第1話 不揃いな足音②
楽屋の重いドアを開けると、熱気と汗の匂い、そして独特の重苦しい空気が押し寄せてきた。
「ヒカル、さっきのラストサビ、少し音上がってた?一応合わせたけど」
「ごめんヒロ、助かった! やっぱりあの高さ直前で調整入るとキツいわー」
部屋の奥では、年長世代のSeniorのヒカルとヒロが仲良く会話を交わしている。長年一緒にやってきた2人ならではの、息の合った空気感。その傍らでは、カイとチカがスタッフと次の衣装の打ち合わせを始めていた。
だが、その和やかな光景から少し離れたパイプ椅子に、ポツンと座っている男がいる。
追加メンバーのコウだ。
前身グループのオリメン4人の強い絆と圧倒的な実力差に遠慮してか、コウは小さくなってスマホを見つめている。
声をかけたくてもかけられない、見えない壁。
(コウさん、また遠慮してるな……。でも今は、あっちも……)
視線を別の角へ移すと、今度は年少世代のJuniorのスペースからピリついた空気が漂っていた。
「ユーマ、次の番組収録だけど、コメントのタイミングってさ……」
「あ、タク。俺どこでも大丈夫だよ。任せるから決まったら教えて」
「あ、うん……わかった。じゃあ、こっちで調整しておくね……」
Juniorリーダーであるタクが、グループ3位の人気を誇るユーマに遠慮がちに話しかけ、ユーマもまた気を遣わせている申し訳なさからソワソワと視線を泳がせている。
コモリだけが「お腹減った〜」とのん気に弁当を選んでいるが、その気まずい空気は年下組にも伝播していた。
「ハヤマ! そこ俺の着替え置く場所なんだけど! なんでいっつも散らかすの!?」
「はあ!? マキこそ自分のタオルこっちに投げてきたじゃん! 先に謝れよ!」
「なっ……なんだよその言い方!」
高校生組のマキ(16)と最年少のハヤマ(15)が、メンバーの嫌な空気に影響されてしまう。思春期の不安定なメンタルから、苛立ちをぶつけ合い、ついに言い合いを始めてしまった。
(ハヤマ、マキ、落ち着けって……あー、もう!)
頭を抱えそうになったその時、俺の視界に「最大の問題児たち」が入ってきた。
部屋の壁際に身を寄せ、車輪付きのパイプ椅子を滑らせて遊んでいる4人組。
中間世代のMiddleの19歳組──ナカ、アサヒ、エイタ、ニャンだ。
「はーあ、今日も俺らのパート、合計で15秒くらい? マジ笑えンね」
ナカが自虐的に笑いながら、清涼飲料水を煽る。
「まあ、カイくんとヒカルさんが出てる方が盛り上がるしね〜俺らは後ろで適当にニコニコしてれば給料もらえるし〜、楽でいいじゃん?」
アサヒが前髪を気にしながら、怠そうに鼻で笑った。
「そうそう。下手に歌割増やされてミスるより、安全運転が一番にゃ〜」
ニャンも同調してヘラヘラと笑っている。エイタだけは無言でイヤホンを耳に突っこみ、不機嫌そうにスマホの画面をタップしていた。
「お前ら……」
俺はついに歩み寄り、低い声を絞り出した。
「ステージ袖で聞いてたぞ。エイタ、途中でリズム走ってたろ。ナカもフォーメーションズレてた。もっと自覚持てよ。ファンは見渡してるんだぞ」
俺の説教に、19歳組の空気が一瞬で白けた。
「……出た、メイくんの説教タイム」
ナカが露骨に嫌そうな顔をして立ち上がる。
「メイくんはいいよネ。23歳でベテラン気取りできてサ。でも俺たち、どれだけ練習してもユーマやカイくんの引き立て役にしかされないンだよ。本気出すだけ無駄じゃン?」
「ナカ!!」
ナカは俺にヒラヒラと手を振ってシャワーに向かった。
背後から肩を叩かれ、振り返るとマネージャーが苦笑いを浮かべて立っていた。
「まあまあ、あいつらも自分のポジションに腐ってるだけだからさ。でもメイ、お前が監督役として引き受けてくれたんだから、もうちょっとうまく手綱握れよ? 年長組も自分の仕事で手いっぱいなんだから」
「……はい」
「甘やかすのも厳しくするのもし中途半端だと、結局お前が一番損するぞ」
マネージャーの言葉は正論だった。正論だからこそ、胸に突き刺さる。
上からは「ちゃんと指導しろ」と丸投げされ、同期からは「要領が悪い」と憐れまれ、下からは「うるさい説教役」とウザがられる。
中間世代のリーダーという名の、孤立した名ばかりの監督役。
「……わかってるよ」
俺は絞り出すように呟き、ポケットの中で拳を握りしめた。
グループの華やかな行進の足元で、泥をかぶっているのは俺だけで十分だ──そう思い込もうとしながら。




