第17話 証明できない男
スマホが鳴った。
朝八時。
神代先生だった。
嫌な予感しかしない。
「もしもし」
「田中くん」
「今日は休みです」
「そうですね」
「切りますよ」
「駅へ来てください」
「先生の家じゃないんですか」
「今日は違います」
少し間。
「現場です」
嫌な予感が一つ増えた。
──────
駅前の広場だった。
神代先生はベンチに座って珈琲を飲んでいた。
「おはようございます」
「おはようございます」
「今日は外なんですね」
「たまには」
たまにで済ませてほしかった。
すると、一人の男が近づいてきた。
四十代半ば。
短く整えられた髪。
姿勢がいい。
無駄がない。
「初めまして」
男は名刺を差し出した。
『高瀬総合調査事務所』
調査員
黒崎修一
「民間の調査会社です」
俺は思わず名刺を見返した。
ドラマでしか見たことがない仕事だった。
──────
近くの喫茶店へ移動した。
黒崎が話し始める。
「私は元警察官です」
「今は企業や弁護士から依頼を受けて調査をしています」
神代先生は静かに頷いた。
「今回は」
黒崎が言う。
「犯人が分かっているんです」
俺は首を傾げる。
「じゃあ終わりじゃないですか」
黒崎は苦笑した。
「証明できません」
──────
ある会社で情報漏えいが起きていた。
機密資料が外へ流れている。
調査を担当した黒崎。
社員全員を調べた。
防犯カメラ。
入退室記録。
パソコン。
全部調べた。
そして一人に辿り着いた。
「ですが」
「証拠がありません」
「勘ですか?」
俺が聞く。
黒崎は首を横に振る。
「経験です」
「警察時代も合わせれば二十年以上」
「人を見る仕事をしています」
その言葉には重みがあった。
「だから間違いありません」
神代先生は少しだけ考えた。
そして聞く。
「黒崎さん」
「はい」
「最後にその方が犯人ではない可能性を考えたのはいつですか」
黒崎は黙った。
「……ありません」
「あり得ません!」
「彼しかいない。」
神代先生は珈琲を一口飲む。
「そうですか」
──────
帰り際。
俺は聞いた。
「先生」
「はい」
「黒崎さん、絶対犯人って顔してましたよ」
神代先生は歩きながら答えた。
「そうでしょうね」
「違うんですか」
「分かりません」
珍しい返事だった。
「田中くん」
「はい」
「人は証拠を集める前に」
少し間。
「結論を集め始めることがあります」
俺は黙る。
「そうなると」
「証拠ではなく」
「安心を探し始めます」
──────
数日後。
黒崎からメールが来た。
調査をやり直したらしい。
結果。
疑っていた社員は無関係だった。
情報を持ち出していたのは。
別部署の管理職だった。
黒崎は手紙の最後に書いていた。
『私は犯人を探していたのではなく、自分の正しさを証明しようとしていました。』
俺は神代先生を見た。
「先生」
「はい」
「民間調査会社って面倒ですね」
「なぜです」
「犯人を見つけても終わらないじゃないですか」
神代先生は少し考えた。
「仕事とはそういうものかもしれません」
「先生もですか」
「ええ」
「答えを見つけても」
少し間。
「相手が納得しなければ終わりません」
俺はため息をついた。
「先生」
「はい」
「やっぱり普通の会社辞めるんじゃなかったかもしれません」
神代先生は少しだけ笑う。
「まだ間に合いますよ」
「今さらです」
そう返しながら。
少しだけ。
この仕事も悪くないと思い始めていた。




