毒イノシシのスペアリブの炭火ロースト
朝目を覚ますとシロは既に起き出していて部屋の中をウロウロしている。雨戸を押し開けたら眩い光が飛び込んできた。今日も快晴だ。
「ほら、行け!」
号令を掛けるとシロは大空目掛けて飛び出していった。
開店準備に時間も金もずいぶんかかった。店舗を改装して、水回りも改修して……。
アンバーレジンで得た金は既に底を尽きかけていた。お店出すのって金かかるよな。
俺は引き続き店で出すメニューを決めていた。豚バラステーキはやたら時間がかかるんでそんなには出せない。なるべくなら時間も手間もかからない料理を多くしたい。本当はレチョナとか出したいけどちょっと無理。
だって肉に毒があるんで料理は俺が一人でするしかないんだよ……。レアなら【毒無効】があるからできるんだが、能力とやる気の問題でできない。
試食のためにここのところ毎日ブタ肉パーティーだ。体から脂が吹き出すな。
まずとんかつはマストだろ? 肩ロースとヒレの二種類出そう。
それにソテー。毒ニンニクを使えば生姜焼きの亜種みたいなのができると思う。マスタード炒めもいいな。
煮込み料理も出したい。ロース以外にも、内臓はシロのものとして豚足や頬肉なんかも。これは昼のうちに煮込んでおけばいいから何とかなる。ビール煮込みとトマト煮込みの二種類作ろう。
豚しゃぶ……は客に料理させるのが不安だから、冷しゃぶにしてサラダ仕立てにするか。これもあらかじめ作っておけるもんな。でも冒険者がサラダなんか食うかな……? まあ女性も多少はいるし、用意はしておくか。
卵黄と生クリーム、レモン果汁、おろしにんにく、おろしたハードチーズをざっくり混ぜたらシーザードレッシングっぽいものができた。こいつを掛け回して……おっ、いけるじゃん! これなら野菜嫌いの冒険者でも食えそうだ。冒険者の健康にまで気を配るとは、また一つ徳を積んでしまった。
健康と言えば俺自身はヒュドラを食ったら【再生】スキルがついて、包丁で指切ったくらいなら即治るようになっている。どんどん健康で文化的な最低限度の生活に近づいていくぜ。
それからソーセージを作った。シロも腸は大して食わないから余ってた。肉屋に頭を下げて(あと金も積んで)作り方を教わってきたのだ。
トリミングして落とした肉のきれっぱしとか骨の周りについた肉とかを集めてミンチにする。いつもの毒ニンニクをおろしたもの、毒コショウ、その他毒ハーブを混ぜてこねこね。氷水を入れて柔らかくして、洗った腸に詰めたらできあがり。
レアのストレージに入れといてもらって順次茹でていこう。こいつにジャガイモを添えて出したらビールが売れそうだ。
それにしても醤油がないのは辛いよな……。和食はほぼ作れない。
代わりにソースを作ってみた。脂身をじっくり熱して、染み出たラードにおろし玉ねぎ、セロリ、毒バナナの葉っぱ、ハチミツ少々、そしてワインを入れて煮詰めた。で、加えたワインが三分の一まで減ったらざっと濾す。
特製オニオンソースのできあがりだ。こいつは炒め物に使えそうだ。
そのうち余裕ができたら燻製もチャレンジしてみたいな。
ハーフニルを食えるのは俺とレアだけで、他のスタッフはブタ肉で作ったものを食べている。一応味を知っておいてもらわないと話ができないので作った。また金が……。
賄いを食べながらスタッフたちはおしゃべりしてるんだけど、エルフが珍しいみたいでレアは質問攻めにあっていた。
アンナが世間話の延長で聞いた。
「レアってどこに住んでるの?」
「え? ここだけど」
「……ん? 店長もここに住んでたよね?」
「うん」
「同居してるの?」
「うん」
スタッフ一同俺のことを横目で見た。なんかあらぬ誤解を受けてる気がする……。
同居って言うか勝手に住み着いてるだけだし。まあ風呂を沸かしてくれるのとトイレを綺麗にしてくれるのは助かるけど。
毎日風呂に入れて服も洗えるのは本当にありがたい。
……そういえばこいつが洗濯してるところは見たことがないな。どうしてるんだろう?
