3-20
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
第三章はここまでです。
10月いっぱいはお休みさせていただきます。
尚、再開は11月を予定しております。
「……アルさん」
「なんだ?」
「ここは一体何処なんでしょうか?」
「デルナダの宿だが?」
「宿……」
宿っていうから前の集落と同じで、木造2階建ての庶民的な宿屋を想像していたんだけど……
なんか、ちょっと……いや、だいぶ違う気がするんですががが。
時間はほんの少しだけ遡る。
冒険者ギルドで念願の身分証兼冒険者カードを手にすることができた。
買い取ってもらった各品の金額もだいたい分かったし、気になっていた卵の鑑定も無事済んだ。
なので次は奴隷商だ!と意気込んでいたのに、
「さて。次は宿だな」
そう言って、アルさんは私の両脇に手を入れ、子供を持ち上げるかのようにひょいっと荷台に乗せた。
……この体勢、めっちゃ不本意なんですが。
「え?次は奴隷商じゃないんですか?ラシードの首輪を返却しないと……」
「――黒真珠の君」
「――はい」
「君は大金を抱えて歩く趣味がおありかな?」
荷台にはひっそりと国家予算×3個分の魔族の卵が置かれている。
「……イエ。ナイデス」
「よろしい」
にっこり笑うアルさんの笑顔が怖い。
「何を持ち歩いているか、少しは自覚してくれ。まずは、君の身の安全が先だ」
そこは私より高額な卵じゃないんかい。
「人気の少ない時間帯だったとはいえ、君が『魔族の卵』を持ち込んだところを何人もの職員や冒険者が目撃している。ギルド職員には守秘義務はあるが、冒険者はそうはいかない。卵共々早急に安全な場所へ移動した方が良い。それに……」
「それに?」
「君も少し休んだ方が良い。連日の野営で疲れが顔に出ているぞ」
ありゃりゃ。
ラシードに謝りながら事情を説明したら、
「もちろんです。主の身の安全の方が大事ですから」
だからそこは卵じゃないんかい。
全くこいつらは……
そうして連れられた本日のお宿。
通りに面した建物は、その一画を占めるほど大きかった。
建物は他と変わらない白系の外観だったけど、よく見ると高級感のある大理石が使われている。
入口の前には屋根付きの馬車止め、その奥には重厚な木製の両開きの扉。
もの凄く場違いなオンボロ荷馬車なのに、嫌な顔一つせずドアマンが近づき、一礼をする。
アルさんはここが宿だって言うけど――宿、とは?
荷台から素早く下りたアルさんが慣れた感じでドアマンと二言三言話している。
私もマネして荷台からぴょんっと飛び降りた。
けど、ちょっと着地に失敗してふらついてしまう。
「主?大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫」
私の愚行を見ていたラシードが心配して駆け寄ってきたけど、へらっと笑って誤魔化す。
だってハズカシイじゃない。
自分の失敗を見られるなんて。
必要な荷物だけ従業員が荷台から丁寧な手つきで降ろしてくれる中、卵が入った麻袋だけは、強張った顔でラシードが持ってくれた。
すごい……あの赤兎馬が、宿の隣にある厩舎へ大人しく引かれて行く。
長旅だったし、さぞかし疲れも溜まっているだろう。
――あ。
労うの、忘れてた。
それにしても、宿の造りといい、従業員の質といい……
「もしかして……高級な宿?」
「一等だからな」
ドアマンと話が終わったアルさんが説明してくれた。
「一等?」
冒険者にランクがあるように、当然宿にもランクはある。
一等は超特等宿、特等宿に次いで3番目で、Bランク以上の上位冒険者や下位貴族、ちょっと裕福な商人たちがよく使用するんだとか。
「この宿は一等の中でも防犯はもちろん、建物の構造、従業員の質、警備体制に定評があり、女性客への配慮も十分に行き届いている。加えて冒険者ギルドから近い。何かあった時はすぐに駆け付けられる」
「あの……そこまで立派な宿でなくても良いんですが……」
重厚な木製の扉が開かれ、真っ先に飛び込んできたのは絨毯が敷かれた大階段。
開放的で明るいロビーには、華美ではない、けれど豪華なシャンデリアが吊るされている。
右側にはゆったりとした待合室が広がり、左側には飴色に輝くフロントカウンター。
――宿、とは?
「――黒真珠の君」
「――はい」
「忘れているようだが君は女性だ。女性が1人で最低ランクの相部屋や三等の安宿に泊まれるわけがないだろう?」
「……はい」
「加えて君は『魔族の卵』を持っている。そんな人物が警備のつかない二等は論外だ。本来は特等か超特等が良いんだが、おそらく君はそういった華美な宿は好まないだろう?そこで妥協して一等にした。何か問題があるか?」
「……イエ。ナイデス」
「よろしい」
くそぅ。ぐうの音も出ない。
策士だな、こいつ。
アルさんが宿泊の手続きをしてくるというので、待合室のソファに座って待つことにした。
「お待ちの間にどうぞ」と、香りの良い紅茶が運ばれて来た。
放っておいたらアフタヌーンティーセットが出て来そうで怖い。
「主、お疲れでしたら足をお拭きいたしますが」
「足?――いや、拭かない。今ブーツ脱いだら、二度と履けなくなっちゃう……」
そんなこと言ったらダメだよ、ラシード。
荷物を置いたら、今度こそ奴隷商に行くんだから。
あと、絶対足臭いだろうし……
ふぅ……と、小さく息をついてソファに寄りかかる。
やっぱり、ちょっと疲れたかな。
座り心地が良すぎて、体が沈んでいく。
寄りかかったクッションなんて極上の枕だ。
ダメだ……このまま眠ってしまいそう。
瞼が――重い。
……少しだけ。少しだけ目を閉じよう。
「――主?」
ラシードの声が遠くに聞こえる。
ごめん……ちょっとだけ疲れたから、3分だけ寝かせて?
今度は2時間も寝ないから……
「主?――アル様!主のご様子がっ!」
なんだか周りがうるさいな。
人が寝てるんだから、もう少し、静かにしてよ……
「黒真珠の君?――熱が高いな。支配人、部屋は使えるか?――なら、すぐに運ぶ。あと医師を……」
アルさん。大丈夫です。
ちょっと眠たいだけなんで、このまま寝かせてください。
医者とか、大袈裟な――……




