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第四話「喫茶セレニティ 下」

 店は昼時を迎え、ボクはお客さん対応で会話から離れた。中島さんと太宰は、店のパソコンでレンタカーの手配をした後、隅のテーブル席に座って熱心に話し込んでいる。お腹が空いたのか、中島さんがツナサンドをふたつ注文した。


「ひとつは太宰さんに差し上げてください。こうして相談にも乗ってもらっていますし」


 ボクがツナサンドを持っていくと、中島さんは、太宰に手のひらを差し出す。


「あ、恐縮です。山崎君のツナサンドは美味しいんです」


 ランチが落ち着くと、中島さんは深々と頭を下げて店を後にした。ボクと太宰は、店の入口で中島さんを見送った。太宰は小さく手を振っている。ボクは、ずっと気になっていたことを太宰に尋ねた。


「なにを企んでるんですか。わざと中島さんを煽ってたでしょ?」


 太宰はボクを見ると、目を細めて答えた。


「人聞きが悪いなぁ。彼女が真剣だったから協力しただけだよ」


 ボクも同じことを感じていた。計画はどうあれ、中島さんのホストへの思いは真剣だった。あまり他人に興味を示さない太宰が珍しく自分から手を差し伸べたのも、なんとなく理解できる──そんな気がした。ふと、視線を感じて見上げると、太宰は目を棒のように細めて、薄ら笑いを浮かべている。


 ……いや、前言撤回。やっぱり何か企んでいるのかもしれない。



   ◆



 その週の日曜、ボクは午前七時ちょうどに店を開けた。空を見上げると、抜けるような五月晴れだ。その陽気に誘われて、多くの人が玉川上水沿いの遊歩道を散歩している。


 太宰は珍しく、午前八時すぎに起きてきた。


「おはよう。紅茶を淹れるけど、キミも飲むかい?」


 そう言うと、二人分の紅茶を用意し始める。うちはコーヒーが売りの喫茶店なのだが……。ボクたちがカウンター席に座って紅茶を飲んでいると、店の横に大きな鈍色のSUVが駐まった。この辺では見かけない雰囲気の車だ。


「お、来たようだよ」


 太宰の言葉でボクもすぐに察しがついた。店の外に出ると、真っ白なワンピースで着飾った中島さんが立っていた。鈍色のSUVはもちろんベントレーだ。高級車の風格が漂っている。


「おはようございます。これからデートに行ってくるね」


 中島さんの声が弾む。


「お、首尾よくやれましたね」


 太宰は挨拶もせず、ナンバープレートをいろいろな角度から眺めている。どんな入れ知恵をしたのかは知らないが、ナンバーは『よ』だった。


「でしょ、でしょ~。あ、遅れちゃう、帰りに寄って報告するね」


 中島さんは運転席へ乗り込むとエンジンを掛けた。そして、助手席側の窓を開け、身をよじるように車内からボクたちを覗き込む。


「じゃ、バイバ~イ!」


 そう言い残すと、ベントレーは軽やかに走り始めた。ボクと太宰は道路の真ん中に並び、それを見送る──。直後、十五メートルほど先の道路が、地響きとともに轟音を上げ、突然、陥没した。中島さんの行く手には、いまや、車がすっぽり入りそうな大穴がある。ベントレーは走り出した勢いのまま、その大穴に呑み込まれ、ボクたちの視界から消えた。一瞬の出来事だった。


 予想外過ぎて、ボクの思考はまるで追いつかない。局地的な地震が起きたのかもしれない。戸惑うボクを尻目に、太宰は冷静だ。


「異臭騒ぎは、やはり下水道の老朽化が原因だったか!」


「そんなこと言ってる場合じゃない、中島さんは無事ですか!?」


「そうだ、ベントレーは無事か」


 この男はどこかズレている。いまはベントレーを心配する場面ではない。ボクたちは崩落現場へ近づくと、慎重に大穴を覗く。不快な悪臭が鼻を衝く。粉塵が立ち込めて穴の奥はよく見えない。


「中島さーん、無事ですか!」


 ボクはそう叫ぶと、中島さんの返事を待った。ふいに強い南風が吹いて、粉塵を連れ去っていく。すると、ようやく視界が晴れた。ベントレーは、前方から落ちてつんのめり、反対側の壁面にもたれかかって大破していた。まあ、ホストとのデートは諦めるしかないだろう。


「私なら大丈夫です〜。どこも痛くありません」


 中島さんは自力で脱出して、開いた運転席側のドアに座っていた。


「よかった。いま、救急車を呼びますから!」


 ボクはスマホを取り出して電話をする。穴の奥からは、中島さんがいつもの黄色い声で応える。


「お構いなく~」


 他人事みたいな返事を聞いてボクは少し安心した。どうやら本当に大事ではなさそうだ。


 こうしたやり取りの最中も、太宰は穴の淵に這いつくばって、しきりに崩壊現場を観察している。なにをそんなに気にしているのか、ボクにはわからない。普段から太宰は、ことあるごとに、ボクには見えない〝なにか〟を見ている気がする。


 そんな太宰の様子に気づいた中島さんは、大破したベントレーを見つめて聞く。


「太宰さん、これ、ホンジュラスの麻薬カルテルの仕業ってことにしませんか?」


 太宰は何も答えず、満足そうに深く頷いている。この数日で、中島さんの真実バイアスは、太宰のそれを遥かに越えてしまったようだ。いまの中島さんなら、『タント』でもホストをモノにできるだろう。


 ボクたちは、とんでもないモンスターを生み出してしまったのかもしれない……。

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