第12話 犯人探し
神代先生の電話が鳴った。
珍しいことだった。
俺は思わず時計を見る。
午前十時。
珈琲を飲んでいた神代先生が受話器を取る。
「はい。神代です」
しばらく相槌が続く。
神代先生はメモを取っていた。
やがて電話を切る。
「仕事ですか」
俺が聞く。
神代先生は頷いた。
「ええ」
「依頼人は」
「社長さんです」
少し間。
「犯人を探しているそうですよ」
俺は少し身を乗り出した。
「探偵みたいですね」
神代先生は首を傾げた。
「そうでしょうか」
その顔は全くそう思っていない顔だった。
──────
待ち合わせ場所はホテルのラウンジだった。
今までの珈琲店ではない。
俺は少し落ち着かなかった。
先に来ていた男性が立ち上がる。
「西村です」
四十代前半。
広告会社の社長だった。
名刺交換を終える。
席に着く。
西村は早速話し始めた。
「会社の中に私を陥れようとしている人がいます」
神代先生は黙って聞いている。
「どんなことが起きていますか」
「会議資料が消えるんです」
「共有事項が私だけ伝わらない」
「取引先との約束もずれる」
「最近は私だけ知らない話が増えました」
俺は眉をひそめた。
確かに妙だった。
「誰か心当たりはありますか」
神代先生が聞く。
「ありません」
西村は即答した。
「全員怪しく見える。」
その言葉が少し引っかかった。
──────
帰り道。
「犯人いますよね」
俺が言う。
「いるかもしれませんね」
神代先生は答えた。
「じゃあ調べるんですか」
「ええ」
少し間。
「田中くんが」
俺は立ち止まった。
「俺?」
「はい」
神代先生は当然の顔だった。
──────
翌日。
俺は西村の会社へ向かった。
だが、いきなり社員へ
『社長について教えてください』
などと言っても話すわけがない。
そこで神代先生が用意した名刺を使った。
そこにはこう書かれていた。
『中小企業で働く人特集 取材担当』
俺は名刺を見た。
「先生」
「はい」
「これ大丈夫なんですか」
「たぶん」
その返答が一番不安だった。
──────
取材という形で一人ずつ話を聞いた。
まず経理の女性だった。
「この会社の良いところは?」
そう聞くと笑った。
「人間関係ですね」
「社長さんは?」
少し考える。
「面倒見はいい人です」
そこまでは良かった。
だが。
「ただ……」
が続いた。
「最近は話を聞かなくなりましたね」
──────
営業の男性。
「社長には恩があります」
最初にそう言った。
「でも最近は結果しか見てない気がします」
──────
事務員。
「昔は頑張りを見てくれてました」
少し笑う。
「今は数字ばかりですね」
──────
若い社員。
「怖いです」
「社長がですか」
「怒鳴ったりはしません」
少し考える。
「でも話しかけづらいです」
──────
古株社員。
「悪い人じゃないんだよ」
そう言った。
「昔はもっと良かった」
そして黙った。
──────
全員の話を録音した。
だが。
決定的な証言は一つもない。
犯人らしい人物もいない。
俺は首を捻った。
──────
夕方。
俺は録音データを神代先生へ渡した。
「どうぞ」
神代先生はボイスレコーダーを受け取る。
そして黙って聞き始めた。
一時間。
二時間。
三時間。
俺は途中で飽きた。
神代先生は最後まで聞いていた。
──────
翌日。
再びホテルラウンジ。
西村がやって来る。
表情は硬かった。
「分かりましたか」
神代先生は頷く。
「はい」
西村が身を乗り出した。
「誰なんです」
俺も気になっていた。
神代先生は静かに答える。
「皆さんです」
西村が固まる。
俺も固まった。
「皆?」
「はい」
「犯人が八人いるんですか」
「違います」
神代先生は珈琲を一口飲む。
「誰も犯人ではありません」
意味が分からなかった。
神代先生は続ける。
「経理の方は資料作成を後回しにしていました」
「営業の方は報告を省略していました」
「事務の方は確認を怠っていました」
「若い社員さんは相談を避けていました」
西村は黙っている。
「ですが」
神代先生が言う。
「どれも本来なら問題になるほどではありません」
俺は少しずつ分かってきた。
──────
「皆さんが……」
神代先生は続ける。
「少しずつ協力しなくなっていました」
西村の表情が変わる。
「なぜです?」
小さな声だった。
神代先生は答える。
「皆さんのお話には共通点がありました」
少し間。
「社長は話を聞かない」
西村が俯く。
「社長は結果しか見ない」
さらに俯く。
「社長は感謝を言わなくなった」
沈黙が落ちる。
「誰か一人があなたを嫌ったのではありません」
神代先生は静かに言う。
「皆さんが少しずつ距離を置いたのです」
西村は何も言えなかった。
「一人の敵なら見つけられます」
少し間。
「ですが……」
神代先生は続ける。
「八人から一割ずつ嫌われた時」
「犯人は見つかりません」
西村は長い間黙っていた。
──────
帰り道。
俺はため息をついた。
「みんな社長のこと嫌いだったんですかね」
神代先生は首を横に振る。
「違います」
「え?」
「嫌いなら褒めません」
俺は社員たちの言葉を思い出す。
面倒見がいい。
恩がある。
昔は良かった。
確かに全員言っていた。
「では何だったんです?」
神代先生は少し考えた。
そして言う。
「失望です」
風が吹いた。
街灯が並んでいる。
「人は嫌いな人から離れるとは限りません」
「はい」
「期待していた人から離れることもあります」
俺は何も言えなかった。
──────
しばらく考えながら横を歩く。
やがて神代先生が言った。
「人は悪意だけで壊れるわけではありません」
「え?」
「無関心でも壊れます」
その言葉は。
今まで聞いたどの言葉よりも少し怖かった。




