3-19
テーブルの上に置かれたカードを前に、手に取っても良いものか迷っていると、ギルマス補佐官が、
「まずは、冒険者カードの記入事項に間違いがないか、確認をお願いします」
「はい」
促されるまま手に取って確認してみる。
うん。大丈夫。
どういう仕組みかは知らないけれど、私が書いた英字がきちんと反映されている。
「間違いがなければカードの利用登録を行います。ゆっくりでいいのでカード中央に描かれている紋章に触れてみてください。少しずつですが、貴女の内に流れる力が紋章を通してカードへ記録されていきます。それにより、このカードが貴女専用の魔道具となります」
へぇ。これも魔道具になるんだ。
私が持っている『古代魔道具』と似てるところがあるけど、違う構造なのかな?
「少し貧血のような症状が出るかもしれませんので、気をつけてください」
――確かに。
指先から『何か』がすぅーっと抜けていく感じがして、一瞬くらりと眩暈がした。
それと同時に紋章が淡く虹色に輝き、やがてカードの白へと溶け込んでいく。
「大丈夫か?」
「……はい。すみません」
気がつけば、アルさんが私を支えてくれていたようだ。
補佐官が私を気遣いながら一旦カードを受け取り、確認をする。
「――大丈夫なようですね。これでこの冒険者カードは貴女専用になりました。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「カード使用時には先程輝いた色の紋章が浮かび上がります。貴女の色は……虹色、でしたか。珍しい色ですね」
「そうですか?」
そういえば……
『古代魔道具』の契約も虹色になっていたな。
「尚、この登録はCランクまで継続されます。Bランクからはその都度登録が必要です。カードの機能については、既に説明を受けていると思いますので割愛しますが、けっして失くさないようにお願いしますね」
「はいっ」
真新しい冒険者カードを手に取り、によによしながら眺める。
しかもさっき買い取ってもらった代金がすでに振り込まれているらしい。
明細は窓口でも見られるけど、今回は別口で貰った。
そんなカードを持った私も、漸く冒険者の一員だ。
最初の仕事は各ギルドマスターへの挨拶回りだから、まずはアポを取らないとね。
特に薬草関係の薬師ギルドへの挨拶は外せない。
あぁ、でもその前に、住む処を決めないと……
「あー、黒真珠の君。浮かれてるところ申し訳ねぇんだが、ちょっと聞きてぇことがある」
「はいっ!何でしょう」
やば。嬉しいのが顔に出てたかな?
少しだけ顔を引き締め、背筋を伸ばす。
そうしていると補佐官が、鑑定に出していたはずのショッキングピンクの卵をカートに載せて運んできた。
その卵を横目に、ギルマスは真剣な顔で訊いてくる。
「――アンタ、こんな物騒なモノ、どこで手に入れた?」
「物騒なモノ?」
はて。何のことやら。
「こちらの卵のことです」
補佐官が卵を指し示す。
え?この卵ってそんなに物騒なモノだったの?
