トントン亭の丸焼き
この世界の人間たちの容姿は独特だ。顔は中近東辺りの人みたいな感じかな? 中近東ったって広いが実際ここも多種多様な人種が入り混じった感じだ。アジア人っぽい顔の人もいればエジプト人みたいな顔の人もいる。
肌の色もまちまちだな。東アジア人くらいの薄さからアラブ人くらいの濃さまで幅広い。
一方で髪はバリエーションに乏しい。黒からせいぜい淡い茶色くらいまでで、あまり派手な色は見ない。
瞳の色もそうだな。肌や髪の色が濃い人は黒いし、薄い人は緑っぽい。
そんなに他の地域に移住したり交流が多かったりというようにも思えないんだが、一体どういう進化をしたらこうなるんだろう。
そこへ行くとエルフというのは全体に白い。頭は金髪だし肌は真っ白。
顔はコーカソイド……ではないな。人間の人種にはあまり似たものがない。エルフとしか言いようのない顔だ。目つきが優しくて、顔に攻撃的なところがない。美しくて平和的な種族だ。一人の例外を除いて。
体つきは細身で身長はそれほど高いわけじゃないが頭身はやたらと高い。手足は細い。まあ、体が細い分は胸と尻も薄いんで、そこは好みの分かれるところかもしれないが。
エルフの美貌というのは本当に卓絶したものがある。そうだな、人間の一番美人が精一杯メイクして着飾ったらようやく隣に並べても恥ずかしくないかもしれない。
性的要素を無視すれば美というものの極致だろう。
レアもまあ、エルフだけあって見た目だけは綺麗だ。背中の真ん中くらいまである髪は子供みたいに細くて艶があって、基本ストレートなんだけど毛先が内側にカールしている。
メチャクチャ長いまつ毛の下で青い瞳が宝石みたいに輝いてる。描いたような眉なんだけどこれ天然なんだよな。唇だってグロスすら引いていないのにツヤツヤだ。
肌はもちろん真っ白でしみもほくろもない。びっくりするほど白いけど病的な感じは一切しない。人形みたいだけど人形にはないすごい生気を放っている。
町を歩いているだけでメチャクチャ目立つ。見た目だけなら。ちょっと胸は薄いけど、口さえ開かなければ。中身は……うん。まあ。
いやご両親は柔和な人格者だけどさ、こいつは控えめに言ってもお子様なんだよな。やたら喧嘩っ早いし。ラーテルくらい沸点が低い。
年齢相応の落ち着きがあったらきっとモテたんじゃないだろうか。惜しいやつだ。
ふう。今日もよく働いたな。
明日は店休日という夜、風呂上りにまったりしていたらレアが酒瓶を掲げてやってきた。
「お父さんがお酒くれたー」
ずいぶんデカいな……。一升瓶より容量が大きそうだ。
「飲も」
「え、お前酒飲んでいい年なの?」
「三十三歳だけど?」
「あー、そういえばそうだったな」
すっかり子供のような気がしていたが俺とそう変わらない年齢だった。エルフの成人がいくつなのか知らんけど。
「お父さんったら『世話になっているのだから持っていけ』って言うの。お世話してるのは私なのにね」
「えっ。あっ、はい。お礼言っといてよ」
「直接言えば?」
「行く機会があったらな」
ホールはスタッフたちが掃除して帰ったから綺麗なもんだ。俺たちは客のテーブルで料理の残りをつまみに飲むことにした。
「じゃ、乾杯」
「人間はそう言うんだっけ。それじゃカンパイ」
「うっわ、何だこれ……。メチャクチャ旨いな」
黄金色に透き通る美しい酒だ。とにかく香りがいい。口に含むとスミレやらライチやらハチミツやらを織り交ぜた複雑な香りが心地よく通り抜けていく。また口当たりも良くていくらでも飲めちゃう。
「これはブドウのお酒だよ」
「うーん、旨い! もう一杯!」
「どーぞ」
……一時間経ったのか何時間経ったのか……俺はすっかり酔っ払っていた。
今までの経験上【毒無効】スキルがあっても普通に酔う。酔うんだが、どうも潰れるまで行くと毒判定されるらしくてそこから先は酔いが深まらない。おかげで切り上げ時がわからん。
酩酊感が永久に続く。ハッキリ言って気持ちはいい。気持ちはいいんだが、頭はちっとも働かない。これ本当に毒じゃないのか?
