第11話 変えていく男
神代先生の事務所へ来て三日目だった。
正確には事務所ではない。
古い家だ。
仕事場なのか住居なのか未だによく分からない。
俺の机もない。
名刺もない。
雇用契約書も見ていない。
本当に働いているのかすら怪しかった。
「先生」
「はい」
「俺って何をするんですか」
神代先生は珈琲を淹れながら答える。
「仕事です」
「それは聞きました」
神代先生は珍しく少し笑った。
そして机の上を指差す。
封筒が一通置かれていた。
「読んでみますか」
差出人。
佐藤美咲。
見覚えのある名前だった。
怒れない女。
以前の依頼人だった。
手紙を開く。
────────
先生へ
お久しぶりです。
あの日から少し変わりました。
相変わらず怒るのは苦手です。
でも最近は言えるようになりました。
嫌なことは嫌だと。
無理なことは無理だと。
最初は怖かったです。
何人か離れていきました。
でも残ってくれた人もいました。
───
先日、会社の後輩が泣いていました。
頼まれると断れないそうです。
昔の私みたいでした。
だから言いました。
『断ってもいいんだよ』
と。
その時。
少しだけ昔の自分を許せた気がしました。
それと。
先日婚約しました。
ちゃんと怒れる相手です。
だから安心しています。
先生。
ありがとうございました。
────────
俺は手紙を閉じた。
少しだけ嬉しくなった。
「みんな先生にお礼を言うんですね」
神代先生は首を横に振った。
「違います」
「え?」
神代先生は封筒を受け取る。
丁寧に机へ戻した。
「近況報告ですよ」
俺は少し黙った。
相談が終われば終わり。
そう思っていた。
神代先生は違うらしい。
「先生」
「はい」
「先生って結局何してるんですか」
神代先生は少し考えた。
「脇役です」
意味が分からなかった。
「脇役?」
「ええ」
神代先生は窓の外を見る。
「人は自分の物語の主人公です」
静かな声だった
「私は主人公より少し先に答えを知っているだけですよ」
俺は黙る。
何となく。
分かるような。
分からないような。
「じゃあ依頼が終わったら」
「はい」
「先生の仕事も終わりですか」
神代先生は机の上の封筒を見る。
美咲。
健人。
由美。
彩香。
依頼は終わった。
だが。
人生は終わっていない。
神代先生は小さく笑った。
「終わりません」
「なぜです」
少し間。
「人生は続きますから」
人生は続く。
依頼が終わった後も。
人が変わった後も。
きっと。
ずっと。




