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巫女の務め(1)

「天高く馬肥ゆる秋」という言葉があるが、残暑と呼ぶにはあまりにも尾を引きすぎる暑さが続いていた。暦はとうに十月に入っている。実菜穂みなほの制服も半袖から長袖のブラウスになり、オレンジ色のスカーフが秋という季節に溶け込むはずだった……。


「あつーい! 陽向ひなた、十月だよ、秋だよ。秋の神様、出番間違えてない?」


 実菜穂は我慢できずに、神社の木陰でスカートを手で上下に仰ぎながら涼をとっている。引き締まった腰からふわりと垂れている淡いオレンジ色の布地から、太ももの白い肌がちらちらと見えていた。


「実菜穂、ここだからいいけど学校でそれやったら、皆の目を引くよ」

「はい、心得ています。もう少し丈を短くしようかな。どうしてスカートはこう暑いのだろう。中が蒸すから苦手だあ。陽向は平気なの?」

「この程度なら大丈夫です」


 実菜穂が、折り目正しく制服を着こなしている陽向を感心しながら見ている。もっとも、陽向は子供のころから巫女衣装を身に着けて社務しゃむをこなしていたのだから、学校の制服であれば十分耐えることができた。


 陽向は扇を取り出して、実菜穂をそよそよと仰いでいた。その風を心地よく頬に受けて実菜穂はうっとりとしている。


 扇の風に混じって凛とした涼し気な空気が通り抜けていった。


「おっ、準備完了かな」


 実菜穂がぱっちりと目を開けると、陽向と一緒に祠の前にやって来た。


 祠の前には少女が立っていた。幾重にも重ねた着物を身に着けている。それは、群青色から徐々に水色に変化していくように重ねられていた。頭には紫色の秋桜こすもすの華を咲かせた髪飾りが水色の髪を彩っている。さらに煌びやかな石を散りばめた王冠も少女の清楚な姿を引き立たせた。みなもである。


「わーっ、みなも綺麗だよ。うん、普段から見惚れるほどだけど、これはまた豪華だね。まさに晴れ舞台だ!」


 実菜穂が、みなもの頭のてっぺんからつま先までジックリと見つめていく。陽向も同じように感嘆しながら彼女を見ていた。みなもは、頬を僅かに桃色に染めながら、二人の視線から目を逸らした。


 一見すると微笑ましいシーンだが、異様な光景と言ってよかった。なぜなら、人が神様をじっくりと眺めているのだ。本来あり得ないことで、もし無礼ゆえに神様の機嫌を損ねれば、祟りを受けても仕方がないことである。


 だが、人が好きな神様である、みなもに限ってそれはない。


 神様が見えるこの二人は、それぞれ巫女である。いま十二単じゅうにひとえのような着物を纏い涼し気な空気を漂わせている水の神様「みなも」の巫女が実菜穂、そしてこの神社の氏神である火と光の神「火御乃光乃神ひみのひかりのかみ」の巫女が陽向だ。


「のう、世辞はもうよいわ」


 実菜穂と陽向の視線に耐えかねたみなもが、まじまじと見る実菜穂の顔を両手で遠ざけた。


「いやあ、本当に綺麗だよ。みなもと会った時からずっと思っていたけど、時を重ねるごとに美しさが増していく。『神議かむはかり』に参上するんだから気合入れなきゃね」

「気合って……『神議り』は神様の大切な務めなんだから、遊びじゃないよ」


 みなもに迫る実菜穂に陽向が、ツッコミを入れた。


「でも確かに実菜穂の言葉のとおり、去年よりも美しさが増しているね」


 実菜穂の横で陽向が頷いた。みなもは、いっそう視線を横に逸らした。


 その様子を微笑ましく見つめるのは、火の神だ。白い装束を身に纏い、長い髪を一つに束ねている。みなもを見つめる瞳には、強くそれでいて優しい紅の光が輝いていた。


「もうよい。わっ、分かった。お主たちの言葉、嬉しく受け取る。礼を申す」


 みなもが場を治め、二人の興奮を鎮めた。


 両名が落ち着いたところで、みなもが水色の瞳を輝かせ、真剣な面持ちで言葉をかけた。


「実菜穂に陽向、今日はお主たちに話さねばならぬことがある。火の神、よいな」


 みなもが火の神の方に顔を向けた。火の神は、顔をほころばせてうるわしき女神と巫女たちのやり取りを眺めていたが、みなもの視線にギュっと眉宇びうを引き締めて、ゆっくりと頷いた。


「先ほど実菜穂が申したとおり、儂らは『神議り』に参上する。それゆえ、二週間ほどここを留守にすることになる」

「そうだね。日本中すべての神様が天津あまつはらに集って重要会議を開く。だから神様がいなくなる。『神無月かんなづき』だ! あっ、因みに『天津が原』って『天つ神が集う原』ってことでしょ」


 実菜穂が胸を突き出して、「どうだ!」と得意気な笑みを浮かべている。


「そうじゃ。天津が原に神無月じゃ。じゃが実菜穂、お主の言葉に一つ誤りがある。全ての神は集わぬ」

「「えっ!」」


 実菜穂と陽向が、一音高い声を上げた。二人が驚くのも無理はなく、古典の授業でも神話でも「神議りがある月は、全ての神様が一堂に会する」となっていたからだ。


 みなもは、二人が不意打ちを受けたように面食らっている顔を眺めていた。


「集わぬ神もおる。神議りには天上、地上の様々な神が集うものではあるが、全ての柱が揃うわけではない。大きな務めをもつ神……例えば死神しがみは必ずしも参上するわけではないのじゃ」

「おお、なるほど! 確かに死神がいなければ、人の御霊はすぐに物の怪に襲われちゃうもんね」


 実菜穂は、本来なら知ることがない事実を教わったことに目を輝かせた。そんな彼女に対して、みなもは微笑ましという柔らかな表情とは正反対に端正な顔を引き締め、憂いを帯びた少女のように実菜穂を見つめていた。


「確かにそうじゃ。じゃが、実菜穂、陽向よ。参上せぬ神は、他にもおるのじゃ」


 木陰を通り抜ける風が、みなもの髪飾りに咲いている秋桜の花弁を揺らしていた。 

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