優雅なお茶会
「それにしても、このティーカップ、素晴らしい出来栄えですね。ペンギンの丸みと線の柔らかさが完璧に再現されています」
「ふふ、職人に特注させたのよ。あなたのお店の分も作らせてあるから、後で届けさせるわね」
「本当ですか! ありがとうございます」
「さあ、冷めないうちにお茶をどうぞ」
「はい! 頂きます!」
そんな和やかなやり取りを交わしながら、私は勧められるままに、ペンギン柄のティーカップを手に取り、琥珀色に透き通ったお茶を一口含んだ。
カップを顔に近づけた瞬間、鼻腔をくすぐる、花のような、それでいて果実のような甘く爽やかな香り。そして一口飲むと、その味わいに私は目を見開いた。
「……!」
前世を含めて、とにかく味わったことのない美味しい味だった。渋みや苦みは一切なく、澄み切った清らかな水に、極上の旨味と甘味が溶け込んでいるような感覚。喉を通った後にも、口の中に心地よい余韻が長く留まり、体中の細胞が喜んで深呼吸をしているかのような錯覚さえ覚えた。前世で飲んだ最高級の玉露や、名高いダージリンのファーストフラッシュですら、この一杯の前では霞んでしまうかもしれない。
「美味しい……! なんですか、このお茶!? 味わったことのない味と言いますか、とっても不思議で、でもすごくホッとする深みがあります!」
私が興奮気味に伝えると、ロマーナさんは満足げに微笑んだ。
「ええ、気に入ってもらえて嬉しいわ。これはね、エルフ大陸の最南に位置する国、『ティル・ナ・ノーグ』の特産品の一つなの。あの大陸は全体が自然魔力に満ちているけれど、中でもあの地域は特別よ。特に自然豊かで、ガイアード(地父神)の祝福を直接受けている土地柄故かもしれないわね。土壌の魔力濃度が違うから、そこで育つ茶葉は、こうして精神を安定させ、魔力を穏やかに回復させる効果を持つらしいのよ」
ティル・ナ・ノーグ。その美しい響きを聞いて、私の脳裏にふと、ある記憶が蘇った。
王都の片隅で、小さな露店を出していた店主の故郷が、その国だったはずだ。あの露店で売られていたサンドイッチは絶品だった。焼きたての香ばしいパンに、シャキシャキとした新鮮な野菜、そして秘伝のスパイスでマリネされた特製の具。一口食べるごとに幸福が広がるその味に惹かれ、私は何度かその店に通い詰め、店主とも少し仲良くなっていた。
だが、私がその店に通っていた本当の理由は、味だけではなかった。
店主は、二足歩行をする猫の獣人だったのだ。艶やかな毛並み、ピンと立った耳、そしてコックコートを全身で、きゅっと締めたその姿が、もう堪らなく可愛かったのである。
さらに私を釘付けにしたのは、その調理風景だった。猫の店主は、短い前足を忙しく動かす代わりに、「念動魔法」を使って調理を行っていた。空中に浮かんだナイフがトマトを薄くスライスし、見えない手がレタスをふんわりとパンに乗せる。マスタードの瓶が自ら傾いて適量を絞り出す様は、まるで魔法の国のオートメーション工場を見ているようで、可愛さと不思議さが同居するその光景から目が離せなかったのだ。
もちろん、そんな猫店主に向かって「あなたが可愛くて、魔法で料理する姿に萌えているからずっと見ていました」などと、正直に言えるはずもない。頭のおかしい変態だと思われてしまう。だから私は、じっと見つめていた理由をごまかすために、苦しまぎれにこう言ったのだ。
「あ、あの、念動魔法を見るのが初めてで……。それと、珍しい料理法だなと思って、つい見入ってしまいました!」
