第13話 終わったはずの教室
休日だった。
山口と飲んだ。
久しぶりだった。
仕事の話。
恋愛の話。
どうでもいい話。
大人になると昔より話題は増える。
なのに最後は学生時代の話になる。
不思議なものだった。
「覚えてるか」
山口が言う。
「何を」
「木村」
俺は少し考えた。
「あー」
思い出した。
「いたな」
「嫌いやったな」
山口が笑う。
俺も笑った。
確かに嫌いだった。
理由はよく覚えていない。
だが嫌いだったことだけは覚えている。
「今何してるんやろな」
山口が言う。
「知らん」
「俺も」
そこで話は終わった。
──────
翌朝。
神代先生の家だった。
珈琲の匂いがする。
最近はこれが当たり前になってきた。
少し悔しい。
「先生」
「はい」
神代先生は新聞を読んでいた。
「昔嫌いだった奴とか覚えてます?」
神代先生が顔を上げる。
「いますね」
「今思うと」
少し考える。
「なんで嫌いだったか分からない奴とか」
神代先生は珈琲を飲む。
「あります」
「ありますよね」
「ええ……
好きより嫌いの方が感染しますからね」
その言葉が少し気になった。
聞き返そうとした時だった。
電話が鳴る。
──────
数日後。
俺たちは中学校にいた。
校長室。
校長の高橋誠一は疲れた顔をしていた。
「お忙しいところありがとうございます」
神代先生は軽く会釈する。
「ご相談内容を」
高橋校長は頷いた。
「いじめです」
俺は少し身構えた。
校長は続ける。
「被害者は小林遥さん」
「現在は不登校です」
「主犯は佐久間美優さん」
「すでに認めています」
神代先生は黙って聞いている。
「保護者面談も終わりました」
「謝罪も済みました」
「学校としての対応も終わっています」
そこまで聞いて俺は首を傾げた。
「じゃあ何が問題なんですか」
校長は少し俯いた。
「終わらないんです」
──────
教室を見た。
昼休みだった。
静かだった。
騒がしくない。
問題もない。
だが何かがおかしい。
誰も遥の話をしない。
誰も美優の話をしない。
何もなかったみたいだった。
それが逆に不自然だった。
──────
神代先生は生徒たちと話を始めた。
まず佐久間美優。
主犯だった少女。
目は赤かった。
「私が悪いんです」
美優は言った。
「全部私です」
泣きながら頭を下げる。
神代先生は何も言わない。
ただ聞いていた。
──────
次は学級委員。
伊藤蓮。
「止めました」
蓮は言う。
「一回だけですけど」
話を聞く。
確かに注意はした。
だがそれだけだった。
それ以上は何もしなかった。
──────
吉岡菜月。
「私は関係ありません」
そう言った。
事実だった。
悪口も言っていない。
からかってもいない。
だが。
遥が一人だったことは知っていた。
──────
中島翔太。
「男子だからよく分からなかったです」
そう言う。
だが。
遥が泣いていた日も。
教室の空気も。
全部知っていた。
話を聞けば聞くほど分からなくなった。
全員同じだった。
「私はいじめてません」
そして。
全員本当のことを言っていた。
──────
帰り道。
俺は言った。
「みんな嘘ついてないですよ」
神代先生は頷く。
「ええ」
「でも変なんです」
「そうですね」
それだけだった。
──────
翌週。
再び校長室だった。
高橋校長もいた。
俺もいた。
神代先生は静かに言う。
「校長先生」
「はい」
「この問題には犯人がいます」
高橋校長が頷く。
「佐久間さんですね」
「違います」
校長が固まった。
俺も固まった。
「ですが」
神代先生は続ける。
「佐久間さんは加害者です」
校長は混乱している。
「どういうことですか」
神代先生は窓の外を見る。
校庭では生徒たちが走っていた。
「佐久間さんはいじめを始めました」
「はい」
「ですが」
「教室が完成させました」
沈黙が落ちる。
神代先生は続ける。
「伊藤くんは止めました」
「ですが一度だけです」
「吉岡さんは見ていました」
「中島くんも知っていました」
「他の生徒も同じです」
校長は何も言えない。
「誰も嘘をついていません」
神代先生は言う。
「私はいじめてない」
それは事実だった。
「ですが……」
少し間。
「「私は助けた」と、
言った生徒は一人もいませんでした。」
高橋校長は俯いた。
長い沈黙だった。
やがて小さく言う。
「私も同じかもしれません」
神代先生は何も答えなかった。
──────
帰り道。
夕日が長い影を作っていた。
「先生」
「はい」
「みんな悪人だったんですか」
神代先生は首を横に振る。
「違います」
「じゃあ何なんです」
神代先生は少し考えた。
そして言う。
「ただの子供たちです」
俺は黙る。
校庭から笑い声が聞こえた。
どこにでもいる子供たちだった。
「だからこそ」
神代先生が言う。
「大人が教えなければなりません」
少しの間。
「嫌いも感染します」
俺は足を止めた。
昨日の山口との話を思い出す。
木村。
あいつは本当に嫌な奴だっただろうか。
それとも。
皆が嫌っていたから嫌っていただけだったのだろうか。
今となっては分からない。
好きより嫌いの方が感染する。
神代先生のこの言葉だけが。
妙に胸に残った。




