第15話 選ばれない女
休日だった。
神代先生の家へ向かう。
今日は呼び出しではない。
昨日、植木を切らされた枝を取りに来いと言われた。
意味が分からなかった。
玄関を開ける。
庭は妙にすっきりしていた。
「あ」
俺は思わず声を出した。
切った枝がきれいに束ねられていた。
「先生」
「はい」
「これ昨日のですよね」
「そうです」
「捨てないんですか」
神代先生は枝を見る。
「乾かしてから捨てます」
「律儀ですね」
「もったいないので」
どこがもったいないのかは分からなかった。
その時、チャイムが鳴る。
「仕事です」
最近この家、家より事務所なんじゃないかと思い始めた。
──────
依頼人は三十代の女性だった。
水野栞。
三十四歳。
会社員。
落ち着いた雰囲気だった。
だが、どこか迷っているような目をしていた。
「ご相談を」
神代先生が言う。
栞は苦笑した。
「結婚できないんです。」
話を聞く。
婚活を始めて十年。
付き合った人数は少なくない。
告白もされる。
交際もする。
だが。
結婚までいかない。
「毎回」
栞は笑う。
「決められないんです」
「何がですか」
俺が聞く。
「この人でいいのかなって」
「普通じゃないですか」
「毎回なんです」
少し俯く。
「気づいたら別れてます」
──────
優しい人だった。
でも収入が低かった。
別の人は高収入だった。
でも仕事ばかりだった。
面白い人もいた。
だが将来が不安だった。
誠実な人もいた。
だが刺激がなかった。
どの人にも理由があった。
「理想の人はいますか」
神代先生が聞く。
「います」
栞は答える。
優しい。
誠実。
収入も安定。
家事もする。
価値観も合う。
話も面白い。
健康。
浮気しない。
親とも仲良くしてくれる。
聞いていて。
俺でも思った。
そんな人いるのか。
神代先生は静かに聞いていた。
やがて尋ねる。
「水野さん」
「はい」
「その方と結婚したら」
少し間。
「幸せになれますか」
栞はすぐ答えた。
「はい」
神代先生は首を横に振る。
「分かりません」
栞が固まる。
俺も固まった。
「幸せな結婚はあります」
神代先生は言う。
「ですが」
「幸せを保証する結婚はありません」
部屋が静かになった。
神代先生は続ける。
「あなたは相手を選んでいません」
栞は顔を上げる。
「未来を選ぼうとしています」
言葉が止まる。
「失敗しない未来を」
「後悔しない未来を」
「傷つかない未来を」
「選ぼうとしている」
栞は何も言えなかった。
「ですが」
神代先生は穏やかに言う。
「未来は選べません」
「選べるのは」
少し間。
「隣を歩く人だけです」
栞の目に涙が浮かんだ。
──────
数週間後。
栞から手紙が届いた。
婚活で知り合った男性と会ったらしい。
今までなら。
相手に合わせていた。
今回は違った。
「私は海より山が好きです」
そう伝えた。
相手は笑って言った。
「じゃあ山へ行きましょう」
初めてだった。
意見が違うことが。
嬉しいと思えたのは。
──────
俺は神代先生に聞いた。
「先生」
「はい」
「選ばれる人って何なんですか」
神代先生は少し考えた。
「自分を見せる人です」
「嫌われるかもしれないのにですか」
「ええ」
「怖くないですか」
神代先生は歩きながら答えた。
「怖いですよ」
少し間。
「ですが」
「誰にも嫌われない人は」
俺は続きを待った。
「誰の特別にもなれません」
俺は黙った。
その言葉だけが。
いつものように
妙に胸に残った。




