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ブレーメンの聖剣 第4章神戯<シンギ>前章  作者: マグネシウム・リン


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「つまり、当時の俺は、突然現れた敵を前に笑っていたらしい。フリムに聞いた限りでは。見たことない笑顔だったって」

 ニシくんのことだから、皮肉のひとつやふたつ、あると思ったが、冷静すぎるのが逆に不可解だ。

「破滅願望があった、とか? よくあるだろ。明日は学校に行きたくない、学校に隕石が落ちればいいのにって」

「数学の宿題は嫌だったがそのぐらいで社会全部が無くなればいい、なんて思わないさ」

「思うだろう? 思春期あるあるの——ってなんだよ、ユキ。怒るなって冗談だ」

 ニシのとなりで、ユキは眼球カメラだけをニシに向けて睥睨した。

「私に感情はありません」

 あくまでインターフェイスです、生き物と同じ扱いをしないでください——。その後に続く言葉はいつも同じだ。機械だからしょうがない。

「思春期の男っていうのは、世界が信じられなくて自分が信じられなくて、全部ぶっ壊れてしまえばいいって思うものなんだよ。タマついてたら、そう思うんだ」

「言葉には気を付けてください。人類(ゲプト)は滅びの危機から再興したのです。それをぶっこわれたらいい、などと」

 ユキがお説教モードに入っている。さて、補助脳を介して彼女を説得しないと。通信を開いて——よし、これでいい。

「俺は、別に戦いに興奮を覚えることを悪く言うつもりはない。興奮状態、アドレナリンが出てくれるからこそ感覚が鋭敏になるし危険に対処できる。痛みを感じにくく敵を倒そうという闘志にも繋がる」

「詳しいんだね」

「まあ、コソボやチェチェンにもいったことがある。いや行かせたのは人類軍(あんたら)の指示だったが。戦いになれば、兵士は饒舌になるものだ。静かなのは死んだ奴だけ。楽しいかどうかというのは別だが。あんたは、どうなんだ?」

「勉強も運動もダメだった俺は、しかし戦争になれば兵士になれるんじゃないか、と期待していた。皆兵制度といって、いや分かりにくいかもしれないが、すべての市民は兵士になる義務があるんだ」

「いや、分かる。ホモサピエンスの国々を見てみろ。ほとんどそうだ」

 ふむ、意外だった。文()人類学の本をもう一度読み直さなくては。

「あちこちで、そうだったよ」ニシは視線を遠い記憶へ移して「自分の祖国が独立し、民族が大国に勝てば新品の手作りの国旗を翻してパレードするんだ。敵から奪った戦車に乗って。でも、負けたら絶望さ。着の身着のまま、なけなしのドル札を握りしめて死ぬまで逃げ続けなければならない。非武装地帯の国連軍の基地に避難民が殺到するがゲートを開けるわけにはいかない。そして彼らの頭上を最後の旅客機(737)が飛び立つんだ」

 すぐニシは居直った。ついこぼれ出た愚痴をごまかしている。彼を見つけて10年になるが、この10年で多くを経験したらしい。

 悪くない。苦労はヒトを成長させる。それは人類(ゲプト)もホモサピエンスも同じだ。

「当時の俺は、逃げるしかなかった。なにせ武器も何も持っていなかったのだから」

 ノアは両方の手でヒトの形を作ると、右へ左へ人形を走らせた。

「その敵は? 確か、コイレ……いや人類(ゲプト)の呼び方ならシエリアだ。また侵略戦争が始まった」

「いや、連中はシエリアじゃなかった。新たな敵だよ」

 この街には基地がある。実際には基地ができた後に街ができた。

 50年前の大侵寇(だいしんこう)では人類(ゲプト)が一丸となって戦った。基地を建て、それを支える産業ができて、それらを支える街ができた。

 必死で走った。冷気で肺が凍りそうになるのに首元は熱かった。雷の遠鳴のような爆音と地響きが時折届いた。

 フリムは足が速かった。ノアの腕を引っ張りながら基地のゲートをくぐった。ずらずらと出陣する戦闘車両が途切れたタイミングで、避難した市民たちは基地の中へなだれ込んだ。

「逃げてきた人、あまりいないね」

 フリムはほんのり頬が赤くなっていた。振り返った先でノアはむせかえるぐらい咳こんでいた。

「ほら、やっぱり運動してた方がよかったじゃん」

「うっさい」 

 避難してきた市民でごったがえすると思ったが、ヒトはまばらだった。とけた靴ひもをかがんで結べるぐらい、ゆうに広い。

 ちょうどノアが靴ひもから視線を動かしたとき、列が動いた。警備兵に誘導されるがまま、避難民の列は基地の背後にある1本の滑走路に続いていた。見上げるような大きさの輸送機が止まっている。すでに4つあるターボプロップ・エンジンは暖気を始めており、高効率燃料の特徴的な甘い香りが漂っていたが、吸いすぎると体に悪いため皆かいがいしく袖の端でマスクを作ってる。

