2-23
背後で彼がベッドの端にちょこんと座り、私の動向を窺いながら水を飲んでいる。
私はちょっとだけプリプリしながら【空間収納】を開き、目当ての物を探す。
確かここら辺に――…あったあった。
「テッテレー♪『大きな葉っぱ』~」
竜賢さんに教えてもらったこの薬草(『葉っぱ』なのに『薬草』とはコレ如何に?)。
大きさは男性の手のひらサイズで、傷口に貼るとケガが治るという優れもの。
使い方はちょー簡単。
水の中で軽く揉んで、葉の裏に少しとろみが出たら貼り付けてOK。
効果がなくなれば自然と剥がれ落ちるらしい。
「水、飲み終わったら、これ貼っても良いかな?」
くるりと振り向き『大きな葉っぱ』を見せると、彼は驚愕の眼差しで私と葉っぱを交互に見やる。
「は、い……」
あ。変なモノじゃないよ?
ちゃんとした葉っぱだよ?
そう説明しながらそっと彼の手を取り、手首に『大きな葉っぱ』をペタリと貼り付ける。
いたいのいたいのとんでいけー。
心の中で定番の呪文をつぶやく。
貼り付けた瞬間、彼の手が震えていた。
あれ?痛かったかな?
「――あ、ありがとう……ございます……」
「どういたしまして」
早く治ると良いね~と言いながら彼からマントを外し、キズが一番酷い首や足首に貼っていく。
「悪いけど、前は自分でやってね。後ろは私がやるから」
「はい……」
そのまま二人で黙々と貼り付け作業をしていた時、彼の左の鎖骨にあるタトゥーが目に入った。
なんだか、繊細な幾何学模様にごつい鎖が絡まっているような、何とも言えない意匠。
さっき、というか、彼を洗っている時から気になっていたんだけど……今なら大丈夫かな?
「ねぇ、訊いてもいい?」
「はい」
「キミの鎖骨にあるタトゥー的なものは何?」
自分の左の鎖骨を指さしながら訊いてみる。
タトゥー自体は今どき珍しいものではないので、普段なら絶対に訊かない。
けど、なんだろう。
彼のそれは、おしゃれとかではない、何か違う雰囲気がある。
「……これは、『奴隷紋』です」
「は?」
――ちょっと待てや。
キミ、今、なんつった?
「どれい、もん?」
なにそのゆるキャラみたいな名前は。
可愛らしさは1mmもないけど。
「奴隷に落ちた時に刻まれる魔法紋で――」
「わかった、もういい」
眉間に皺を寄せて、彼の言葉を遮る。
案の定、ロクでもないものだった。
訊くんじゃなかった。
不快感を隠せないまま、乱暴な手つきで『大きな葉っぱ』を『奴隷紋』の上にびたんっと貼り付ける。
こんなもん、見てられっか。
小声でありったけの罵詈雑言をつぶやきながら、ものすごい勢いで彼の背中に葉っぱを貼っていく。
背後から呪詛みたいな声を聞かされては、たまったものではないだろう。
そうして、彼からすれば地獄のような時間が過ぎた結果――
彼は、河童みたいに全身緑色になりましたとさ。
ちょっと貼り過ぎたかな?と軽く後悔していた時、扉をノックする音とともに「夕食をお持ちしました」という、少し上ずった声が聞こえてきた。
「え?もうそんな時間?早っ」
何気なく見た窓の外はすっかり陽が落ちて、食事時の喧騒が聞こえてくる。
はっきりとは聞こえないけど、どうやら若い女の人の話で盛り上がっているようだ。
若い女の人……まぁ、私ではないだろう。
そういう年でもないしな。うん。
「――…じゃなくて」
晩ごはんだよ。異世界で初めての。
どんなのが出てくるんだろ?
時間通りに食事を持って来てくれたのは嬉しいけど、テーブルの上は洗面器と『大きな葉っぱ』でわちゃわちゃしているからなぁ。
とても40秒で片づきそうにない。
う~ん……と腕を組んで3秒ほど悩んだ末、彼にマントを渡す。
「とりあえず、羽織ってくれる?」
「はい」
何せ彼は今、すっぽんぽんの河童ちゃんだ。
さすがにいろいろとマズいだろう。
彼がマントを羽織っている間に、料理を置くための椅子をドアの横に移動させる。
この位置なら室内の散らかり具合も見えないはずだ。
「これでよし」
満を持して扉を開けると、そこにはさっきとは違う二人の男性が立っていた。
――そんなに大きな宿ではないのに、一体何人の従業員が居るんだろう?
不思議に思いながら礼を言い、椅子の上にトレイを置いてもらう。
それから、一時間後に食器を取りに来てもらうよう頼み、ついでにお風呂用のお湯もお願いした。
いいかげん、私も入ってさっぱりしたいのだよ。
「今度はたらいじゃなくて、ちゃんとしたのをお願いしますね」
にっこりと笑って、くぎを刺しておく。
従業員がえっ?!みたいな顔をしたのを、私は見逃さない。
……ふんだ。
さっきのこと、忘れたわけじゃないんだからね。




