3-18
受付をしてくれた少年に、冒険者ギルド2階にあるギルドマスターの部屋へ案内された。
2階に上がる時、1階から職員や冒険者からめちゃくちゃ好奇の視線を向けられて恥ずかしかったけど、幸いフードがそれを遮ってくれた。
――おかしい。
「私、呼び出しくらうほどのことはしてないはずなんだけどなぁ」
「――どの口が言う」
「ん?アルさん、何か言いました?」
「何も」
小さくて聞こえなかったや。
ラシード、何故ため息を吐く。
ホントに何もしてないのにっ!
そして、通された部屋の中にいたのは。
闘牛の様に大きい体と立派な角を持った牛獣人のギルドマスターと、狐を彷彿とさせる細い目をした人間のギルドマスター補佐官。
午後の日差しを背に受けた2人は、某特務機関の司令官と副司令官のようだ。
とにかく圧が凄い。
入ってきた人物が予想外だったのだろう。
2人は一瞬戸惑っていたけれど、すぐに席を立ち、順にアルさんと握手を交わした。
「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
「んなわけあるか。問題ばっか山積みで毎日胃が痛ぇわ」
「胃が痛いのは補佐官殿の方だろう。半年前より細くなっているんじゃないのか?」
「分かりますか?ギルマスを含め問題児ばかりで……日に日に食事の量が増えています……」
「どれだけ食ってるんだよ」
アルさんとギルマス、補佐官の楽しそうな会話が広がる。
――いいなぁ。仲間がいるって……
「しかしひでぇナリだな。まんま熊じゃねぇか」
「依頼帰りでな。牛のアンタに熊と言われるのは心外だ」
軽く笑いながらアルさんが視線でちらりとソファを見ると、ギルマスもまた頷いて座るよう促す。
「それよりも、なんでS級のアンタがいるんだ?用があるのはアンタじゃねぇんだが」
「ちょっと事情があってな」
誘導されるままアルさんの左側に立ち、ギルマスがソファに座るのを確認してから私も「失礼します」と軽く会釈をして座る。
座る前にフードを外すことを忘れない。
被ったままでは失礼だからね。
ラシードはというと、私の後ろに静かに控えた。
「で?要件はなんだ?」
「……」
「ギルマス?」
アルさんが話しかけても、ギルマスも補佐官も何故か黙り込んだままだ。
そんな2人と目が合ったので、にこりと笑顔を向けるけど、反応がなさ過ぎて怖い。
頼むから何か言ってくれ。
「あの――お話があると窺ったんですが、どのようなご用件でしょうか」
はっと我に返った補佐官がギルマスを小突く。
続いてギルマスも気まずそうにゴホンと咳払いをした。
「あ、あぁ、すまねぇ。どうしても確認したいことがあって、だな……あー、その……なんて呼べばいいんだ?」
「黒真珠の君」
間髪入れず、アルさんが恥ずかしげもなくそう告げる。
「黒真珠の君、だ」
何その「大事なことだから2回言いました」みたいなやつ。
「――なるほど」
真面目な顔で納得すんなギルマスよ。
この苦行、いつまで続くんだろう。
くそぅ。二つ名世界、恐るべし。
「その、黒真珠の君に確認なんだが――アンタ、本当に冒険者になるつもりなのか?」
「はい」
「そうか……大昔ならいざ知らず、ここ何十年もおん……失礼、女性が冒険者になった例がなくてな。立ち入ったことを聞くようで悪いんだが、どうして冒険者になりたいのか、理由を聞いてもいいか?」
え?面接?これって面接なの?!
下手なこと言ったら落とされるやつ?
でもホントのことなんて、答えられるわけがないし……
こんな時、なんて答えれば良いの?
アルさんをちらりと見れば、肩を竦めてわずかに口角をあげるだけだ。
――ダメだ。こいつ、当てにならねぇ!
「憧れていた、ということもありますけど、自分で収入を得たいと思いまして……」
「いや、買取品があるじゃねぇか」
「それはアルさんからも言われました。ですが一生ものではありません。私としては、安定した生活ができるほどの収入が欲しいんです」
「だったら夫に貢いでもらえよ……冒険者になるよりもよっぽど良いだろうが」
「夫はいませんので、それは無理です」
「「「「はぁ?!」」」」
四人の大きな声が部屋中に響き渡る。
あまりの大きさにびっくりし過ぎて、思わずアルさんの腕にしがみついてしまった。
ギルマスと補佐官はともかく、何故アルさんとラシードも驚く?
と思ったけど、そう言えばその手の話はしていなかったな。
必要なかったし。
「アンタ、いくつだよ」
わぉ。その質問、女性にする?
