第9話 嫌われる男
休日だった。
特に予定はなかった。
だからと言って家にいる気にもなれない。
気づけば駅前のショッピングモールを歩いていた。
そしてなぜか。
珈琲豆を売っている店の前で立ち止まっていた。
最近よくあることだった。
認めたくはないが。
神代先生の影響である。
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「よー田中!」
後ろから声がした。
振り返る。
山口だった。
思わず二度見した。
隣に女性がいたからだ。
山口は俺の顔を見るなり笑った。
「安心しろ」
「何がだよ」
「今回は本当に彼女だから」
言われる前に言われた。
俺は思わず吹き出した。
女性も苦笑している。
どうやら事情は聞いているらしい。
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近くの喫茶店に入った。
久しぶりに話す山口は少し変わっていた。
以前より落ち着いている。
人の話を聞くようになった。
そんな気がした。
「先生元気か?」
「相変わらずだよ」
「そうか」
山口は笑う。
そして少し真面目な顔になった。
「実はさ」
来た。
嫌な予感しかしない。
「友達が困ってるんだ」
やっぱり来た。
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数日後。
俺は神代先生の家にいた。
そして向かいには山口の友人が座っていた。
藤井直人。
三十二歳。
営業職。
第一印象は悪くなかった。
むしろ好印象だった。
清潔感がある。
話し方も丁寧だ。
礼儀正しい。
「で、相談内容は?」
俺が聞く。
藤井は困ったように笑った。
「嫌われるんです」
意味が分からなかった。
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話を聞く。
職場。
友人関係。
恋人。
趣味の集まり。
どこへ行っても最初はうまくいく。
だが長続きしない。
気づけば人が離れていく。
「悪口は言いません」
「遅刻もしません」
「頼まれごとも断りません」
確かに問題なさそうだった。
俺には何が悪いのか分からなかった。
神代先生も黙って聞いている。
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藤井は話し続ける。
「後輩が仕事で悩んでいたので助言しました」
「友人が失恋した時も相談に乗りました」
「彼女が将来を不安がっていたので解決策を考えました」
話を聞きながら。
少しだけ違和感があった。
「それで僕は」
「だから僕は」
「そこで僕が」
何度も出てくる。
全部。
自分の話だった。
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神代先生が初めて口を開く。
「藤井さん」
「はい」
「最後に誰かの話を聞いていて」
少し間。
「何も言わなかったのはいつですか」
藤井が固まった。
「え?」
「助言も」
「分析も」
「励ましもせず」
神代先生は静かに続ける。
「ただ聞いたのはいつですか」
藤井は答えられなかった。
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帰り際。
藤井は少し沈んでいた。
「良かれと思ってたんです」
神代先生は頷く。
「そうでしょうね」
「力になりたかったんです」
「それも本当でしょう」
藤井は俯く。
「じゃあ何が悪かったんですか」
神代先生は少し考えた。
そして言った。
「理解より解決を急いだのかもしれません」
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それから二週間後。
藤井から連絡が来た。
友人と会ったらしい。
いつもなら助言していた。
分析していた。
解決策を並べていた。
だが今回は違った。
話を聞いた。
ただ聞いた。
それだけだった。
すると友人が言ったらしい。
「今日はちゃんと聞いてくれるんだな」
初めて言われた言葉だったそうだ。
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その日の帰り道。
俺は神代先生と駅へ向かっていた。
「先生」
「はい」
「聞くと理解するって違うんですか」
神代先生は少し考えた。
「かなり違います」
「どう違うんです」
しばらく沈黙が続く。
やがて神代先生が言った。
「聞くは行為です」
俺は黙る。
「理解しようとするのは姿勢です」
風が吹いた。
駅の灯りが見える。
「人は案外」
神代先生が続ける。
「話を聞いてくれる人より」
少し間。
「分かろうとしてくれる人を覚えています」
俺は何も言えなかった。
その言葉がいつものように、
妙に胸に残った。




