表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/14

第五話「サンデー、マンデー、ストロベリー」

 奈月は原稿をめくる手を止めると、思わず吹き出した。はっとして店内を見渡す。幸い、どの客も気づいていないようだ。胸を撫で下ろすと、また笑いが込み上げてくる。自分でもどう表現していいのかわからない表情を浮かべて、その波が去るのを待った。


 ソファーを照らしていた日差しは、もうかなり高くなっていた。窓際に残るわずかな光が、背比べをするように揺らめいている。カップのぶつかる音に混じって聞こえる、微かな会話がぼんやりと耳に響く。


「もう、お昼か……」


 奈月は揃えていた足を投げ出して、ソファーに深く体を預けた。スマホには何の通知も届いていない。ふと、さっきまで読んでいた原稿を思い出す。笑えるのに、少しだけ、奇妙。そんな、不思議な印象だった。たぶん、作者もそういう人なんだろう。


 そもそも、なぜ、この原稿がここにあるのか……奈月にもよくわからない。ある朝、出社すると原稿がデスクに置かれていた。一目でコピーだと気づく。「……校正かな」。出版社勤めの奈月にとっては通常業務だ。それはいい。ただ、わからないのは〝誰が置いたのか〟だ。上司や同僚に聞いても心当たりがないという。


 腑に落ちないまま、奈月は、とりあえず原稿を読み進めた。そして、すぐに魅了された。くだらない日常が淡々と描かれているだけ、文章も上手いとは言えない。でも、なぜか読み進める手が止まらない。周囲の雑音すら耳に入らなかった。


 物思いにふけっていると、エスプレッソを抽出する「シュー」という低い音が、奈月の鼓膜をノックした。応えるように、サイドテーブルに置いたスマホが震える。〝あの人〟からのメッセージだった。


「やっと終わった。いま、向かいます」


 奈月はスマホの画面に指を滑らせ素早く返信する。


「全然、大丈夫です。何かありましたか?」


「駅の改札で、コンタクトレンズを落とした人がいて、駅員さんと一緒に大捜索していました。誰かとぶつかった拍子に外れてしまったみたいで……」


 内心、時間に無頓着な人なのかもと心配したが、その言葉には、奈月が思い描いた通りの温かみがあった。些細なやり取りが安堵を運ぶ。


 話を終え、スマホをサイドテーブルに戻すと、指先が何か冷たい物に触れた。そこには、さっき注文したサンデーが置かれている。奈月は違和感を覚えた。


 これは──いつ持ってきたのだろう?


 よほどメッセージのやり取りに集中していたらしい。注文が運ばれてきたことに、まるで気が付かなかった……。

 いや、そうではない。ついさっき、スマホを取るときには、確かに無かった。店員はカウンターでカフェラテを淹れている。サンデーを持ってきた素振りや気配は感じられない。


 それに、サイドテーブルにあるのは、色鮮やかな「ストロベリーサンデー」だった。注文したのは、チョコレートサンデーのはずだ。奈月は、それを横目に見ながら、店員を呼ぼうと手を挙げた。しかし、すぐにひっこめた。


 「ま、いいか」


 そうつぶやくと、脇に置かれた細長いスプーンを取り、苺色のクリームをすくって口に運んだ。奈月の顔が、とろける。原稿に手を伸ばすと、奈月は、そのまま物語の続きに吸い込まれていった。


 どこかで、扉の閉じる音がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