確かに人の頭ほど大きいし、色も色だから怪しいけど。
「どこ、と言われましても……森の中で拾いましたが……」
「森の中?」
「はい」
「どこの森だ?」
「――『ジクスの森』と呼ばれている所です」
「……あそこか」
「成程ね」
ギルドマスターは眉間に皺を寄せて額を押さえ、アルさんはさも有りなんといった風に頷く。
「成程って……そもそもアンタがコレを知らねぇってこたぁねぇだろ」
「確信がなかっただけだ。俺だって実物を見るのは初めてだからな」
「ホントかこの野郎……」
「あのぁ~、補佐官。結局コレってなんの卵なんですか?誰に訊いても分からないってことだったから鑑定をお願いしたんですけど」
いつまでも続きそうなギルマスとアルさんの漫才をサクッと無視して、補佐官に説明を求めると、彼もまた2人を華麗に無視して教えてくれた。
この補佐官――デキる。
「これは――『魔族の卵』です」
「え?魔族?」
と、いうことは……
角が生えていて、魔王がいて、四天王がいて、中には最弱な魔族もいて、人類と対立していて定期的に魔物を率いて攻めてくる――そんな感じだろうか。
と思ったけど、この世界の魔族は――
人に近い姿を持ち、竜に匹敵する寿命を持つ種族で、基本的に自分の領域から出ることはほとんどない、希少な存在なんだとか。
その高い知性と強大な魔力から、魔族を従僕にしたがる者は昔から後を絶たず、もし捕らえることができれば、国家予算に匹敵するほどの高値で取り引きされるらしい。
けれど、そんな人より賢い魔族がそう簡単に捕まるわけもなく……
仮に捕らえることができたとしても、魔族自身が『主』と認めない限り仕えることはないそうで、実際に仕えているところを見た者はいないんだって。
「そんな魔族の卵が、1個ではなく3個も見つかるとは……」
見るからにヤバそうではあったけど、そこまでヤバい卵だったとは知らなかったんだよ。
額を押さえ、深くため息を吐く補佐官を見ていると、なんだか申し訳なくなってしまう。
「そうしたら、素人の私が持っているより、専門家に預けた方が良いのかな?」
「その手のモンは拾ったもん勝ちだからな。持っていても悪かねぇよ。ただ、魔族の専門家っていたか?オレは収集家か好事家しか知らねぇが……」
「専門家がいたとしても、そいつらも卵の扱いは手探りだろうし、育成となればどうだろうな。そうなると誰が持っていても問題はないと俺は思うがね」
「どうされますか?育てるというのであればこちらもできるだけ手助けはします。手放すというのであれば売買は可能です。ただ、魔族の卵はあまりに高額なので買取ではなく、後日オークションに掛けることになりますが……」
ギルマスとアルさんの意見を聞いた上で、補佐官が改めて私に判断を委ねてくる。
そう言われましても、ね。
腕を組んでう~んと悩む。
短い間とはいえ、お世話をしてきたので、多少なりとも情というものがないわけではない。
ただ、専門家がいないのは正直痛い。
育成となると、観葉植物すら育てられない私に上手くできるだろうか?
国家予算級のシロモノっていうのもなぁ……地味にイヤなんだけど。
「皆さんだったらどうしますか?」
「オレは売らねぇ、かな。なんか、恨まれそうだ……」
「私も売るのはちょっと……育成のリスクより、売却のリスクの方が高過ぎてお勧めできません」
「俺も同意見だな。というか、気づいてないのか?」
「何がですか?」
「そいつら、売られるの、もの凄く嫌がっているぞ」
アルさんの指摘に、後ろで控えていたラシードも深く頷いている。
え?そうなの?
思わず卵をじっ……と見つめてみる。
言われてみれば……なんとなく……そう言ってるような、言ってないような……
「――ごめんなさい。私には全っ然分からないです」
「いや、これに関しちゃ分かんねぇ方が幸せだろ」
ギルマスのフォローがありがたい。
よく分からないけど、ここに居る全員が売らない方が良いという根拠があるなら、売らない方がいいんだろう。
「――じゃぁ、とりあえず、保留でお願いします」
腕を組んで3秒ほど悩んだ後、そう決めた。
「保留、ですか?売却ではなく」
補佐官が確認してくる。
「はい。なんか、売るのはちょっと違うような気がして……卵達が嫌がっているなら止めておいた方が良いのかなって……」
育成には全く自信はないけどね!
仮に卵が無事孵ったら、その時に本人?達がどうしたいか決めれば良いことだし。
――いつ孵るのか知らんけど。
それまでは大事に預かっておこう。うん。
「見て見てラシード。冒険者カードだよ。これで私も冒険者の一員だ」
「良かったですね、主。ですが、当分無茶なことをしてはいけませんよ?」
「大丈夫。アルさんやラシードに心配かけるようなことはしないから」
「それはとても良い心掛けです」
「――おい。あの会話はなんだ?主人と奴隷の会話じゃねぇだろ」
「この二人はアレが普通なんだよ」
「……変わった主人ですね」




