第十四話 編入生その三
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幼稚園の頃から家が隣同士の同い年の男の子。あたしはそんな男の子のことが大好き。だけど、この時点では恋愛感情の好きよりも友人、友達、親友という意味の好きの方が大きかった。
何年間経って、恋愛感情として彼を意識し始めたのは、小学校高学年位の頃だった。彼は他の男子とは違う。女子に優しく、時々みせる仕草が可愛くて好き。周りの男子と比べて、華奢な体つきが逆にあたしの心を鷲掴みした。
しかし、小学校の卒業が迫ったある日。父親の仕事の都合上、この町から離れることとなってしまった。そうだ、離れてしまう前に気持ちを告白しよう。そう思ったあたしは彼を卒業式の後呼び出すことした。だが、人生そんなに甘くないと実感した。そう、彼の一つ上の姉、岩永美羽ちゃんだ。あたしは彼女のことを美羽ちゃんとあの頃は呼んでいた。
彼と遊ぶとき、必ず彼女がそばにいた。流石のあたしでも好きな人の姉の前で告ろうなんて思ってない。けれども、告ろうと計画しているのを彼の姉の美羽ちゃんに気づかれてしまった。
「……カズ君はわたしの物です! 誰にも嫁にはあげません! たとえ、幼馴染のあなたであろうとも」
実際、美羽ちゃんとはあんまり仲が良くなかった。そのせいでか、あたしが彼のことを好きだとわかるや否や、すぐさま喧嘩を吹っ掛けられた。そして彼のことでよく喧嘩をし、あたしがよく負けた。その度に彼の友達の信三に怪我の手当てをしてもらった。この事は彼は知らない。
女の争いは醜いものだった。切り傷、擦り傷、打撲痕、突き指とある程度の怪我はこの頃した。今となれば、その程度ではすまないと思うけど……。
結局、卒業式の日まで彼とよく遊び、彼がいない時は美羽ちゃんと喧嘩をして、負け、怪我を治してもらうの繰り返し。あたしはこのままだと言えないまま離れることになる。焦った。あたしの大好きな彼に『好き』も言えずに離れてしまうなんて……。
卒業式の日に自分の子供用の携帯電話で彼の両親に協力をしてもらった。美羽ちゃんの足止め。それとなく彼を午後五時頃にあたしのいる場所に呼んでもらうことを。
そして時間がきた。卒業を無事に済んで、その日の午四時頃。近くの公園に呼んでもらうことにしてあるあたしは、時間より一時間早く公園で待つことにした。だが、公園に着いて十分もしない間に携帯電話に連絡がきた。あたしの母親からだった。あたしは最初、待ち時間が長くて心配したから連絡したのだと思った。けど、実際はそんな連絡ではなかった。
「……ごめんね、千景。お父さんの仕事の都合で今日にでも家を出ないといけなくなってね。早く戻って来てくれない? そうね……五時頃には帰ってきてね」
「えっ!?」
あたしは驚いた。この町を出るのは明日の朝だと聞いていたから、彼に最後に会うなら、この時間だろうと思って選んだのに。ショックが大きすぎて、今のあたしでは処理しきれない。どうしよう。このまま会えなかったら、あたしはどうしたらいいの? 小さな頭で考えるが、結論が出ない。
彼が公園に来るまで残り三十分。だが、あたしは走り出した。そう、直接彼に会いに家へ。時刻はまもなく日が沈む頃。夕焼けを背にあたしは走る。間に合うように走る。
目と鼻の先に彼の家が見えた。あたしは素早くチャイムを鳴らし、彼を待つ。まもなく、四時四十分。間に合ってる。大丈夫みたい。因みに一応、あたしが転校するってことは彼は知っている。
ドアが少し開き、誰かが出てきた。彼ではない。彼の姉の美羽ちゃんだ。何で美羽ちゃんが出てくるの? あたしが会いに来たのは彼なのに。美羽ちゃんが不思議そうに首をかしげる。
「なんで? チカちゃんがここにいるの? それにカズ君もどっかに出掛けちゃったし……」
あたしは美羽ちゃんが言った意味を瞬時に理解した。そう、彼とすれ違ってしまったのだ。
「美羽ちゃん、ごめん! 何でもないや。また今度ね」
美羽ちゃんに一言添えて、その場を立ち去る。今すぐ彼に合わなくちゃ! 会って、話を……。
