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ホロホロ鳥とセロリのナッツ炒め

「──それで町に戻ろうとうろうろしてたらここまで来ちゃったんです」


 エルフに事情を聞かれたので、俺は転移したきっかけから順にかくかくしかじかと説明した。

 エルフは深々と頷いた。


「なるほど。そういうことであったか。──ところで、今の話によれば転移者の世界にはスキルがないようだな」

「なかったっすね」

「では元の世界に戻ればスキルの影響もなくなるかもしれん」

「……おお!」


 希望が見えてきた。やはり元の世界に戻ることを目標にしよう。


「で、どうやったら戻れますかね?」


 聞いてみたんだけどエルフは首を振った。


「それはわからん。転移者のことは人間の方が詳しいだろう。人間の町まで送ってあげるからそちらで尋ねるといい」


 神殿の人たちは皆いい人たちだった。例の三人組は酷い奴らだった。一方このエルフは町まで送ってくれると言う。この世界って親切な人とそうでない人が極端だよな。

 その上「今日はもう遅いから泊まっていくといい」と言って、寝床だけじゃなく晩飯までごちそうしてくれることになった。ありがたい話だ。桃は旨かったけど、あれじゃ腹は膨れないし。


 食堂に通された。椅子に座るように勧められたんだけど躊躇した。何というか造りが華奢で繊細な細工が施されている。すごく高そうなんだけど、いいのか? 森を歩き回ったせいで汚れてるんだけど。


「どうぞ、気にしないで」

「はあ、すみません」


 言われるままに座っていたら奥さんだというエルフが料理を運んできた。これがまたすごい美人だ。いや、どう見たって二十歳には届いてない感じだから美少女と呼ぶべきか。これで子持ちの人妻なんだよな……。


「簡単なものでごめんなさいね。急なことだったから用意できなくて」

「いえ、いただけるだけでも充分です。感謝します」


 奥さんは謙遜してそんな風に言ったけど結構な品数がテーブルの上に並んでいた。椅子だけじゃなくて食器から何から、調度品一切が大変に高級そうだった。

 エルフってのは東京でもちょっとお目に掛かれないほど文化的な生活をしているようだ。少なくとも俺の生活圏にはこんなのなかった。

 その高価そうな皿は俺の分だけ色が違った。


「お疲れでしょうからお客様の分は味を濃くしておきました」

「それはどうも、お心遣いありがとうございます!」


 いただきますの作法は人間とエルフで違ってたけどそれは後回しだ。俺の目はさっきから料理に釘付けだった。


「で、では……。……!」


 スープを口に含んだ俺は、あまりの旨味の強さに脳汁が弾けて気絶するところだった。

 奥さんの料理は見た目通り旨かった。野菜が煮溶けた感じの優しい味のスープも、シャキシャキした歯ごたえの知らない野菜のサラダも、ねっとりした芋のペーストも、どれも絶品だった。


 そして何より、鳥っぽい肉と野菜とナッツの炒め物!

 鳥は非常に癖のない、柔らかな肉質で、そのくせ旨味はたっぷりだ。コカトリスも旨かったけど、あれとはまた対極に位置する旨さだ。また肉の表面にはたかれた片栗粉がナッツから染み出た油分を纏わせて、何とも言えない風味を醸し出している。

 ナッツは炒める前に軽くローストしてあった。たっぷり油の乗った何かのナッツはオイル感たっぷりだしアーモンドの香ばしさがいい感じだ。クルミのほろ苦さは料理の格を上げてた。多分自然の森の中で採れたんだろう。コンビニのおつまみとは一線を画す味だ。

 野菜がまた味が濃いんだ。セロリの鮮烈な香気は鳥とよくマッチしてるしシャキシャキ感がいいアクセントになってる。病みつきになるぞ、これ。


 その上炭酸が浮いてる果実酒まで振舞われた。おお、これは爽やかだ。のど越しも香りも良く、ほのかな甘みがある。それにまたこのガラスの器が美しい。


「う、旨い! これは旨い! どれも旨い! は、箸が止まらん!」


 俺は夢中でむさぼり食った。シロも部屋に上げてもらって俺の足元で餌をもらっていた。何かの動物のレバーに野菜のペーストを掛けたものだ。シロは餌皿に顔を突っ込んでわき目も振らずに食べていた。