俺はダラダラ無限にしゃべり続けていた。
「ここだとネットもねぇし映画もねぇし……。東京じゃ、暇なときはスマホばっか見てたんだけどなぁ。暇を潰してるんだか人生を潰してるんだか……なんというかこう、チリチリっと嫌ぁな焦燥感が、うなじの辺りを焼くんだけど……。目をそらして見ないふりをして、ただひたすらショート動画に没頭してたなぁ。ここはそういうもんがねえからな。酒飲んで、くっちゃべるしかやることがねー。人と人とのつながりが濃密だよなぁ。でもこれがなぁ、人間本来の、当たり前の生き方なんじゃねぇかなぁ」
──という自説を延々垂れ流していた。
「ショート動画って、なに?」
「んー? なんかこう、十秒くらいの短い動画で……パッパッパッパッてメインばっか次から次へと出てくる……」
「というか動画ってなに?」
「そこからかー……」
俺は元の世界の文化を説明した。酔ってるんでとりとめのない説明になってしまったが。
「ふーん。よくわからないけど面白そう」
「どうだろなぁ。本当に面白かったんかな……?」
「タイチが帰るなら私も行ってみようかな」
「おー来い来い。案内してやるよ。レアなんかカワイイから、すぐ人気になるぞぉ」
「お店開くときもそんなこと言ってなかった?」
「いや今度は本当に。あそこで死ぬかと思ったとき……初めてお前を見たときに、女神なんじゃないかと思った……」
「そう?」
「そーそー。いや、本当にお前がいてくれて、よかった……。ここって、誰かといないと、何もできない……。もう一人じゃ寂しいんだよぉ。ずっとそばにいてくれよ、なぁ……」
「はいはい。帰るまでは一緒にいてあげるから」
「うう、ありがとう……」
翌朝、俺は快適に目覚めた。酒が残らんのは本当にありがたいな。記憶は全然ないんだけど。
ひたすら酒飲んでたことは覚えてるんだが……あー、あの酒が旨かったことは覚えている。いやー旨い酒だった。
「おはよー」
「よう、おはよう」
レアも起きてきた。というか先に起きていて朝風呂を浴びていたようだ。髪が濡れている。
「タイチって子供みたいだよね」
妙な笑顔でレアはそんなことを言った。何でそんなこと言われなきゃならんのだ。心当たりがないぞ。
いや、俺が覚えてないだけで、もしかして飲み過ぎて何かしたのか……?
「……俺、何か変なこと言った?」
「ふふ、言った言った」
「え、マジで? 何言ったの?」
「言ったけど、教えなーい」
「気になるなあ……」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ふう……。ん?」
俺はそのときたまたま調理の手を休めて顔を上げていた。そのため一部始終を目撃した。
レアは顔は美人なんだけどスリムなせいか冒険者たちからはあまり人気がなかった。直接戦うところを見ていた冒険者からは畏怖されていたし。だから料理を運んでいても冒険者の手が尻に伸びるなんてことはなかったんだけど……。
その日客の中に見ない顔の冒険者がいた。冒険者でも商人の護衛なんかしてるやつは旅から旅の生活だ。そいつも他所からやってきた旅行客だったのかもしれない。
そいつは特殊な趣味でも持っていたのかそれとも相当酔っ払ってたのか、にやけた目つきでレアを眺めていたかと思ったら、盆で両手が塞がったあいつの尻を撫でようとした。
でもなあ……。レアって多分どんな冒険者よりも強いんだよな。尻に手が伸びた瞬間、レアは体を回転させて躱しつつ高速でバックブローを叩き込んでいた。硬く握りしめた手の甲が冒険者の頬にめり込んだ。
「へぶぅっ⁉」
そいつは椅子ごとすっ飛んで、他の冒険者とテーブルを巻き込んで転げた。レアは持っていた盆を投げてしまっていて、熱々の料理がまた別の冒険者の頭にかぶさった。
「熱っづぁぁぁ!」
「な、何すんだ!」
「ん? 喧嘩売ってる?」
「ギャアアッ!」
「いいぞ姉ちゃん!」
「もっとやれーっ!」
「俺も混ぜろーっ!」
料理をかぶった冒険者は振り落としつつ水を求めて外に駆け出した。そいつの連れとさっき巻き込まれた奴がレアに詰め寄り、同時に殴り倒された。はやし立てる冒険者もいれば殴り合いに参加する冒険者もいる。
あっという間に大乱闘が始まっていた。こいつら血の気が多すぎるだろ。
止めに行こうとしたんだけど他のホールスタッフが悲鳴を上げて逃げてくるのに巻き込まれて近寄れないでいるうちにレアの拳に火が燃えた。
「バッ……やめっ──」
遅かった。
燃え盛る炎がレアを中心にホールを飲み込んだ。
「みんな、こっちだ! 避難するぞ!」
俺はスタッフを誘導して逃げた。冒険者は自分で何とかするだろう。
「ああああ……」
「てへ、ごめんネ♡」
俺の店は派手に炎上していた。ネットで晒されたとかじゃなくて物理的に燃え上がっていた。
レアはウィンクしながら自分の頭をコツンと叩いてたけど、お前それで誤魔化せると本気で思ってるのか?