公園に着いたのは四時五十五分。彼は来ているはず、公園の入り口でキョロキョロと辺りを見るが、彼がいない。家にいない。公園にいない。それでは彼はどこに? あたしは嫌な考えに至った。
「もしかして、来ないの……かな。あたしのことを嫌いだったのかな……」
彼がいないなら、あたしはもう家に帰ることにする。公園から立ち去ろうと気持ちを決めた時。自分の肩が優しくトントンと叩かれた。誰かと振り返ると……。
「……はぁー、はぁー。遅れて……ごめんね? 待った?」
彼がいた。両手を膝につき、大きく呼吸をしている。どうやら走ってきたようだ。あたしの思い過ごしで本当に良かった。
「大丈夫……。でも、すぐに引っ越しすることになって、話している時間があまりないけど……」
そう、彼が来たのは四時五十七分。三分も話をしているわけにはいかないのだ。彼は何を思ったのか、あたしの手を引いて、公園を出る。
「っっ! ……どこ行くの? 話は?」
手を引きながら彼は言った。
「時間が無いなら、チカちゃんの家に行きながら話そ。その方が話いっぱい出来るよ?」
彼は察してくれたのだ。話をしたくても時間が無いから、あまり話すことが出来ないのをあたしが悲しんでいることを。そして、あたしが困っていたら、必ず力になってくれる。
あたしはその気遣いで心が暖かくなった。胸が熱い。あたし、顔が変になってないかな? 片方の手で顔をペタペタと触る。大丈夫。いつもの顔立ちだ。
「それでチカちゃん、何か話すことがあって呼んだんでしょ?」
「……うん」
あたしは緊張しているせいか言葉が出ない。動悸も激しくなり、顔も熱い。何か、何か話さないと……。
そんな様子を見てか、彼が話を振ってくれた。
「……ここに帰ってくるのは結構先?」
とっさのことであたしも慌てて答える。
「えっとね……その……いつ帰ってくるかは、お父さんの仕事次第だし……あたしにはわからないの」
彼のおかげで多少話したことで気持ちが落ち着いた。もうすぐあたしの家の前に着く。そろそろ切り出さないと。
「……あのさ、あたしねーー」
声が少し小さかったので、彼の方から話が振られた。
「また帰ってきたら、美羽姉と信三と一緒に遊びたいね? 待ってるから」
その言葉であたしは察した。彼はあたしを一人の異性として見ていない。あたしは何を思ったのか、告白は次に帰ってきたらしようと心の中で決めた。
「うん! あたしも必ずここに帰ってくるから! 待っててね」
そして、タイミングよく家の前。彼の手を名残惜しく離し、お互いに手を振る。そのまま家の中に。入って玄関の扉を背に寄りかかる。あたしは決めた。
そうだ、必ずここに戻ってくる。あたしはその時きっとーー。
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そして今。あたしは大好きな彼を抱き締めている。あぁ、懐かしい。昔よりは身長も伸び、男の子らしくなり、筋肉も少しついて頼もしい。
「あ、あのさ……そろそろ離してくれない?」
抱き締めている和馬がそんなことを言ってきた。
「何でよ、久々の再会なんだからさ、もっと喜んでよ」
「……ってことは、君が赤崎千景さん?」
「っっ!?」
あたしは驚いた。確かに和馬だけど、あたしのことを覚えていないようだ。心が裂けそうになった。胸が苦しい。あたしは貴方のために帰ってきたのに……。
頭に血が上ったあたしは、和馬に凸ピンした。
「いてっ! 何するの!?」
「ふん! 知らない知らないっ! あたしのこと覚えてないなんて酷すぎるよ。和馬のバーカバーカ」
和馬突き放し、暴言を言いまくる。凸ピンしたら思い出すかと思ったけど、あたしの好きな彼は結局あたしを覚えていませんでした。
さてさて、千景の小さい頃の話となりました。なかなか昔の話も楽しいですね。それよりも何で和馬は待ち時間に遅れたんでしょうか? それは次回の話としましょう。
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