復調
彼がいなくなってから、自宅に引きこもるようになり、寝込む状態が続いていた愛理を、アパートの大家は気にかけていた。毎週、彼女のために、スーパーで買ってきた肉や野菜やらの食材を、彼女の部屋のドアノブに引っ掛けていた。毎回、それがなくなっているのを確認して、大家はそれ以上彼女に干渉しなかった。ただ、食材と一緒に、励ましの手紙も入れており、それが、彼女に届いていることを願うばかりだった。
大家が毎週くれる食材と、励ましの手紙のおかげで、徐々に元気を取り戻していた愛理は、大家に対して、申し訳なくなり、滞納していた家賃を払いに、久々に部屋を出た。アパートの階段を降りると、外で掃除をしている大家に鉢合わせた。ぼさぼさの髪に、白く細くなった体を見た大家は、泣き崩れた。彼女を抱きしめ「ごめんね、ごめんね、私がもっと早くに相談に乗ってあげればよかったのに、ごめんね。」と、自分を責めるように謝った。その様子を見て、彼女もまた、泣き崩れてしまった。
「家賃なんていいのよ、今は、あなたが元気になることを優先しなさい。」そう優しく言い、自分の部屋で、愛理にお茶とお菓子を差し出した。「いつでも相談に乗るよ。」その言葉に、再び彼女は泣きそうになるのをこらえ、彼との出来事、学校で起きたことを話し始めた。話を聞き終わると大家は「私も昔、男に振り回された経験があってね。」と、自身の体験談を話し始めた。「数人の男に言い寄られたんだけど、私が好きになったのは、いつも公園で寝込んでいるホームレスの人だった。彼は、自分が生きるのに限界なはずなのに、野良猫にご飯を分け与えてやってて、そんな彼を見ると、私は居ても経ってもいられない気持ちになった。だから私は、彼のためにお弁当を作り、話しかける口実を作った。おいしそうに食べてくれる彼を見ると、私も幸せな気持ちになった。でも、別れは突然だった。車に轢かれそうになった野良猫をかばい、轢かれたの。私はひどく落ち込み、彼と過ごしたあの公園で、ただひたすらに泣き続けることしかできなかった。そんなとき、彼が救ったあの猫が、私にすり寄ってきた。まるで、私を慰めようと、彼が帰ってきたと思って、とてもうれしかった。だから、敬斗君も、あなたのために必ず帰ってくる。それまで、私が彼の代わりになってあげる。いつでも私のところへおいで。」
大家が話し終わると、愛理はまた泣き崩れた。




