裏切り者の末路(※)
体感三十分もかからず元の町についた。あんなに迷ったのが嘘みたいだ。
「どこ?」
「あそこ、あそこ」
レアは俺の指さす方に従って、冒険者ギルドの前に下ろしてくれた。
「ありがとう! ──オラァ! ダストのクズはどこだぁ!」
俺は怒鳴りながらギルドに入った。中にいた冒険者たちがそんな俺を見て目をすがめて、ひそひそ噂する声が聞こえてくる。
「お、タイチじゃん。何やってんだ?」
「あれ、あいつ死んだんじゃなかった?」
生きてるよ!
「──タイチ!」
カウンターに行くと受付係にまで驚愕された。
「お、お前生きてたのか! 死んだって聞いたぜ!」
「おかげさんでな。俺、何で死んだことになってる?」
「森の奥ではぐれたところをモンスターに襲われたって聞いたが……」
「はぐれたんじゃなくて置いてかれたんだよ! おい、あいつらどこだ?」
「そりゃ災難だったな。いつも通りならそろそろ来るはずだ」
受付がそういうのでジリジリしながら待っていたら例の三人組が笑いながらやってきた。
黙って睨みつけているとそいつらは目の前でようやく俺に気づいてギョッと立ちすくんだ。
「……げっ、タイチ!」
「お、お前、どうやって……」
「どうもこうもあるか!」
「いやぁ……、その、無事帰ってこれて良かったな」
「『良かったな』じゃねえよ! よくも置き去りにしてくれたなァ! テメェら、この落とし前どうつけてくれるんだ⁉」
「いや、その……置き去りにしたわけじゃないんだよ」
「そう、何だっけ……そうそう、お前が勝手に離れたところをモンスターに襲われたんだった」
「ハァ⁉」
なんちゅう言い草だ。キレようとしたら後ろから受付の男も声を上げた。
「おいコラお前ら! タイチを置いて帰ったそうだな! 聞いた話と違うがどういうことだ!」
目つきも声も鋭いぞ。そういえばこの三人組を仲介したのはこの男だった。責任を感じているのかもしれない。
三人組は後ろめたそうに言い訳した。
「えー、それは、その……誤解なんだよ」
「そう、不幸な行き違いがあってだな……」
「あ、そうだ、お前、どうやって戻ってきたんだ?」
「エルフに助けてもらったんだよ!」
俺はバッと手のひらでレアを指し示した。
「顔はいいけど、スタイルがな~」
「足りないよな~。五十七点!」
「ん? 喧嘩売ってる?」
「あっ痛い! 髪はやめて髪は!」
レアは周りの冒険者たちにからかわれてトラブッているところだった。冒険者の薄くなった髪の毛を掴んで引っ張って、大切な髪を人質に取られた冒険者は泣きそうな声で抗議していた。
何やってんだ……。
「あれに?」
「……うるせー! 争点はそこじゃねえだろ! あんなところに置き去りにしやがって、殺す気だったろお前ら!」
「何のことやら」
「お前が勝手にはぐれただけだろ」
「知らない。済んだこと」
「それで済むか!」
「チッ、うっせーな……」
「文句があるならキッチリ白黒つけようか」
「ほー、どうやって? 参考までに聞かせてもらおうか」
「裁判だ。出るとこ出てケリつけようぜ」
この世界にもどうやら裁判制度があったようだ。ただ「冒険者の裁判は冒険者ギルドで行うことになっているのだ」と受付の男は言った。
「一般人と冒険者は管轄が違うんだよ。軍事法廷みたいなもんだな。裁判官はギルドの職員、弁護士は冒険者だ」
俺たちはギルドの中の裁判室に移動していた。俺が原告であいつらが被告。俺の弁護士役には前にパーティーを組んだ冒険者がついてくれた。
傍聴席には暇な冒険者たちがたむろして、持ち込んだ酒を酌み交わしたりポップコーンみたいなものをむさぼり食ったりしている。見世物じゃねーぞ。
裁判官役のギルドの職員がゴンゴンとハンマーを叩いた。
「えー、静粛に。それでは裁判を始めます。五日前、原告タイチは被告ダストのパーティーに勧誘され、フォレスタ大森林へと足を踏み入れた。被告の三名は三日目にポータルを用いて自分たちのみ帰還し、原告はその場に置き去りにされた。内容に相違ありませんか」
「ありません」
「異議あり!」
ダストが叫んだけどギルドの職員はハンマーを叩いて制止した。
「えー、被告の直接の発言はこちらが要求した時のみ行い、その他の意見陳述は弁護士に任せるように。弁護士は代わりに陳述してください」
「はい。えーっとですね、ひ、ひこくにんはタイチが一人でいなくなったので仕方なく帰ったのだ、と言ってオリマス!」
「異議あり!」
今度は俺が叫んだんだけどまたギルドの職員に制止された。
「原告の直接の発言はこちらが要求した時のみ行い、その他の意見陳述は弁護士に任せるように。弁護士は代わりに陳述してください」
「ヘイッ! あ、あ、タイチは、それは嘘だと言っておりますです、はい」
「もう少し具体的に」
「ヘイッ、あの、その、タイチはダストたちが自分を見捨てて帰ったのだと言っておりますのです」
……大丈夫かこの冒険者、何だか頼りないぞ?