 俺たちの食いっぷりを見つめていた少女が呆れたように言った。


「そんなにおなかが減ってたの?」

「ああ、ペコペコだ。けど、これなら減ってなくても皿まで食べるね!」

「あら、お上手ね」

「いやお世辞ではなく本当に。うんま──いっ!」


 どれも旨すぎた。最初は遠慮しようと思ってたんだが耐えられなかった。俺はおかわりして腹がはち切れるほど食べた。




 翌朝、家の前で俺は夫妻に頭を下げていた。


「朝食までいただいちゃって。本当にお世話になりました」

「何、気にするほどのことではない」


 食事だけじゃない。風呂も寝床も世話になったし、朝起きたら服のクリーニングまでされていた。気にするって。


「そういうわけには……。どうお礼したらいいものやら」

「それなら困っている人を見かけたら、今度は君が助けてあげることだな。では送って差し上げよう。アサカの町でいいのか?」

「あ、そこです。ところでどうやって? 転送ポータルですか?」

「いや、エルフのポータルはエルフの森同士でしか繋がっていない」


 【ポータル】の魔術というのはこの世界では割と一般的で重要な移動手段になっている。とはいえ時間当たりに運べる重量に限界があって無制限に使えるものでもないけど。

 普通の転送ポータルは一対一でしか対応していないし、設置された場所から動かすこともできない。持ち運べるのは帰還ポータルだけだ。

 ただし帰還ポータルは一回だけしか使えないとか人数に上限があるとかいろんな制限がつくんだと、以前一緒に森に入った別のパーティーは説明してくれた。


 俺は転移者で身内もいないし、誰かと固定のパーティーを組んでいるわけでもない。俺がある日いなくなったとしてもふらっとどこかに行ってしまったのだろうと思われるだけだ。いざという時に見殺しにしても誰も気にしない人間なんだ。

 三人用の帰還ポータルしか用意できなかったあいつらはそれで俺をパーティーに入れたんだろうな。クソ、見ず知らずのエルフの方がよほど人情味に溢れてるぞ。


「はーい、私が送ってあげる」


 例の美少女が手を挙げた。


「ありがとうございます……! ところで、どうやって送ってくれるの?」

「こうやって」


 言うやいなや少女の背中に真っ白な羽根が生えた。それはまるっきり鳥の羽のようで、朝の光を弾いて輝く羽毛の一筋まで観察することができた。


「うわ、すげえ!」

「すごいでしょ。【飛行】スキルだよ」

「かっけー!」


 うーん、これは控えめに言っても天使だ。百点満点で三百点のスコアを叩き出してる。エルフってのは本当に美しい生き物だな。


 さらに父親のかざした手が白く光ると体がふわっと軽くなった。風がまとわりついてる感じだ。それから母親が紐をたすき掛けして結び付けてくれた。背中側に持ち手がついているようだ。

 俺はシロを抱きかかえた。


「何から何までお世話になりました」

「どうしても耐えられなくなった場合はこの村に来て住むといい。少なくとも孤独ということだけはないはずだ」

「ありがとうございます!」

「じゃ、行くよー」


 俺は少女に吊るされて空高く舞い上がった。森の中のエルフの村はあっという間に遠ざかって、手を振る夫婦の姿は木々に隠れて見えなくなってしまった。

 下を見れば森はすごいスピードで過ぎ去っていく。でも俺と少女とは大きな膜のようなものに包まれていて風を感じない。おかげで声が通る。

 俺は見上げて声を掛けた。エルフは男も女もパンツルックなので安心だ。


「送ってくれてありがとう! 君の名前は?」

「レア!」

「レア。いい名前だね。いくつ?」

「人間の目には何歳に見える?」

「うーん、十六、七くらいかな」

「残念、三十三歳でした!」


 ……。一応、年下か。


「あなたは?」

「俺は中島大地。ここの連中にはタイチって呼ばれてるよ」

「タイチ? 変な名前ー」

「俺の生まれ故郷じゃ普通の名前だぞ。昔鈴木大地って水泳選手がいてだな──」


 それで町に着くまでの間、俺たちは日本人の名前とエルフの名前について話した。

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