その言い訳を聞いた猫店主は、自慢げに胸を張り、「ルーメン国は商業が急成長していて凄いけど、こういう繊細な生活魔法は、俺たちの故郷ティル・ナ・ノーグの方が進んでるんだな」と笑ってくれた。絶賛商業急成長中のルーメン国には、地方や他国からやってきた「お上りさん」が溢れている。だからこそ、「念動魔法が珍しくて見とれていた田舎者」という私の苦しい言い訳は、全く珍しくない自然な反応として受け止められ、彼をすんなりと納得させることができたのだ。それにしても、ドヤ顔でサンドイッチを差し出すあの猫店主は、本当に可愛かった。
私がそんな場違いな回想に浸り、口元を緩ませていると、ロマーナ氏の声が現実へと引き戻してくれた。
「どうかしら、ルキアさん。あなたのお店に、小さくお茶の葉のコーナーを設けるというのは?」
ロマーナ氏は、ティーカップをソーサーに置き、真剣な商人の目をして私を見つめていた。
「このお茶は、ルーメン国ではまだほとんど流通していないわ。ティル・ナ・ノーグとの交易ルートは、私の商会がようやく開拓したばかりだから。あなたの店は、新しいもの、良いものを求める感度の高い客層が多いでしょう? 食後の一杯として提供しつつ、茶葉の販売コーナーを作れば、きっと爆発的に売上が伸びるわよ。卸値は特別価格にしてあげる。どうかしら?」
流石は大商人のロマーナさんだ。美味しいお茶でもてなし、私の心を完全に掴んだ直後に、この提案。常に商売に関して隙がない。前世会社員だった素人の私とは大違いだ。
彼女の頭の中には、私の店を拠点にして、この王都に新たな高級茶の文化を根付かせるという壮大な青写真も描かれているのだろう。しかし、これは私にとっても決して悪い話ではない。この驚くほど美味しいお茶をいつでも飲めるようになり、さらに店の売上も上がるのだから。
「素晴らしいご提案です! 是非、私のお店にコーナーを作らせてください!」
「良かったわ。契約成立ね。改装が終わる頃に合わせて、極上の茶葉をたっぷりと運び込ませるわね」
ロマーナ氏は満足そうに微笑み、再びお茶を口に含んだ。そして、少しだけ声のトーンを変えて、親しげな響きで尋ねてきた。
「ところでルキアさん。例の美容グッズの経過はどうかしら?」
「あれですね!」
私は身を乗り出した。
「それが、とても良くて! 私の髪は見違えるように艶が出ましたし、ストレスが減って肌の調子も格段に上がりました。それに、私だけでなく、カシウスもすごく気に入っているんです!」
そう、何を隠そう、このルーメン国には今、空前の「美容グッズブーム」が到来していたのである。
これまで、この国の美容といえば、一部の王侯貴族が怪しげな香油を塗りたくったり、鉛を含んだ白粉を使ったりするような、前時代的で危険なものが主流だった。あってもマーケティングゼロの、無人販売という、ドカ出し業者だけだった。
しかし、そこに革命をもたらしたのがロマーナ氏である。彼女は、自前の巨大な錬金術研究所と、それを量産するための錬金術工場を所有しており、他国で培った高度な技術を、『化粧品ブランド』として、この国に持ち込んだのだ。
彼女の到来と同時に、安全で効果の高い化粧水、保湿クリーム、そして革新的な洗髪料などが次々と市場に投入された。初めは恐る恐る手を伸ばしていた貴族の女性たちも、その劇的な効果に驚嘆し、瞬く間に口コミが広がった。今や、彼女の商会が展開する美容グッズを手に入れることは、王都の女性たちにとってのステータスであり、大きなブームとなっていたのだ。
以前、画家界の巨匠だったアイレネという人の絵画のモデルになったのだが、その影響でこうして、私はロマーナ氏と知り合きっかけができ、特別なコネクションにより、ルーメンでの一般発売前の最先端の試作品から、最高級の完成品までを優先的に提供してもらっていた。




