚は一切ない。ただ視界が、水族館のように少し青く染まり、瞬きを一つした次の瞬間、青い光がスッと消え去った。
そして、目の前のチューブの扉が開くと、そこはすでに二階のフロアだったのだ。
「……えええっ!?」
私は思わずチューブから飛び出し、後ろを振り返った。
上昇しているという感覚も、下降しているという感覚もない。「ウィーン」という機械音も、到着を知らせる「チン」という音すら鳴らない。水晶の階層ボタンを押しただけで、待ち時間ゼロ。文字通り「一瞬」で指定した階層に到着してしまったのだ。
前世の、あの遅々として、何度も止まって進まないエレベーターのイライラは何だったのか。朝のラッシュ時に各階で停まり、気まずい沈黙の中で階数表示を見上げ続けるあの時間は何だったのか。
「い、異世界すごい!!」
私はあまりのオーバーテクノロジーに感動し、両手を握りしめて叫んでしまった。
「……?」
背後から降りてきたカシウスが、怪訝そうな顔で小首を傾げた。
「あ、違うの! 言い間違い! 魔法すごい! って言いたかったの!」
私は慌てて両手を振り回し、顔を引きつらせながら言い直した。危ない、危ない。テンションが上がりすぎて、前世の怪奇用語が飛び出してしまった。
カシウスは少し不思議そうな顔をしたものの、すぐに納得したように頷き、昇降機のチューブを感心したように見上げた。
「確かに、これは驚異的ですね。空間魔法の応用かと思われますが、それを個人の建物に組み込めるほど小型化・安定化させた異国の魔法技術には、心から感銘します。これなら、重い荷物を持ったままでも一瞬で移動できますね」
「そ、そうなのよ! 作業効率が爆上がり間違いなしね!」
私は冷や汗を拭いながら、話を二階のフロアへと逸らした。




