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神代先生のお世話日誌  作者: 志に異議アリ


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12/21

第12話 犯人探し



神代先生の電話が鳴った。


珍しいことだった。


俺は思わず時計を見る。


午前十時。


珈琲を飲んでいた神代先生が受話器を取る。


「はい。神代です」


しばらく相槌が続く。


神代先生はメモを取っていた。


やがて電話を切る。


「仕事ですか」


俺が聞く。


神代先生は頷いた。


「ええ」


「依頼人は」


「社長さんです」


少し間。


「犯人を探しているそうですよ」


俺は少し身を乗り出した。


「探偵みたいですね」


神代先生は首を傾げた。


「そうでしょうか」


その顔は全くそう思っていない顔だった。


──────


待ち合わせ場所はホテルのラウンジだった。


今までの珈琲店ではない。


俺は少し落ち着かなかった。


先に来ていた男性が立ち上がる。


「西村です」


四十代前半。


広告会社の社長だった。


名刺交換を終える。


席に着く。


西村は早速話し始めた。


「会社の中に私を陥れようとしている人がいます」


神代先生は黙って聞いている。


「どんなことが起きていますか」


「会議資料が消えるんです」


「共有事項が私だけ伝わらない」


「取引先との約束もずれる」


「最近は私だけ知らない話が増えました」


俺は眉をひそめた。


確かに妙だった。


「誰か心当たりはありますか」


神代先生が聞く。


「ありません」


西村は即答した。


「全員怪しく見える。」


その言葉が少し引っかかった。


──────


帰り道。


「犯人いますよね」


俺が言う。


「いるかもしれませんね」


神代先生は答えた。


「じゃあ調べるんですか」


「ええ」


少し間。


「田中くんが」


俺は立ち止まった。


「俺?」


「はい」


神代先生は当然の顔だった。


──────


翌日。


俺は西村の会社へ向かった。


だが、いきなり社員へ


『社長について教えてください』


などと言っても話すわけがない。


そこで神代先生が用意した名刺を使った。


そこにはこう書かれていた。


『中小企業で働く人特集 取材担当』


俺は名刺を見た。


「先生」


「はい」


「これ大丈夫なんですか」


「たぶん」


その返答が一番不安だった。


──────


取材という形で一人ずつ話を聞いた。


まず経理の女性だった。


「この会社の良いところは?」


そう聞くと笑った。


「人間関係ですね」


「社長さんは?」


少し考える。


「面倒見はいい人です」


そこまでは良かった。


だが。


「ただ……」


が続いた。


「最近は話を聞かなくなりましたね」


──────


営業の男性。


「社長には恩があります」


最初にそう言った。


「でも最近は結果しか見てない気がします」


──────


事務員。


「昔は頑張りを見てくれてました」


少し笑う。


「今は数字ばかりですね」


──────


若い社員。


「怖いです」


「社長がですか」


「怒鳴ったりはしません」


少し考える。


「でも話しかけづらいです」


──────


古株社員。


「悪い人じゃないんだよ」


そう言った。


「昔はもっと良かった」


そして黙った。


──────


全員の話を録音した。


だが。


決定的な証言は一つもない。


犯人らしい人物もいない。


俺は首を捻った。


──────


夕方。


俺は録音データを神代先生へ渡した。


「どうぞ」


神代先生はボイスレコーダーを受け取る。


そして黙って聞き始めた。


一時間。


二時間。


三時間。


俺は途中で飽きた。


神代先生は最後まで聞いていた。


──────


翌日。


再びホテルラウンジ。


西村がやって来る。


表情は硬かった。


「分かりましたか」


神代先生は頷く。


「はい」


西村が身を乗り出した。


「誰なんです」


俺も気になっていた。


神代先生は静かに答える。


「皆さんです」


西村が固まる。


俺も固まった。


「皆?」


「はい」


「犯人が八人いるんですか」


「違います」


神代先生は珈琲を一口飲む。


「誰も犯人ではありません」


意味が分からなかった。




神代先生は続ける。


「経理の方は資料作成を後回しにしていました」


「営業の方は報告を省略していました」


「事務の方は確認を怠っていました」


「若い社員さんは相談を避けていました」


西村は黙っている。


「ですが」


神代先生が言う。


「どれも本来なら問題になるほどではありません」


俺は少しずつ分かってきた。


──────



「皆さんが……」


神代先生は続ける。


「少しずつ協力しなくなっていました」


西村の表情が変わる。


「なぜです?」

小さな声だった。


神代先生は答える。


「皆さんのお話には共通点がありました」


少し間。


「社長は話を聞かない」


西村が俯く。


「社長は結果しか見ない」


さらに俯く。


「社長は感謝を言わなくなった」


沈黙が落ちる。



「誰か一人があなたを嫌ったのではありません」


神代先生は静かに言う。


「皆さんが少しずつ距離を置いたのです」


西村は何も言えなかった。


「一人の敵なら見つけられます」


少し間。


「ですが……」

神代先生は続ける。


「八人から一割ずつ嫌われた時」


「犯人は見つかりません」


西村は長い間黙っていた。


──────


帰り道。


俺はため息をついた。


「みんな社長のこと嫌いだったんですかね」


神代先生は首を横に振る。


「違います」


「え?」


「嫌いなら褒めません」


俺は社員たちの言葉を思い出す。


面倒見がいい。


恩がある。


昔は良かった。


確かに全員言っていた。



「では何だったんです?」


神代先生は少し考えた。


そして言う。


「失望です」


風が吹いた。


街灯が並んでいる。



「人は嫌いな人から離れるとは限りません」


「はい」


「期待していた人から離れることもあります」


俺は何も言えなかった。


──────

しばらく考えながら横を歩く。


やがて神代先生が言った。


「人は悪意だけで壊れるわけではありません」


「え?」


「無関心でも壊れます」


その言葉は。


今まで聞いたどの言葉よりも少し怖かった。





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