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神代先生のお世話日誌  作者: 志に異議アリ


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18/21

第18話 2人の依頼人



スマホが震えた。


朝九時。

神代先生からだった。


『今日は珈琲店です』

短い。


嫌な予感も短かった。


俺は返信した。

『植木はありませんよね』


すぐ既読がつく。

『今日はありません』


少し安心した。


──────


店へ入る。

神代先生はもう座っていた。


「おはようございます」


「おはようございます」


「今日は依頼人は一人ですか」


「二人です」

珍しかった。


すると店の扉が開く。


男女が同時に入ってきた。


だが。

目が合った瞬間だった。


「あ……」

女性が固まる。


男性も顔色を変えた。

「何でいるんですか」

同時だった。


俺は嫌な予感しかしなかった。


──────


女性は

西野由香。

三十二歳。

営業職。


男性は

小泉翔太。

三十五歳。

同じ会社の総務部。


二人は顔を合わせない。


神代先生が静かに言う。

「お知り合いですか」


「同じ会社です」

また同時だった。


──────


事情を聞く。


由香が口を開く。


「小泉さんが私を陥れています」


「社内で嘘を流されています」


すぐに小泉が言う。


「違います」


「西野さんが私を陥れています」


俺は頭を抱えた。


どっちだ。


──────


話を別々に聞くことになった。


まず由香。


異動して半年。


急に周囲が冷たくなった。


会話が止まる。


昼食に誘われない。


資料も回ってこない。


「原因は小泉さんです」

そう言い切った。


──────


次に小泉。


同じ話だった。


「私も孤立しています」


「原因は西野さんです」


話の内容は違う。


だが。

結論だけは同じだった。


──────


帰り道。

俺は神代先生に聞いた。


「先生」


「はい」


「どっちが嘘ついてるんですか」

神代先生は首を横に振る。


「まだ分かりません」


珍しかった。


──────


翌日。


神代先生は会社を訪れた。


もちろん依頼ではない。


社内報の記事を書くライターとして。


以前、黒崎に紹介された出版社経由だった。


社員数人へ話を聞く。


仕事。


会社。


人間関係。


誰にも二人の名前は出さない。


自然に。


少しずつ。


──────


帰り道。


ボイスレコーダーを聞く。


社員の一人が言っていた。


「最近あの部署、空気悪いですよ」


別の社員。


「どっちも被害者だと思います」


さらに別の社員。


「話しかけづらいんですよね」


誰も。


犯人の名前を言わない。


──────


神代先生がレコーダーを止めた。


「田中くん」


「はい」


「気付きましたか」


「何がです」


「誰も」


少し間。


「二人を悪く言っていません」

俺は黙った。


確かにそうだった。


──────


数日後。


二人をもう一度呼んだ。


神代先生が言う。


「お二人とも」


「嘘はついていません」


由香も小泉も驚く。


「ですが」


「勘違いをしています」


──────


「会社は誰か一人を嫌っているのではありません」


「お二人がお互いを避け始めたことで」


「周囲も距離を測り始めただけです」


静まり返る。


「誰かが誰かを避ける。」


「その様子を見た人は」


「事情が分からないまま距離を置きます。」


「それが連鎖しました。」


由香が呟く。

「じゃあ……」


「犯人はいないんですか」

神代先生は頷いた。


「います」

俺は身を乗り出した。


「誰です」

神代先生は静かに答えた。


「誤解です」


──────


数週間後。


由香と小泉から連名の手紙が届いた。


初めて二人で昼食へ行ったらしい。


話してみると。

お互い。


相手が自分を避けていると思っていた。


始まりは。


たった一度。


忙しくて挨拶を返せなかった朝だった。



俺は先生を見た。


「先生」


「はい」


「人間関係って面倒ですね」


「そうですね」


「挨拶一回であそこまでなるんですか」

神代先生は少し考えた。


「誤解は」


少し間。


「嘘より静かに広がります」

俺はため息をついた。


「先生」


「はい」


「俺、ちゃんと挨拶します」

神代先生は頷いた。


「それがいいでしょう」


「ただ」


「何ですか」


「朝七時の電話だけは、先に挨拶してください」


神代先生は少しだけ笑った。


「おはようございます」


違う。


そうじゃない。



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