「川の向こう側はもう火の海だった」

 背後で、避難した市民の誰かが言った。

「俺は外星人を見たぞ! ああ、おぞましい。あれはケダモノだ。真っ赤にただれた肌、機械の(パイプ)が顔から生えているんだ。シエリアとは違うようだ……」

「都市防衛隊が戦っていたが、圧勝だった!」

 おいおい、どの話も尾ひれが付きすぎていて信ぴょう性がない。そもそも勝っているならどうして輸送機が出発準備してるんだ。

 市民たちの不安なざわめきは、滑走路の拡声器の大音量でかき消された。

『司令部より戦時徴用法の適用が宣言された。すべて成人の市民には戦う義務がある』

 ざわめきがどよめきに変わる。機械的に同じ文句が繰り返し拡声器から流れた。

『武器を引き渡した後、都市防衛隊を再編する。駐機場2番格納庫へ向かえ』

 どきどきした。

 戦える。願ってもないチャンスだ。くそったれの外星人たちをぶん殴って英雄になるだ。

 しかしノアの横で、フリムはふるふると震えていた。

「バカなマネしないでよね」

「な、俺は、人類(ゲプト)のために戦うって言ってるんだ」

「ノアには無理よ、冷静なって」

「俺のオヤジもオフクロも、まだ向こうにいるんだ」

 ノアが指をさす。市街地から黒煙が立ち上っている。

「お願い、今だけはわがままを我慢してよ」

「俺の親でもないのに」

「ノアの友達だから」

 列が進んだ。基地の兵士が市民に旧式の2型ライフルと一抱えの弾薬を渡して基地のほうへ誘導している。大人たちは「必滅必勝」という50年前の標語を呪文のように唱えているが顔は真っ青だった。

 兵士は老人たちにも銃を配っていた。ライフルを抱えるのさえままならない、前の戦争の生き残りたちだ。そして障害者には手榴弾を2つ渡し基地の機関銃陣地へ案内している。

 代わって避難してきた子供たちと妊婦だけが軍用輸送機に乗り込んだ。1機目が満員になると、列は2機目のほうへ回された。

 列が進んで仕分け係がノアとフリムを見た。すぐ隣の係員はライフルを手渡す準備をしている。

 フリムの視線が怖い。怒ると怖い。きれいな顔のせいで、なお怖い。でもこれはチャンスなんだ。これを逃したらずっと負け犬みたいに逃げ続けなければならない。

 ノアはフリムを押しのけて叫んだ「俺も戦える!」

 しかし仕分けの兵士は聞こえていないかのようにノアを輸送機の中へ押し込んだ。起き上がろうとしたが、フリムに内側へ引っ張られてまた倒れた。

「バカなことしないでって言ったじゃない!」

「俺だって戦えるんだ」

「何ができるっていうの、言ってみなさい!」

 なんでフリムが泣いているんだ。フリムには関係ないだろう。

 輸送機はすぐに満員になり、ゲート・スロープがせりあがった。体感でタキシングを始めた、と分かった。椅子もなく捕まるところもなく、どこかで小さい子供が泣いている。

「パルは、だめね。通信できない」

 当たり前だ。通信機を破壊するのは戦争でよくあること。

「ね、私たち、どこに行くのかな」

「知らない」

「ノアはこういうの詳しいでしょ」

「知らない」

「こっち見て!」ほとんど金切り声だった「お父さんもお母さんも、学校のみんなもどうなったかわかんない。私にはノアしかいないのよ」

 くそ、泣くなよ。なんて声かけていいか分からないだろ。あと手を力いっぱい握るのは止めろ。痛い。

「たぶん、この近くの無事な基地のはず。ジムシオン、とかかな。あそこ航空軍の基地だから」

 輸送機は滑走路の位置に着くと速度を一気に上げた。持ち前の短距離離陸能力で、瞬時に空へ浮かび上がった。格納庫に荷物同然で押し込められた避難民たちは揺れるたびに押しつぶされるせいで息ができない。

 すぐとなりにフリムがいる。いつもは気丈なのに、ぶるぶる震えている。幼稚園のとき園で飼っていたユキウサギみたいだ。小さくて暖かくて抱え上げるとぶるぶる震える。指を噛まれてでもそれがととても悪いことに思えて、幼稚園の先生に黙ったままいた。あれからウサギというか小動物が苦手になった。守らなきゃいけないのに噛みつかれる。

 フリムの言う、心配な気持ちも分かっている。友達はいなくとも、嫌いとも思っていない同級生が学校のがれきの下にいると思うと辛い。でもオヤジとオフクロは、心配という気持ちがわいてこなかった。あの2人は俺よりも優秀だ。戦えるし守れる。俺とはまるで真逆な性格をしている。きっと次会ったら戦いから逃げた俺を叩くに違いない。

 窓の外が光った。

 閃光の後、爆轟が轟き機体が揺さぶられた。ノアはフリムにしがみつかれたが椅子も支えもないせいで他の避難民と一緒に崩れ落ちた。

 小窓から見たオレンジ色の光——あれは高効率燃料の燃えた色だ。外星人からもたらされた技術で、従来のエンジンのまま航続距離が10倍になる。しかし同時に過密なエネルギー密度のせいで被弾すれば巨大な火球になる——個人通信端末(パル)でそういう記事を読んだことがある。

 さっきの爆発は、一緒に飛び立った輸送機か。小窓の向こう側では地上からめちゃくちゃに撃たれる火線が見えた。

 こんなところで、死ぬわけにはいかない。

物語tips:高効率燃料

陽星(ゲプト)の産業は石油エネルギーに依存している。しかしその組成は手が加えられておりエネルギー密度が非常に高い。これは50年前の大侵寇(だいしんこう)の際、コイレ=シエリアから奪った技術のひとつで社会革新をもたらした。航空機であれば無給油で惑星を一周できる能力がある。

一方で、そのエネルギー密度ゆえに少しでも被弾すれば巨大な火球が生じるなど危険性も高い。一部の部隊では従来の燃料を使用している。

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