2-24
そして今、私は再び非常に困っている。
何故ならば――…
ご飯の量がものすごく多いから!
ちょっと酸味の強い香りをしたカンパーニュっぽいパンが3個。
ボウルのようなお皿には人参、ジャガイモ、玉ねぎ、カリフラワーっぽい野菜がゴロゴロ入ったクリーミーなスープ。
そして、パリパリに焼けた香ばしい匂いの、鶏を二回りほど大きくした――おそらく何かの鳥の丸焼き。
ただし、デザートはなし。
くそぅ。デザートは欲しかった。
じゃなくて……
この量、二人分にしては多すぎない?
思っていた以上に量の多い夕食を目の前にして、視覚的にも嗅覚的にも思わずおなかが――
ぐうぅぅぅ~~…
「――…聞こえた?」
「い、いいえ!何も聞こえていませんっ!」
キリっと睨みつけると必死になって首を横に振る彼。
よしよし。キミは空気が読めるえらい子だ。
きっと出世するぞ。
でも……本当に、これって何人分なんだろう?
そんな私の心の声がダダ洩れしたのか、彼がぽそりと「……一人分です」と教えてくれた。
「うっそ?!三人分と違うの?!」
だってパンが3つもあるじゃん!
この世界の人達って、どれだけ食べるわけ?
あ。だからみんな大きいのか(←たぶん違う)
てゆーか、なんで一人分?彼の分は?
そんな疑問が顔に出たらしい。
「……発言を、お許しいただいてもよろしいでしょうか」
「どーぞ」
「奴隷は、主人の残りをいただくものとされています」
「はぁ?!何それ?!」
ないわー。マジないわー。
「そういうことは早く言ってよ。だったら最初から二人分頼んでたのに……」
「も、申し訳ありません」
がるる……と噛みつく私に彼は必死に謝る。
いや、まぁ、キミが悪いんじゃないし……訊く前に頼んじゃったんだけどさ。
今回は量が多すぎて、一人じゃ食べきれそうにないから良かったものの……
私が大食漢だったらどうするつもりだったのよ。
「――あ、あのっ!」
テーブルの上に広げていた『大きな葉っぱ』を【空間収納】に収めていたところに、背後から彼が意を決したように声をかけてくる。
「なに?」
振り返ると、彼が膝の上でぎゅっと拳を握っていた。
「わ、私にも……何か、お手伝いを、させていただきたいのですが……」
「え?いいの?」
わぁ、助かる!
だって、あの料理運ぶの、重そうなんだもん。
「じゃあ、私がテーブルの上を片づけるから、料理を運んでもらっても良いかな?」
「は、はいっ!」
言うや否や、彼は勢い良くベッドから飛び降り、私が水の入った洗面器をどこに置こうか迷っている間に、テーブルを拭き、テーブルクロスを敷き、次々と食器や料理を並べていった。
……手際が良いな。
その様子を感心しながら眺めていると、「失礼します」と言って、そっと洗面器を取り、窓際の机の傍に置いていた空の樽の中へ水を捨てる。
成程。その樽はそういう用途に使うものだったのか。
それが終わると、流れるように椅子を引いて私を座らせ、更には取り皿に料理をきれいに乗せ、目の前に整然と並べる始末。
……執事か?
「ありがとう。――えっと、あなたも一緒に食べようよ」
「いえ、私は……」
「なんで?食べたくないの?」
「そういうわけでは……」
聞けばここ一週間くらい、まともに食べていないらしい。
この集落の有力者が逮捕され、売れ残った彼は神父預かりとなったけど、そこでもほとんど食事を与えていなかったのだとか。
仕事しろよ、神父。
聖職者の風上にも置けないな。
「じゃあ、なんで?」
「――奴隷は、主人と席を同じにしてはいけませんので……」
――でたよ。
ほんと、ついていけないな。
「じゃあ、訊くけど、いつもはどんな風に食べてるの?」
「奴隷部屋、もしくは主人の視界に入らない、部屋の隅でいただいています」
もちろん、その場合もテーブルや椅子といった類は使用禁止なんだとか。
なんなら、主人が床に投げ捨てたものを食べさせられていたらしい。
ふぅーん……へぇー……ほぉー……
自分でも分かるくらい、座った目つきで手にしていたスプーンをテーブルに戻す。
頬杖を付いて目を閉じ、反対の指でトントントン……とテーブルを叩くこと数秒。
「――…ちょっとそこの椅子を持って来て」
「……はい」
不穏な空気を察知した彼が、びくびくしながらドアの横に置いた椅子を取りに行き、私の向かい側に置く。
「ちょっとその椅子に座って」
「――…は、はい…」
座れと言った椅子をちらりと横目で見て「本当に座ってもいいのか?」と目で訴えてきたけど、私の「逆らうなオーラ」を目の当たりにして、おずおず……と、けれど、ものすごく浅く腰を下ろす。
彼が座った後、はあぁぁぁ……と腹の底から溜息を吐く。
あ。やば。
彼がビクッてなった。
「――…あのね。正直に言っていい?」
「――…はい」
一体何を言われるのか、肩をすぼめ、おどおどした視線で私の顔色を窺ってくる。
いや、もう……ホント、どんだけよ。
「私は今まで、あなたみたいな……”奴隷”と呼ばれる人と接したことがないの」
「は、い…」
「つまり、あなたが今までどこでどういう扱いを受けてきたのか、そんなあなたにどう接すればいいのか、正直、分からないのね」
「――はい」
「だから、まぁ……あなたからすれば、めちゃくちゃ戸惑うことばかり言ってるだろうし、やってるのかもしれないんだけど……」
「――…は、ぃ」
うっ……やってたんか、私。
「それは、まぁ……いろいろと?ごめんなんだけど……」
「いえ……」
「――私は、他の人達がしてきた奴隷への扱い方を知らない。でもね、知っていたとしても、その人達と同じような扱いはしたくないと思ってるの」
「――…っ」
「それでつまり、まぁ……何が言いたいのかって言うと――」
あぁ、やっぱり、言葉にするって難しいな……
「私には、あなたがどう見ても”奴隷”には見られないわけ」
彼の、膝の上に置かれた両拳が、震えながらぎゅっと握られる。
「だから――…あなたが嫌じゃなければ、私と同席して、一緒に夕食を食べてほしいのよ」
頬杖をついて、今度はとんとんとん……とテーブルを叩いて、彼の揺れる視線をこちらに向けさせる。
「この量、私一人で食べるには多過ぎるのね。もしよければ――手伝ってくれないかな?」
涙に濡れる緑の瞳に、困ったように『お願い』をすると、肩を震わせ、声を押し殺しながら、何度も、何度も、全身で返事をしてくる。
「――とは言っても、あなたもいきなりは無理かもしれないので……」
いただきます……と手を合わせて、彼が盛り付けてくれたパンを一口分ちぎり、スープに浸して口の中に入れる。
ゆっくり咀嚼した後、大粒の涙を流している彼の前に、食べかけのパンとスープを静かに差し出す。
「――…残り物しか食べられないなら、これは残り、ってことで」
「――…っ……はいっ……あ、ありがとう……ござい、ます――っ」