「何か証拠となるものはありますか?」
「ヘイッ、ねえですがあいつらがやったことに間違いはございません。原告への賠償、並びに被告の冒険者資格の停止を要求しますです、ハイ!」
俺からの訴えはなんか俺の知らんうちにそういうことになっていた。
「被告は無罪を主張します」
というわけで双方の主張が述べられて弁論は終わった。
裁判官役のギルドの職員三人が顔を突き合わせて相談している。冒険者同士というのは諍いが多くていちいち精査している暇がないので、裁判は開廷次第即判決だそうだ。
大丈夫かこの裁判、いくらなんでも簡潔すぎるぞ?
そして裁判長役のギルドの職員はハンマーを叩いて判決を述べた。
「静粛に。えー、では、判決を言い渡す。証拠不十分につき無罪!」
「オッシャアアア!」
「やったぜぇ!」
「正義は勝つ!」
三人組は歓声を上げてバンザイした。
「クッソー! 負けたー!」
俺は全身で落胆した。酷い目に遭わされた上に裁判でも負けるとは……。
落ち込んでいたら冒険者たちがワラワラと傍聴席の柵を乗り越えて寄ってきて、俺の肩を叩いた。彼らなりに慰めているつもりのようだ。
「残念だったな」
「パーティー内で孤立した場合の裁判は証拠が出てこんからまず勝てんのだ」
「まあしゃーない、切り替えてこ」
「今日はおごってやるよ」
「うう……ありがとう」
釈然としないところではあるが……ま、いっか。応援してくれる人もいることだし。俺の頭は物事を複雑に考えられるほど上等にできていないのだ。
嫌な過去は忘れて次行こ、次。
「えー、本日はお集まりいただきありがとうございます。それでは『タイチの敗訴を慰める会』を開催します。今回は残念でしたが気を取り直してまいりましょう。ではみなさん、ジョッキをお持ちください……タイチの今後の活躍を祈念して、乾杯!」
「カンパーイ!」
「ウエッ」
俺たちは酒場に移動して乾杯の音頭を取っていた。何故かついてきたレアはぬるいエールを口にして、顔をしかめて舌を出した。
まあね。冒険者行きつけの酒場って観光地化されていない田舎の百年前の食堂みたいで、何もかもが洗練とは程遠い。あの母親の料理に慣れていたらちょっと受け付けられないだろう。俺は飲むけど。
「チクショー! 今日は飲んでやる!」
「おうおう飲め飲め」
「飲んで忘れろ」
ゴクッゴクッゴクッ、エールのジョッキをひと息に飲み干したら手拍子は拍手に変わった。
「おぉー……」
「やるじゃねえか」
「ほら、もう一杯行け!」
「あ、じゃあ私のあげる」
「サンキュー!」
俺はレアの飲み残しをもらって飲んだ。
冒険者たちは飲みながら口々に悪態をついた。
「まったく、最低な奴らだぜ!」
「ろくな死に方しねえぞ!」
「おう、いっそダンジョンで闇討ちしてやろうぜ」
「いいなそれ。自分がやられたらどんだけ嫌か、思い知らせてやれ!」
「よせよせ、黙って見とけ。あいつら今日は勝ってもどうせこの先長くねえんだから」
「どういうこと?」
「そりゃお前、証拠はなくてもあいつら絶対やっただろ」
「やられたよ」
「冒険者内での心証は最悪だ。もうあいつらとパーティー組もうって奴は誰もいねえよ」
「メンバーをハメるなんてのは冒険者的には許されざる悪だからな!」
「遠からずこの町から出ていくことになるだろ。でもまあ、こういう噂は広がるもんだからな」
「冒険者なんてそう長くは続けられねえよ」
「だからもう気にすんな! 今日は飲め! 飲んで忘れろ!」
俺は周り中から酒を注がれて、ひたすら飲む羽目になった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そして冒険者たちの言う事は当たっていた。
これは少し後になってからの話なんだが……。
「おい、聞いたかタイチ」
その日、道端で顔見知りの冒険者に声を掛けられた。何だか暗い顔をしていた。悪いことでもあったかな?
「何だ?」
「ダストのパーティー、覚えてるか?」
俺を森の中に置き去りにした連中だ。怒りは忘れたが、されたことはしっかり覚えている。
「まあ、忘れちゃないよ。どうした?」
「あいつら全滅したってよ」
「……えっ」
「お前とあんなことがあったもんだから誰もあいつらとは組まなくなってな。大きな仕事ができなくなっちまったんだよ」
「まあ、そりゃしょうがないだろ」
「それでどうも借金が返せなくなったみたいでな。焦ったのか、三人じゃちょっと無理なところまで深入りしちまったのよ。見つけた連中が言うには酷いもんだったってよ」
「というと?」
「モンスターに食い荒らされて」
「あ、了解っす」
「柔らかい部分はなくなっててな。内臓はもちろんのこと頬の肉とか目玉とかな。遺髪だけ帰ってきたそうだ」
「だから言わなくてもいいって」
「装備がなかったら誰だかわからなかっただろうな」
「やめてくれよ!」
想像しちゃったじゃないか……。いい奴らではなかったが哀れなもんだ。




