第18話 2人の依頼人
スマホが震えた。
朝九時。
神代先生からだった。
『今日は珈琲店です』
短い。
嫌な予感も短かった。
俺は返信した。
『植木はありませんよね』
すぐ既読がつく。
『今日はありません』
少し安心した。
──────
店へ入る。
神代先生はもう座っていた。
「おはようございます」
「おはようございます」
「今日は依頼人は一人ですか」
「二人です」
珍しかった。
すると店の扉が開く。
男女が同時に入ってきた。
だが。
目が合った瞬間だった。
「あ……」
女性が固まる。
男性も顔色を変えた。
「何でいるんですか」
同時だった。
俺は嫌な予感しかしなかった。
──────
女性は
西野由香。
三十二歳。
営業職。
男性は
小泉翔太。
三十五歳。
同じ会社の総務部。
二人は顔を合わせない。
神代先生が静かに言う。
「お知り合いですか」
「同じ会社です」
また同時だった。
──────
事情を聞く。
由香が口を開く。
「小泉さんが私を陥れています」
「社内で嘘を流されています」
すぐに小泉が言う。
「違います」
「西野さんが私を陥れています」
俺は頭を抱えた。
どっちだ。
──────
話を別々に聞くことになった。
まず由香。
異動して半年。
急に周囲が冷たくなった。
会話が止まる。
昼食に誘われない。
資料も回ってこない。
「原因は小泉さんです」
そう言い切った。
──────
次に小泉。
同じ話だった。
「私も孤立しています」
「原因は西野さんです」
話の内容は違う。
だが。
結論だけは同じだった。
──────
帰り道。
俺は神代先生に聞いた。
「先生」
「はい」
「どっちが嘘ついてるんですか」
神代先生は首を横に振る。
「まだ分かりません」
珍しかった。
──────
翌日。
神代先生は会社を訪れた。
もちろん依頼ではない。
社内報の記事を書くライターとして。
以前、黒崎に紹介された出版社経由だった。
社員数人へ話を聞く。
仕事。
会社。
人間関係。
誰にも二人の名前は出さない。
自然に。
少しずつ。
──────
帰り道。
ボイスレコーダーを聞く。
社員の一人が言っていた。
「最近あの部署、空気悪いですよ」
別の社員。
「どっちも被害者だと思います」
さらに別の社員。
「話しかけづらいんですよね」
誰も。
犯人の名前を言わない。
──────
神代先生がレコーダーを止めた。
「田中くん」
「はい」
「気付きましたか」
「何がです」
「誰も」
少し間。
「二人を悪く言っていません」
俺は黙った。
確かにそうだった。
──────
数日後。
二人をもう一度呼んだ。
神代先生が言う。
「お二人とも」
「嘘はついていません」
由香も小泉も驚く。
「ですが」
「勘違いをしています」
──────
「会社は誰か一人を嫌っているのではありません」
「お二人がお互いを避け始めたことで」
「周囲も距離を測り始めただけです」
静まり返る。
「誰かが誰かを避ける。」
「その様子を見た人は」
「事情が分からないまま距離を置きます。」
「それが連鎖しました。」
由香が呟く。
「じゃあ……」
「犯人はいないんですか」
神代先生は頷いた。
「います」
俺は身を乗り出した。
「誰です」
神代先生は静かに答えた。
「誤解です」
──────
数週間後。
由香と小泉から連名の手紙が届いた。
初めて二人で昼食へ行ったらしい。
話してみると。
お互い。
相手が自分を避けていると思っていた。
始まりは。
たった一度。
忙しくて挨拶を返せなかった朝だった。
俺は先生を見た。
「先生」
「はい」
「人間関係って面倒ですね」
「そうですね」
「挨拶一回であそこまでなるんですか」
神代先生は少し考えた。
「誤解は」
少し間。
「嘘より静かに広がります」
俺はため息をついた。
「先生」
「はい」
「俺、ちゃんと挨拶します」
神代先生は頷いた。
「それがいいでしょう」
「ただ」
「何ですか」
「朝七時の電話だけは、先に挨拶してください」
神代先生は少しだけ笑った。
「おはようございます」
違う。
そうじゃない。




