第1話 不揃いな足音④
手の中で握りつぶされかけたルーズリーフ。
そこに書かれたナカの泥臭いリリックと、エイタの「傷つくのが怖い」という悲鳴が、頭の中で何度も何度もリフレインしていた。
(何が『安全運転』だ。何が『引き立て役』だ……!)
俺は握りしめた紙を胸に抱え、廊下を強く蹴った。
向かうのは、誰もいなくなったはずの地下レッスン室。
重いドアを勢いよく開けると、鏡張りの部屋の隅に、19歳組の4人がまだ残っていた。
ホワイトボードを切なそうな表情で見つめるナカ、壁に背を預けるエイタ、気まずそうにスマホを弄るアサヒとニャン。彼らは突然戻ってきた俺の気迫に押され、息をのんだ。
「……何? また説教?」
ナカが身構えるように低く呟く。
俺は黙って歩み寄ると、ぐしゃぐしゃになったルーズリーフをナカの胸元に叩きつけた。
「これ、落としたぞ」
「っ……! 見たのかよ! 勝手に人ンもの──」
「めちゃくちゃいいじゃんか」
俺の言葉に、ナカの口が固まった。
「誰にも見られない場所で、こんな熱い言葉書いといて……『本気出すだけ無駄』だ? 笑わせるなよ」
俺はそのまま、エイタ、アサヒ、ニャンの正面に仁王立ちした。
「エイタ! お前のボイトレの努力を、歌唱力を一番知ってんのは誰だ? 俺だよ! 毎日吐きそうになりながらレッスンしてたの見てたんだよ!」
「っ……メイくん……」
「アサヒ! 振り付け完璧に頭叩き込んで、みんなの遅れカバーしてんの知ってるぞ! ニャン! お前が夜中に一人でステップの動画撮り直して泣いてたのもな!」
4人の顔色が、みるみるうちに変わっていく。隠していた「本気」を白日の下に晒され、狼狽と動揺が部屋に満ちる。
「みんな言ってたろ。『俺たちは不揃いだからダメだ』って。違う……不揃いだからこそ、揃った時に最強になれるんだろ!?」
「な……なに熱くなってンだよ!」
ナカが必死に反論しようと声を荒らげる。
「言ったろ! 俺たちがどンだけ本気出しても、トップの3人には勝てないンだよ! パートだって数秒なんだよ! 期待して傷つくのはもう嫌なんだよ!」
「じゃあ俺が傷ついてやるよ!!」
俺の叫びが、レッスン室の鏡を震わせた。
「上から怒られるのも、お前らにうざいって言われるのも、全部俺が受け止めてやるよ!
もしダメでも全部俺のせいにしろ!!
お前らが本気出して、それでも壁にぶつかって傷つくなら、その傷は俺が全部背負ってやる!!」
「……っ」
「だから頼むから……自分の才能を、自分で殺すな!!」
俺の目から、溢れ出た涙がポロポロと床にこぼれ落ちた。
ダサくてもいい。先輩の面影なんてなくていい。
これが、俺──中間世代リーダー・メイの、泥臭い本音だった。
静まり返るレッスン室。
荒い息を吐く俺の前で、エイタがゆっくりと顔を上げた。その目には、冷めた諦めではなく、小さな、けれど確かな情熱の火が宿っていた。
「……ダサすぎでしょ、メイくん」
エイタが掠れた声で笑う。
「23歳にもなって……泣いて後輩にすがるなよ」
「……うるさい」
「ナカ、そのリリック……次の自主練で俺に歌わせろよ。お前がラップして、俺がハモリ入れる。……マネージャーに見せつけてやる」
ナカは胸元の紙をギュッと握りしめ、溢れそうになる涙を誤魔化すように乱暴に顔を拭った。
「……当たり前だろ。俺のリリック、最高なんだからな」
アサヒが小さく息を吐き出し、スマホをポケットに舞い戻す。
「はーあ。明日から筋肉痛確定じゃん。ニャン、ダンスレッスンつきあえよ」
「にゃ!?お、おれも頑張るか……!」
「ほら、メイくん。泣きやめって」
4人に背中を撫でられる。
この4人の才能を、潰されないよう、俺はどんなことだってする。だからお願いだ、神様。




