表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神代先生のお世話日誌  作者: 志に異議アリ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/21

第8話 真似をする男



月曜日だった。


朝から機嫌が悪い。


理由は自分でも分かっていた。


先週。


取引先を怒らせた。


正確には。


余計なことを言った。


「何かありましたか?」

俺はそう聞いた。


相手が驚いた顔をした。


「え?」


「最近お疲れみたいですし」


「そうですか?」


「仕事で悩みでも?違いますか?では、ご家庭で何かありましたか?」


「……。」

そこで空気がおかしくなった。


相手は少し笑った。


「いえ、特に」

打ち合わせはそのまま終わった。


だが。


後で上司に呼ばれた。


「田中」


「はい」


「お前、カウンセラーになったのか?」

怒られた。


普通に怒られた。


「何でそんな話したんだ」


「いや何となく……」


「何となくで相手の私生活を掘るな」


その通りだった。


営業車の中でため息をつく。


最近。


少しだけ神代先生の真似をしていた。


人を見る。

言葉を観察する。

違和感を探す。


だが。


結果はこの有様だった。


信号待ちでスマホが震えた。


神代先生からだった。


『豆が切れました』


知らんがな。


『買ってください』


『仕事中です』

すぐ返信した。


三秒後。


『残念です』


だから何なんだ。


────────


仕事帰り。


俺は珈琲店にいた。


なぜ来たのか。

自分でも分からない。


豆を買うためではない。

先生に呼ばれたわけでもない。


気づいたら来ていた。

我ながら意味が分からなかった。

神代先生はいつもの席にいた。


「お疲れ様です」


「先生」


「はい」


「失敗しました」

先生は頷いた。


「そうですか」


俺は今日の出来事を話した。

上司に怒られたこと。

勝手に相手を分析したこと。


神代先生は最後まで黙って聞いていた。


そして。


「なるほど」


それだけだった。


「先生」


「はい」


「俺、先生の真似したんですよ」


「そうですか」


「そうですかじゃなくて」

俺は珈琲を飲む。


「先生なら分かると思ったんです」


神代先生は少し考えた。


「私は分かっていませんよ」


「え?」


「見ているだけです」


意味が分からなかった。


「同じじゃないんですか」


「違います」

珍しく即答だった。


「観察と決めつけは違います」

先生は静かに続ける。


「観察は確認します」


「決めつけは確認しません」

俺は言葉を失った。


確かに。

俺は確認していなかった。


疲れて見えた。


だから悩んでいると思った。

悩んでいると思った。


だから声をかけた。


全部。

俺の想像だった。



────────


店を出る頃には暗くなっていた。


「先生」


「はい」


「先生も失敗するんですか」


「します」

即答だった。


「今も?」


「今も」

少し安心した。


神代先生でも失敗するらしい。


すると。


「ところで」

嫌な予感がした。


「はい」


「助手を募集しています」

立ち止まった。


「は?」


「助手です」


「誰の」


「私の」

当然みたいな顔だった。


「いやいやいや」


「何でしょう」


「先生、自分が何やってる人か説明できます?」


神代先生は少し考えた。


「難しいですね」


「ほら」




────────


近くの公園へ移動した。


神代先生は鞄から紙を出した。


「求人票です」


本当に作っていた。

初めて先生を怖いと思った。


仕事内容。

観察補助。


意味が分からない。


勤務時間。

適当。


もっと分からない。


勤務地。

主に神代家。


怪しさしかなかった。


「先生」


「はい」


「これ誰か応募すると思ってるんですか」


「思っています」


「誰が」


「田中くんです」

即答だった。



────────


「何でです」

神代先生は少し考えた。


「普通の人は」


「はい」


「一度で終わります」

俺は黙る。


「変な先生だったな」


「変な家だったな」


「そう思って終わりです」

確かにそうかもしれない。


「でも田中くんは」

神代先生が続ける。


「また来ました」


「……」


「そしてまた来ました」

やめてほしい。


「気づけば何か月も来ています」


「たまたまです」


「そうでしょうか」


出た。

最近よく聞く言葉だった。


「じゃあ何なんです」


神代先生は少し考えた。



「興味でしょうか」

「人に?」


「私に」


「嫌です」

即答だった。


神代先生は頷く。


「私もそう思います」


何なんだこの人は。


────────


駅が見えてきた。


「検討してください」

神代先生が言う。


「しません」


「そうですか」


「しません」


「分かりました」


少し考えてから

覚悟を持った顔で


「ほんとは、時給千三百円のところを千四百円で」


「上げるな」


「千五百円」


「交渉やめてください」


神代先生は少しだけ笑った。


俺もつられて笑った。


───


その日。


求人票は持って帰らされた。

捨てればよかった。


本当に。

捨てればよかったのだ。


が、


なぜか机の引き出しにしまっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