ギルマスって意外と命知らずだなぁはっはっはー。
「――24?」
「「「「24?!」」」」
またしても大反響である。
――こいつら、うるさい。
「ウソだろ……オレはてっきり12、3歳かと……」
「ギルマス、それはあんまりです。私は14、5歳だと思っていましたが……」
「俺はせいぜい17、8だとふんでいたんだが……」
私の後ろで静かに立つラシードも、3人の意見を聞いて深く頷いている。
お前ら……ホント、後で覚えてろよ。
東洋人の年齢不詳さ、なめんな。
「24だったら夫の4人や5人いてもおかしくねぇだろうが。なんでいないんだよ」
いや、なんでと言われましてもね……
今までそういう世界にいなかったからです、とは流石に言えない。
しかも夫の人数、増えてるし。
「――おかしいと思ったんだよ。よくこんな無防備なやつを1人で旅させたなって。一家庭の問題だから黙っていたが、何故夫達は止めなかったのかと不思議で不思議でしょうがなかったんだが……」
「1人って、アルさん。ラシードもいましたけど?」
「奴隷はカウントされない」
カウントしないんかい。
――何故だ。
夫がいないというだけで、この場にいる男ども全員が頭を抱え出した。
この絵面、シュールだなぁ。
「国の定めで夫を最低3人持たないといけないことは承知しています。女性を働かせることが男性の沽券に関わるということも知っています。けれど私としては、まず自分の生活基盤を作りたいと思いまして……」
「だから冒険者になりたい、と?」
「はい」
「ですが貴女の場合、冒険者としての危険性より、日常生活の危険性の方が遥かに高い。貴女はどのように身を守るおつもりですか?」
「補佐官のご懸念は最もだと思います。そこはアルさんとも相談して、護衛を3人雇うという話になっています」
「そりゃそうだろ。むしろ少ないくらいだ」
ギルマスはふんっと大きく鼻を鳴らし、腕を組んでソファにもたれる。
え。私のプレゼン、まだ足りないのかな?
他に何があったっけ?
「その他にも、アルさんからは活動条件として『依頼は冒険者ギルドで必ず受ける』や『日帰り且つ日没までに戻る』、『雨天時は依頼を受けない』という約束で……」
「どういう条件だ、そりゃ……」
「アル、貴方は……」
「良い条件だろ?」
ギルマスは額を、補佐官はこめかみを押さえている。
当のアルさんは何故か余裕綽々だ。
「――それだけでは、ダメですか?」
「いや、ダメってわけじゃねぇんだが……」
……やっぱり、反対なのかなぁ。
なんか、歓迎されてない気がする。
異分子だし……仕方ないのかな。
「――私、冒険者にならない方が良いんですか?」
「ちょっと待て。なんでそうなる!」
「え、あの……あんまりいい顔されてない感じで……やっぱり、迷惑なのかなって……」
確かに私はそこまで『冒険者』に固執する必要はない。
何故なら私には竜賢さんの莫大な遺産だけで生きていけるから。
そう――生きていくだけなら……
ただそれだと、いつまでたってもこの疎外感は拭えない。
私だって……アルさん達3人がしていた会話を誰かとしてみたいのだ。
――……あれ?
もしかして、私……寂しいのかなぁ。
俯き、膝の上でぎゅっと握っていた両手の上に、アルさんの大きな手がそっと添えられた。
その手を辿って顔を上げてみれば、アルさんが少し困ったような顔をしていた。
けれど、その深い紫色の瞳はとても優しく――何故か私を安心させてくれる。
「――黒真珠の君」
補佐官もさっきより優しく声をかけてくれる。
「誤解されては困るのですが、私達は”なるな”とは言っていないんです。ただ、貴女のような礼儀正しく、謙虚で思慮深い方には『冒険者』という職業は危な過ぎて心配なんですよ」
ギルドマスターも頭をガシガシと掻きながら、ばつの悪そうな顔をしている。
「だからアンタが冒険者になりたいんだったらなりゃぁいいんだよ。オレたちは冒険者ギルドとして手助けをするし、危ねぇんだったら止める。それだけだ」
なりたければなればいいって……
それって――
重い物が運べなくても、解体作業ができなくても、魔物の討伐ができなくても……
「――私、冒険者になっても、良いんですか?」
ギルドマスターが私を見定めるような眼差しを向けている。
私も決意を持って見つめ返すと、ギルドマスターは小さく頷き、胸元から一枚の白いカードをテーブルの上に置いた。
カードには黒文字で、私の名前と冒険者番号、そしてデルナダギルドの名称が記されている。
「新人の最初の仕事は、各ギルドマスターへ顔を憶えてもらうことだ。早めに行っとけよ」
「――はい!ありがとうございます!」




