第14話 許せない男
休日だった。
神代先生から呼び出された。
嫌な予感しかしない。
神代先生の家へ行く。
庭に脚立が置いてあった。
帰りたくなった。
「田中くん」
「何ですか」
「植木を切ってください」
意味が分からなかった。
「なぜ俺が」
「背が高いので」
理不尽だった。
仕方なく脚立に登る。
庭木は思ったより伸びていた。
「どこ切るんですか」
神代先生は庭木を眺める。
「伸びているところです」
「雑だな」
「細かいことは気にしません」
絶対嘘だった。
適当に切ろうとすると。
「そこは残してください」
「気にしてるじゃないですか」
「気にしています」
やっぱりだった。
枝を切りながら言う。
「もったいなくないですか」
「何がです」
「せっかく育ったのに」
神代先生は少し考えた。
「だからですよ」
「は?」
「育つから切るんです」
絶対暇だったからだと思った。
「放っておくと隣へ伸びます」
「日当たりも悪くなります」
「他の植物も弱ります」
俺はため息をつく。
「先生」
「はい」
「その話あとで依頼人に使うつもりですよね」
神代先生は少しだけ笑った。
「どうでしょう」
怪しかった。
──────
その日の午後。
依頼人が来た。
藤原健司。
三十八歳。
会社員。
第一印象は普通だった。
だが顔だけが疲れていた。
「相談内容を」
神代先生が言う。
藤原は少し黙った。
そして答える。
「許せないんです」
話を聞く。
十年前。
親友だった男に裏切られた。
共同で進めていた仕事。
責任を押し付けられた。
結果。
藤原だけが会社を辞めた。
友人とは絶縁。
それ以来会っていない。
「謝罪はありましたか」
神代先生が聞く。
「ありました」
「何度も」
「奥さんからも」
「共通の友人からも」
藤原は苦笑した。
「でも無理なんです」
「今でも思い出します」
藤原が言う。
「寝る前とか」
「酒を飲んだ時とか」
「たまに夢にも出ます」
十年。
長い時間だった。
「許した方がいいんでしょうか」
藤原が聞く。
俺もそう思った。
神代先生は少し考える。
そして言った。
「許さなくていいですよ」
藤原が固まる。
俺も固まる。
沈黙。
藤原は目を瞬かせた。
「いいんですか」
「ええ」
神代先生は頷く。
「無理に許す必要はありません」
藤原は困った顔をした。
どうやら予想外だったらしい。
俺もだった。
神代先生は続ける。
「ですが」
少し間。
「その怒りは手入れをした方がいい」
「手入れ?」
藤原が聞く。
神代先生は窓の外を見る。
庭の植木が見えた。
「庭木と同じです」
藤原は黙る。
「放っておくと伸びます」
「伸び続けます」
「やがて日当たりを奪います」
静かな声だった。
「他の楽しみも」
「新しい出会いも」
「今日の機嫌も」
神代先生は続ける。
「全部その怒りの影になります」
藤原は俯いた。
「許さなくていいんです」
神代先生が言う。
「ですが」
少し間。
「その人へ人生を貸し続ける必要はありません」
長い沈黙だった。
藤原は何も言わなかった。
だが。
最初に会った時より少しだけ表情が柔らかかった。
──────
数週間後。
藤原から連絡が来た。
友人を許したわけではない。
会うつもりもないらしい。
だが。
趣味だった釣りを再開したそうだ。
十年ぶりに。
「少しだけ楽になりました」
そう書かれていた。
──────
俺はため息をついた。
「先生」
「はい」
「最初の植木の話」
「はい」
「絶対これに使うつもりだったでしょ」
神代先生は少し考える。
「どうでしょう」
「いや絶対そうです」
「証拠はありますか」
腹が立った
「先生」
「はい」
「次から植木屋呼んでください」
神代先生は少し考えた。
「高いので」
即答だった。
俺は空を見上げた。
助手の時給を上げてもらおう。
本気でそう思った。




