第1話 不揃いな足音③
気まずい空気のままフェスの楽屋を後にした。
翌日事務所の地下レッスン室で俺たちを待っていたのは、マネージャーがテーブルの上に並べた資料だった。
「全員揃ったな。来月リリースする大型タイアップシングル……その配役とフォーメーションを発表する」
マネージャーの言葉に、部屋の温度がスッと下がる。
15人が息をのんで見守る中、ホワイトボードに名前が書き連ねられていった。
センター:カイ
メインボーカル:ヒカル
ラップ:ユーマ
「……またかよ」
静寂を破ったのは、ナカの小さく吐き捨てた呟きだった。
フロントに並ぶのは、いつもの「人気TOP3」。
そして残りの12人のポジションが発表されていく。
予想通り、Middleのパートはサビの全員合唱と、わずか数秒のコーラスラインのみ。
「以上だ。今回の楽曲はMARCHINGの王道を攻める。フロントの3人を軸に、完璧なフォーメーションで魅せてくれ」
マネージャーが退出した瞬間、レッスン室に重苦しい沈黙が落ちた。
「あの……すみません、トイレ行きます」
ナカが苛立ちを隠さず、パイプ椅子から乱暴に立ち上がり、そのまま扉を叩きつけるようにして出て行った。
「あっ、ナカ……!」
声をかけようとした俺の手を、エイタが冷ややかな視線で制する。
「ほっときなよ、メイくん。どうせ最初から分かってたことだし」
「エイタ、お前……悔しくないのかよ! お前の歌声は、ヒカルさんにだって負けてないだろ!?」
思わず叫んだ俺に、エイタは自嘲気味な笑みを浮かべ、イヤホンのコードを弄った。
「負けてない? ハハッ、笑わせないでよ。世間が求めてんのは『ヒカルさんの歌声』なの。俺がどれだけ練習したって、メインパートなんて貰えない。
……期待するだけ無駄なんだよ。俺たち『その他12人』は、一生あいつらの引き立て役。そう割り切った方が楽じゃん」
「割り切る……? 本気でそんなこと思ってんのかよ!」
「じゃあどうしろって言うのさ!?」
エイタが初めて感情を露わにして怒鳴り散らした。
「本気出して、期待して、ダメで傷つくのは俺たちなんだよ! メイくんみたいに『ベテラン同期』のポジションもなくて、人気もない俺たちの気持ちなんて、分かった気にならないでよ!」
エイタはそれだけ言い捨てると、俺もトイレと言ってレッスン室から出ていってしまった。
ニャンは怯えたように縮こまり、アサヒは「あーあ」と溜め息をついてスマホに目を落とす。
Seniorのカイやチカが、心配そうにこちらを見ている。
『だから言ったろ、甘やかすな』とでも言いたげな視線。
(分かってないのは……お前らの方だろ……!)
胸の奥から、ドロドロとした熱い感情が込み上げてくる。
エイタが、誰もいない夜のレッスン室で吐くほどボイトレをしていたことを、俺は知っている。
ナカがノートが真っ黒になるまで自作のリリックを書き殴り、悔し涙を流していたのを、俺は知っている。
ニャンが自分のダンス動画を何度も見返しては頭を抱えていたのも、アサヒが誰よりも早く現場に入って振り付けを完璧に頭に入れていたのも……全部、俺は見てきたんだ。
彼らは腐っているんじゃない。
本気だからこそ、傷つくのが怖くて「ぬるま湯」に逃げ込んでいるだけなんだ。
「……っ」
何も言えなくなった俺は、逃げるようにレッスン室を飛び出した。
冷たい地下の廊下を走り、自販機の陰に倒れ込むようにしてしゃがみ込む。
膝に顔をうずめると、悔しさと情けなさで視界が歪んだ。
上からは「指導能力がない」と見放され、下からは「何にも分かってない」と拒絶される。
何が中間世代だ。何が監督役だ。
俺はあいつらの才能が埋もれていくのを見ているだけしかできないのか。
悔しい、自分自身の無力さが許せない。
その時、カサッ……と足元で紙が擦れる音がした。
自販機とゴミ箱の隙間に落ちていたのは、クシャクシャに丸められた1枚のルーズリーフだった。
広げてみると、そこには乱暴な字で、溢れんばかりの情熱と泥臭い叫びが綴られた──ナカの書いた、未完成のラップリリックだった。
『光の陰で踏みにじられた足跡
誰も見ない だけど俺はここにいる』
「……なんだよ、これ」
紙を握りしめる手が、激しく震える。
諦めてなんか、いないじゃないか。
あいつら、誰一人として、まだ諦めてなんかいないんだ。




