助ける巫女と拒む巫女(4)
実菜穂と叶が共に夜道を歩いている。二人並んで歩く姿は、帰宅中の仲の良い姉妹のようにも見えた。
二人が足を進めるのは、歓楽街から少し外れた静かな住宅街だった。街の中心部は、先ごろ物の怪を退けたところだし、他の巫女たちも目を光らせていることから、敢えて手薄になっている静かな場所を選んだ。
「こういう生活感が漂う場所ほど、黄泉の世界と繋がりやすいみたいね。人の情念みたいなものにも関係しているのかな……言ったそばから……」
叶が家々の明りを眺めながら呟いた直後だった。
二人が通り過ぎた外灯が照らす地面に、ぬるりと黒い水たまりが広がった。そこから二体の骸骨の化け物がゆらりと姿を現した。
「きたよ!」
叶が警戒の声を上げると同時に、実菜穂は振り返り、自分の背丈ほどある鉄の弓を一体の物の怪めがけて一気に振り下ろした。
神の手によって作られた鉄の弓―――それは人の製錬技術では到底生み出せない、極太の鉄柱を握れるほどの太さにまで凝縮させたような異形の和弓。その重量は実に八十キロを超え、通常の人間ならば持ち上げることすら不可能だ。しかし、それを実菜穂は、麦わらでも振り回すかのように軽々と振り下ろした。弓というよりは、巨大な鉄塊による強打である。
ダ――――――ン!
地震のごとき地響きをおこした轟音と共に、あえなく一体目の化け物は粉砕され、もう一体も叶の飛び蹴りによって一瞬で崩れ去った。
黒い水たまりは実菜穂がすぐさま神気で閉じ、冥界との縁を断ち切った。
その後も二人は同様に冥界との抜け道を封じつつ、時には巫女も陰ながら手助けをしながら、担当のエリアを清めていった。
西のエリアを担当する陽向と霞も、同じように順調に務めを果たしていた。
実菜穂と叶は、物陰から一体の様子を窺っていた。そこでは、本巫女と見習いの二人組が、牛の頭を持った巨大な蛇の怪異と死闘を繰り広げていた。その化け物は巨体に似合わず動きが敏捷で、頭部に生えた鋭利で頑丈な角を武器に、容赦なく巫女たちへと襲い掛かった。
苦戦する本巫女を支えるため、小さな身体の巫女見習いが、背後から斬り込んで陽動を図り、隙を作ろうとしていた。
だが、化け物の巨大な尾が、見習いの少女を弾き飛ばす。本巫女が咄嗟にかばいに入ったものの、強烈な打撃を受けて二人とも地面に転がった。本巫女は、なおも妹分を守ろうと果敢に立ち上がるが、ダメージの大きい見習いの方は動けず、立つことすらできない状態だった。化け物は、今度は凶悪な巨大な牛の頭で、本巫女を串刺しにしようと狙いを定めていた。
実菜穂はその光景をじっと見ていたが、叶が止めるよりも先に、その身体が自然と動いていた。
鉄の弓の弦を一気に引き絞る。親指よりも太い鋼鉄のワイヤーが、ゴムひものように伸びていく。人の力では一ミリも引くことはできない。そもそも、鋼鉄製の弓がしなることなどない。だが、神が作りしこの鉄の弓は、竹のように美しくしなっていく。実菜穂が胸元まで弦を引き寄せると、鉄塊から作り出したような矢を解き放った。
この弓を引き絞るのに必要な腕力は数十トン。そして、音を置き去りにして放たれた矢の物理的破壊力は、もはや最新の電磁砲に匹敵する。それ単体で神の身体をも傷つけることができるほど猛威であり、水の神の神気を乗せれば一撃で神を討ち果たすことすら可能だった。
放たれた一矢を見た叶は、思わず目を見開いた。
(ちょっと、なんちゅうことをするの! こんな住宅街でそんな矢を放ったら、化け物どころか、街まで破壊しちゃうじゃない‼)
止める暇もなく、放たれた矢は音を置き去りにして、閃光と化していた。だが、矢は化け物の頭部をかすめることもなく、絶妙な弧を描きながら上空へと駆け抜けていった。
外したのかと思った次の瞬間、凄まじい衝撃波の刃が、化け物の頭をもぎ取っていくと、爆音と共にあたりの家を揺らした。
「ヤバっ、実菜穂ちゃんいくよ」
叶はまだ状況が飲み込めていない巫女たちに見つかる前に、実菜穂の手を強く引いて駆け出した。実菜穂は引っ張られるまま、無言でその場を後にした。
やがて二人は、街灯もまばらな静かな路地裏へと辿り着いた。ここもまた物の怪が現れるには絶好な条件の場所だった。
実菜穂は、駆け足からゆっくりと歩き出し、その足は次第に重くなった。
「……実菜穂ちゃん、どうしたの⁉」
叶は、実菜穂が何かを拒むように立ち止まったことが気になった。しかしすぐに、それは自分の失態だと気づき、息を飲んだ。
手を繋いだこと―――それは、実菜穂に自分の心を読まれたかもしれないという恐れだった。
(この子は、何かを感じ取ってしまったのか……)
叶が探るように、実菜穂の俯く顔を覗き込んだ。
「叶さん、教えてください……」
実菜穂がゆっくりと、顔を上げた。その瞳に、涙の球が水色に悲しげに光っていた。
「どうして、あの小さな女の子たちは、こんな辛い戦いをしているのですか?」
実菜穂が叶を水色の瞳で、見つめていた。




