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異世界転移というけれど…  作者: 橘吟香
第二章
48/54

2-23

 背後で彼がベッドの端にちょこんと座り、私の動向を窺いながら水を飲んでいる。

 私はちょっとだけプリプリしながら【空間収納】を開き、目当ての物を探す。

 確かここら辺に――…あったあった。

「テッテレー♪『大きな葉っぱ』~」

 竜賢さんに教えてもらったこの薬草(『葉っぱ』なのに『薬草』とはコレ如何に?)。

 大きさは男性の手のひらサイズで、傷口に貼るとケガが治るという優れもの。

 使い方はちょー簡単。

 水の中で軽く揉んで、葉の裏に少しとろみが出たら貼り付けてOK。

 効果がなくなれば自然と剥がれ落ちるらしい。

「水、飲み終わったら、これ貼っても良いかな?」

 くるりと振り向き『大きな葉っぱ』を見せると、彼は驚愕の眼差しで私と葉っぱを交互に見やる。

「は、い……」

 あ。変なモノじゃないよ?

 ちゃんとした葉っぱだよ?

 そう説明しながらそっと彼の手を取り、手首に『大きな葉っぱ』をペタリと貼り付ける。

 いたいのいたいのとんでいけー。

 心の中で定番の呪文をつぶやく。

 貼り付けた瞬間、彼の手が震えていた。

 あれ?痛かったかな?

「――あ、ありがとう……ございます……」

「どういたしまして」

 早く治ると良いね~と言いながら彼からマントを外し、キズが一番酷い首や足首に貼っていく。

「悪いけど、前は自分でやってね。後ろは私がやるから」

「はい……」


 そのまま二人で黙々と貼り付け作業をしていた時、彼の左の鎖骨にあるタトゥーが目に入った。

 なんだか、繊細な幾何学模様にごつい鎖が絡まっているような、何とも言えない意匠。

 さっき、というか、彼を洗っている時から気になっていたんだけど……今なら大丈夫かな?

「ねぇ、訊いてもいい?」

「はい」

「キミの鎖骨にあるタトゥー的なものは何?」

 自分の左の鎖骨を指さしながら訊いてみる。

 タトゥー自体は今どき珍しいものではないので、普段なら絶対に訊かない。

 けど、なんだろう。

 彼のそれは、おしゃれとかではない、何か違う雰囲気がある。

「……これは、『奴隷紋』です」

「は?」

 ――ちょっと待てや。

 キミ、今、なんつった?

「どれい、もん?」

 なにそのゆるキャラみたいな名前は。

 可愛らしさは1mmもないけど。

「奴隷に落ちた時に刻まれる魔法紋で――」

「わかった、もういい」

 眉間に皺を寄せて、彼の言葉を遮る。

 案の定、ロクでもないものだった。

 訊くんじゃなかった。

 不快感を隠せないまま、乱暴な手つきで『大きな葉っぱ』を『奴隷紋』の上にびたんっと貼り付ける。

 こんなもん、見てられっか。

 小声でありったけの罵詈雑言をつぶやきながら、ものすごい勢いで彼の背中に葉っぱを貼っていく。

 背後から呪詛みたいな声を聞かされては、たまったものではないだろう。

 そうして、彼からすれば地獄のような時間が過ぎた結果――

 彼は、河童みたいに全身緑色になりましたとさ。


 ちょっと貼り過ぎたかな?と軽く後悔していた時、扉をノックする音とともに「夕食をお持ちしました」という、少し上ずった声が聞こえてきた。

「え?もうそんな時間?早っ」

 何気なく見た窓の外はすっかり陽が落ちて、食事時の喧騒が聞こえてくる。

 はっきりとは聞こえないけど、どうやら若い女の人の話で盛り上がっているようだ。

 若い女の人……まぁ、私ではないだろう。

 そういう年でもないしな。うん。

「――…じゃなくて」

 晩ごはんだよ。異世界で初めての。

 どんなのが出てくるんだろ?

 時間通りに食事を持って来てくれたのは嬉しいけど、テーブルの上は洗面器と『大きな葉っぱ』でわちゃわちゃしているからなぁ。

 とても40秒で片づきそうにない。

 う~ん……と腕を組んで3秒ほど悩んだ末、彼にマントを渡す。

「とりあえず、羽織ってくれる?」

「はい」

 何せ彼は今、すっぽんぽんの河童ちゃんだ。

 さすがにいろいろとマズいだろう。

 彼がマントを羽織っている間に、料理を置くための椅子をドアの横に移動させる。

 この位置なら室内の散らかり具合も見えないはずだ。

「これでよし」

 満を持して扉を開けると、そこにはさっきとは違う二人の男性が立っていた。

 ――そんなに大きな宿ではないのに、一体何人の従業員が居るんだろう?

 不思議に思いながら礼を言い、椅子の上にトレイを置いてもらう。

 それから、一時間後に食器を取りに来てもらうよう頼み、ついでにお風呂用のお湯もお願いした。

 いいかげん、私も入ってさっぱりしたいのだよ。

「今度はたらいじゃなくて、ちゃんとしたのをお願いしますね」

 にっこりと笑って、くぎを刺しておく。

 従業員がえっ?!みたいな顔をしたのを、私は見逃さない。

 ……ふんだ。

 さっきのこと、忘れたわけじゃないんだからね。




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