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神代先生のお世話日誌  作者: 志に異議アリ


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第2話 家出娘




前回の訪問から一週間後。


俺はなぜか神代先生の家にいた。


理由は自分でもよく分からない。


山口の件が気になっていたのかもしれない。


神代先生が気になっていたのかもしれない。


どちらでもない気もする。


ただ、気づいたら車を走らせていた。


そして気づいたらコーヒーを飲まされていた。


神代先生は冷蔵庫からリモコンを発見した。


朝の出来事だった。


「先生」


「はい」


「冷蔵庫です」


「そうですね」


「そうですねじゃありません」


神代先生はリモコンを見つめた。


「なぜでしょう」


「こっちが聞きたいです」


「私にも分かりません」


そう言いながら平然とコーヒーを飲む。


どうやら本人にも理由は不明らしい。


その時、インターホンが鳴った。


神代先生は動かない。


俺も動かない。


数秒の沈黙。


「先生」


「はい」


「鳴ってます」


「そうですね」


「出ないんですか」


「田中くんがいます」


「いますけど?」


「お願いします」


「なんでですか」


神代先生は少し考えた。


「近いので」


「そんな理由あります?」


仕方なく立ち上がった。


────────


玄関には女性が立っていた。


四十代後半くらい。


上品な服装。


疲れた顔。


目だけが必死だった。


「神代先生は……」


「います」


「娘を探してほしいんです」


────────


娘の名前は真帆。


高校二年生。


一週間前から帰宅していない。


警察にも届けた。


友人にも連絡した。


だが見つからない。


女性は何度も涙を拭った。


「私が何か悪かったんでしょうか」


神代先生は答えなかった。


代わりに質問した。


「真帆さんは何が好きですか」


女性は少し考えた。


「勉強です」


「本当に?」


女性が固まる。


神代先生は続けた。


「将来の夢は?」


「医師です」


「真帆さんがそう言ったんですか」


沈黙。


「好きな食べ物は?」


「え?」


「好きな音楽は?」


「その……」


「休日は何を?」


女性は答えられなかった。


代わりに出てきたのは、


「成績は良かったんです」


だった。


神代先生は黙った。


俺も黙った。


その沈黙だけが妙に長かった。


────────


依頼人が帰った後。


俺は我慢できなかった。


「先生」


「はい」


「ちょっと厳しくないですか」


神代先生は本から目を上げた。


「何がです」


「母親ですよ」


「そうですね」


「娘がいなくなってるんですよ」


神代先生はしばらく考えた。


そして言った。


「田中くん」


「はい」


「彼女は娘さんを心配しています」


「当たり前です」


「ええ」


神代先生は頷く。


「ですが娘さんの話はほとんどしていません」


俺は言葉に詰まった。


確かにそうだった。


成績。


進学。


将来。


期待。


理想。


そればかりだった。


────────


娘は三日後に見つかった。


叔母の家にいた。


無事だった。


事件ではなかった。


家出だった。


母親と娘。


神代先生。


そして俺。


四人で向かい合う。


真帆は少し痩せていた。


だが表情は不思議と穏やかだった。


「帰ろう」


母親が言う。


真帆は首を振った。


「嫌」


「どうして」


「分からないの?」


母親の顔が強張る。


「お母さんは全部あなたのために」


「違う」


真帆が遮った。


部屋が静まり返る。


「お母さんは私を愛してるんじゃない」


母親が固まる。


真帆は涙を堪えながら続けた。


「理想の娘を愛してるの」


誰も何も言えなかった。


「私、医者になりたいなんて一度も言ってない」


「でも将来困らないように」


「それ」


真帆は苦笑した。


「そればっかり」


涙が落ちる。


母親の目からも。


真帆の目からも。


どちらが悪いとも思えなかった。


ただ長い間、


お互いを見ているつもりで、


違うものを見ていたのだ。


────────


帰り道。


俺は車を運転していた。


助手席には神代先生。


気づけば今回も乗っていた。


「先生」


「はい」


「母親は娘を愛してましたよね」


「ええ」


「じゃあ何でああなったんです」


神代先生は窓の外を見る。


夕暮れだった。


「愛情は時々」


静かな声だった。


「相手を見るより先に、自分の願いを見てしまうことがあります」


俺は黙った。


「期待は愛情に似ています」


「似てるだけですか」


「ええ」


少し間が空く。


「愛情は相手を見ます」


神代先生は言った。


「期待は自分を見ます」


────────


神代先生の家に着いた。


先生が車を降りる。


これで帰るつもりだった。


だが玄関の前で振り返った神代先生が言った。


「田中くん」


「はい?」


「来週も来ますか」


思わず笑った。


「なんでですか」


「コーヒー豆を運ぶ人が必要です」


「宅配使ってください」


「それもそうですね」


先生は納得したように頷いた。


そして少しだけ考える。


「では別の理由を探しておきます」


「探さなくていいです」


神代先生は珍しく少し笑った。


「そうですか」


家の中へ消えていく。


俺はしばらくその背中を見ていた。


来週も来るつもりなんてなかった。


本当に。


その時はそう思っていた。



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