料理を持ち出した冒険者は燃え盛る炎を見物しながら料理をつまんでいるし、酒を持ち出した冒険者は火事を肴に酒を飲んでいる。何も持ち出せなかった冒険者は手持ちの干し肉をその火で炙って食べている。
「ひでーな」
「ああ」
「酷いのはお前らだよ……」
トントン亭は全焼した。什器一切もみんな焼けちまって、跡には焼け焦げた柱が何本か傾いているだけだった。
店はあえなく廃業となった。従業員に退職金を払って、解体業者に建物の残骸を片付けてもらって、大家さんに賠償金を払ったら何も残らなかった。元の一文無しだ。もう俺に店を貸してくれるところもないだろう。
肩の力がガックリ抜けた。短い夢だった……。
……ま、しょうがないか。気分を切り替えて次の町に行こう。
そもそも俺は元の世界に帰還するのが目的だったはずだ。大金を手にして気が大きくなってつい店なんか出しちゃってたけど、この町にいてもその方法は見つかりそうもないしな。
新たな冒険の始まりだ!
出発前にあれこれ片づけとかないと。
俺は飲食業ギルドに行って廃業の手続きをして、取引先に頭を下げて回った。
「こんな早くに畳むことになってしまって……。ご迷惑をおかけしました」
「まあ客の不始末で燃えちまったんじゃしょうがないさ。あんたのとこは繁盛してたからうちも助かってたんだが、災難だったな。他所に行っても頑張れよ」
大体こんな感じで励ましてくれた。
出かける前にドワーフの爺さんの金物屋に行って包丁と槍を研いでもらった。
「爺さん、あれこれ世話になったな」
「そうか、出ていくのか。元気でやれよ」
「折角酒屋を紹介してもらったのに悪かったな」
「気にせんでいい。槍はドワーフに砥いでもらうと良い。包丁くらいは自分で砥げるようになることじゃな」
「努力するよ」
それから冒険者ギルドでこの国の首都、ハイラーナへと向かうルートを聞いた。あそこの神官長(だっけ?)という人なら帰り方を知っているかもしれないという話だった。
もう一文無しだから道中働きながら行くことになるだろう。あいにくちょうどいい仕事がなかったので隣町まで行ってみることにした。金はないけどメシはあるし、何とかなるだろう。
俺の店の客──冒険者たちは律儀に見送りに来てくれた。
「行くのか、タイチ」
「おう。お前ら、元気でな」
「またいつか一緒に仕事しような」
「お前のメシが食えなくなるかと思うと目の前が暗くなるぜ……」
「レシピは女たちに教えといたから作ってもらえよ」
「うっ……」
「あいつらよりお前の方が優しいし……」
「何か言った?」
「いえ、何も!」
「おいタイチ、俺たちまだパーティー組んだままなんだからな! 冒険者の絆は一生だぞ、忘れんなよ!」
「サンキュー。じゃあな!」
よし、出発だ!
俺は手を振って彼らと別れた。道連れはシロとレアだけだ。
シロは毎日ハーフニルの内臓のいいところばかり食べていたせいかグングン大きくなって、もう中型犬くらいの大きさになっていた。どんな危険が待ち受けているかわからない道中の護衛として頼もしい。
レアは森に帰ってもおかしくなかったんだが、何も言わずについてきたので俺も何も言わなかった。
森の中でさ迷ったときのことを思い出す。一人旅が好きな人を否定するわけじゃないが、きっと俺はもう一人じゃ寂しい。しゃべる相手が欲しい。こんなのでもいた方が気分が紛れる。
……とはいえ、やはり落とし前はつけとかないとな。
「レア」
「なぁに?」
俺はレアのほっぺたをつまんでうにょっと引っ張った。うわ、すっげえ柔らかい! もっちもちだよこのほっぺ!
「これでチャラでいいよ」
「ひどい! どうしてこんなことするのぉ⁉」
「ええー? かなり優しく済ませたと思うんだけど⁉」
いい年して馬鹿みたいにはしゃぎながら俺たちは旅を続けた。
さて、次の町はどんなところだろうな?
行く先々でどんな人と出会うだろう。
そしてどんなモンスターが待ってることやら……そいつらどんな味がすることやら、楽しみだ。
戻る方法を探しながら何でも食べてやるぜ!
俺たちの冒険はこれからだ!
これにてこのお話はおしまいです。
一時期文章の書き方がわからなくなって、リハビリでもないですが勘を取り戻すために書いていたら何だかスイスイ書けてしまいました。もう完結かと自分でも驚いています。
書きやすかったのはきっと主人公が私の性情に合っていたのでしょう。人生をさ迷っている辺りは私自身の鏡映しだったかもしれません。果たして主人公は元の世界に戻れるのか、戻る必要がそもそもあるのか……これから先の旅の中で自分を見つめ直していくことと思います。
まあ、そんな明日のことより今日のメシですよね! 皆様も是非おいしいものを食べてください。人間が一生のうちに食べられる料理の量には限界があるのですから。
それでは今日はこの辺りで。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。またいつかどこかの作品で皆様とお会いできることを楽しみにしています。




