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異世界転移というけれど…  作者: 橘吟香
第一章
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2-17

「ちょっとここで待ってて」

「――…はい」

 どう考えても衛生上、彼を酒場兼宿屋に入れるわけにはいかない。

 なので、大変申し訳な……くはないが、彼には看板の下で待ってもらい、一人お店の中に入った。

「ごめんくださ――」

「いらっしゃい!あぁ、アンタが今日うちに泊まるお客さんだね。小さいからすぐ分かったよ」

「――…ぃ」

 私が今晩、この宿に泊まることは、石垣修繕おじさんしか知らないはずなんだけどな。

 集落の入口でおじさんと別れてからまだ30分も経っていないのに、もう情報が飛び交ってるとか……

 やだコワイ。

 あと、168㎝は小さくないもん。

 異世界(ここ)のみんながデカすぎるんだよぅ。

 久々の宿泊客だと上機嫌な女将さんの説明を、内心ワクワクドキドキしながら聞いていく。

 なんせ、異世界で初めての宿だからね。

 でも、それと同じくらい、外で待たせている彼が気になり、内容が頭に入ってこない。

「――説明は以上だね。他に気になることはあるかい?」

 ある!ある!ありますよ!

「護衛も兼ねているので、外に居る彼を同じ部屋に泊めたいんですが……」

「あぁ、礼拝所に居た奴隷だね。悪いねぇ。うちは『奴隷部屋』なんて大層なもんはないんだよ。そうだねぇ……裏に使ってない馬小屋があるから、そこにでも放り込んでおきなよ」

 ――ちょいと女将さんや。

 今、なんておっしゃいました?

「だ……ど……奴隷、部屋?」

 いやいやいや。

 何その物騒な名前の部屋は?!

 そんな部屋ではなく、私は同室をお願いしているのですががが。

 気が動転し過ぎて、「同室が~」としどろもどろで繰り返してみたものの、女将さんも「馬小屋が~」としか返してくれない。

 神父さんといい、女将さんといい、どうしてこうも人の話を聞かないのか。

 ……ダメだ。

 なんかもう、会話するのが疲れてきた。

 こうなったら――

 盛大な溜息と共に、懐から静かに大銀貨1枚を取り出し、これ見よがしに女将さんの目の前にかざす。

「――この宿で、一番良い部屋を、お願いします」

 にっこり笑って、大銀貨をカウンターに置いた時、女将さんの笑顔が見事に引きつっていた。

 そりゃぁアナタ、一泊銀貨2枚という宿泊料に対して5倍の金額(迷惑料込)を出したらそうなりますわな。

 ふん。ざまぁみろ。


 手続きを終え、二階にあるという宿泊部屋へ行く前に、もう一度女将さんに声をかけた。

「あ。ちょっとお聞きしたいんですけど」

「なんだい」

 若干嫌そうな顔をされたけど、そこは無視する。

「彼を洗濯したいんですけど、どこか洗える場所はありますか?」

 そう訊ねた瞬間。

 女将さんはもとより、今まで静観していたお店の従業員たちまでもが、ピタリと作業の手を止めた。

「――…奴隷を、洗う……?」

「は、ぃ……」

 ――私にはわかる。

 彼らの言わんとしていることが……

 何故なら、この場にいる全員が、同じ顔をしてこう訴えているからだ。

 ――こいつ……何言ってんだ?

 と――…

 ……悪いが私は清潔好きと言われる典型的な日本人。

 彼ね、もう”身体を洗う”とかそういうかわいいレベルじゃないのよ。

 自分で同室を希望しておいてなんだけど、こんなきったねぇ人間と同じ部屋は、衛生的にも精神的にもマジ勘弁なのだ。

 そのことを訴えると、

「あ――…だったら、馬小屋の前に水汲み場があるから、そこを使うと良いよ」

 外の彼を横目でちらりと見た女将が、この時ばかりはすんなり水汲み場の使用許可をくれた。

 ありがたい。

 ついでに、お湯と石鹸をお願いしたら、奥から従業員たちのコソコソ話が聞こえてきた。

「奴隷に、お湯……?」

「石鹸なんてもったねぇ……」

「そこまでするか?」

 ……汚ねぇのはイヤだっつってんだろ?

 もしもーし?聞こえてますよー。

 その分の料金もちゃんと払ってるんだから文句言うなー。

 そんなこんなで、ようやくたどり着いた二階の角部屋。

 通りに面した八畳くらいの部屋には、やたらとデカいベッドと、ソファにテーブル、机と椅子が置かれた、ものすごく簡素な造りだった。

 石垣修繕おじさんが言った通り、浴室はない。

 くそぅ。

 ちなみにトイレは一階の隅にあるらしく、俗にいう西洋式ボットン。

 見たところ、便座がちょっと……汚れてるけど、そこは【複製】したアルコール入りウェットティッシュで念入りに拭いて使用したいと思っている。

 ただ、この世界のトイレ。

 みんな大好き?スライムが汚物処理をしてくれるんですって!

 すごいよね!

 だから集落に入っても汚物臭がしなかったのかと納得。

「……っかれたぁぁぁ―――」

 ソファにリュックとエコバックを放り投げ、大きなベッドにダイブして数十秒。

 肉体的な疲労と精神的な疲労が重なり過ぎてそのまま爆睡しそうになったけど――

 いかんいかん。

 まだやる事があるんだよ。

 私が荷物を置いている間に、従業員さんが彼を水汲み場に連れて行ってくれている手筈だから急がないと。

 それでものろのろと起き上がり、盗難防止のためエコバックを【空間収納】に収める。

 リュックの中の卵を外に出した方が良いんだろうけど、これはそのままにしておく。

 だって、あの色だよ?

 部屋に戻って来た時、ショッキングピンクが3個も転がってたらびっくりするじゃん。

「キミたち、ちょっとお留守番しててね」

 ポンポンと軽く叩いて卵にそう言い残し、部屋に鍵をかける。

 時間にしたらほんの数分。

 でも、時間に厳しい日本人としては、待たせること自体が心苦しいのだ。

 なので、階段を駆け下り、息を弾ませながら、女将さんに教えてもらった水汲み場へ向かった。

 すると、何やら騒がしい音と、品のない笑い声が聞こえてくる。

 なんだろう?

「お待た――せ?」

 ……なんと、そこでは。

 彼を案内してくれた従業員とお湯を運んで来てくれた従業員が、実に楽しそうに彼をボコってる真っ最中でした。





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