夜、スタッフが帰った後に聞いてみた。
「お前、洗濯ものどうしてるの?」
「え? ストレージに入れといて、帰ったときにお母さんに洗ってもらってる」
「……」
言語を絶するお子様っぷりだった。
「自分のパンツくらい自分で洗えよ……」
「ブー」
風呂は毎日入ってるけどもな。ただ、それも若干問題があって……。
この前の夜、俺は厨房にいて湯上がりの湯冷ましを飲んでいた。そしたらやっぱり風呂上がりのレアがうろうろやってきた。半裸で。
ブ────ッ!
俺は湯冷ましを吹いた。
肌の面積が広い、肌面積が! 足はサンダルをつっかけただけでパンツ丸見えだし胸なんて首から下げたバスタオルで隠れてるだけだ。
むせてたらレアは咎めるような目つきで言った。
「あ、なに見てるの変態覗き魔。タイチからエッチに改名したら?」
「おま……同居人いるんだから少しは気を使えよ!」
「は? そっちが使ってよノンデリヒューマン」
「せめてバスローブくらい着ろ!」
「やだプー」
この三十三歳児め……!
「まったく……」
仕方なく俺が部屋に引っ込んだ。あいつの情緒、小学生くらいだろ。
店はできた。メニューも決まった。スタッフも揃えた。ちょっと調理の手が足りないんだけど、頑張る。
いよいよプレオープンだ。俺はマックたちとか、顔見知りの冒険者を順繰りに招待した。他の冒険者の意見も聞きたかったしスタッフの訓練も兼ねている。
「いや、どれもウマイなー」
「特にこのソーセージとビールの組み合わせがたまんねえ!」
「ぬるいエールばっか飲んでたけど、この冷えたビール飲んじゃったらもう戻れないよ……」
「うむ。冷やして飲むという発想はなかったの」
料理は概ね好評だった。中でもドワーフから特別に仕入れてレアの精霊術で冷やしたビールは抜群に評価が高い。こりゃ店を開けたら大量にはけそうだな。
「旨いか。そりゃ良かった。なあ、ちょっとギルドで宣伝してくれよ。今日のビールはおごるからさ」
「おっ、マジで?」
「よっ太っ腹!」
「任せとけ!」
安心したのかマックたちは盛大に飲み始めた。
「どうだレア、これがスポンサードリンクってやつだ」
「意味わからないけど絶対違うと思う」
翌日、ギルドを覗いたらマックたちは約束通り大声でくっちゃべっていた。
「この町にあんな旨い飲み屋あったんだ」
「肉デカ……」
「いーなー、俺もあんな店で飲みてー」
「あんな大衆居酒屋あるんだなー。超居酒屋」
「アニメの豪邸みてー。オーナーうらやましー」
「俺あの味超好き」
「たまんねー」
「いい店って薄暗くても分かんだな」
「十親等まで自慢してー」
フフ……いいぞ、良し。偉大なモブ仕草だ。これで満員御礼確定だな。
マックたちの大声を聞いてそれ以外で招いていた冒険者たちは噂話に参加したし、そうでない冒険者たちはどこの店のことかと聞き耳を立てていた。
「やあやあ皆さん、お集りのようで!」
頃合いを見てギルドに入った俺は、そこにいた冒険者たちから受付カウンターまでチラシを配って歩いた。
「今日はオープン記念で全品半額だ! 絶対来てくれよな!」
こうしてオープンした俺の店は初日から満席となった。
来てくれた冒険者たちと片っ端からパーティーを組む儀式をして毒無効の範囲を拡張する。そいつら全員が席に着いた。
店の中はレアの精霊術で煌々と照らし出されている。どこの店より明るいぞ。
そして俺は叫んだ。
「えー皆様、本日は『冒険者野郎トントン亭』の開店にご来場いただきまして誠にありがとうございます。今日明日はオープニングキャンペーンとして全商品半額となっております。──さあ野郎共、肉だ肉だ、肉を食え! うちは穀物でカサを増すなどといった誤魔化しは一切しない! 塩で脂と肉を食え!」
「ヒャッホ──ゥ!」
冒険者という職業はいつ死んでもおかしくない。だからみんな健康なんて気にしない。糖質でも脂質でもタンパク質でも、食べたいときに食べたいものを食べるのだ。今我慢して、我慢したまま死んじゃったら意味がないもんな。
みんな肉を食いまくった。目の敵にして貪り食った。
中でもとんかつとソーセージは凄い人気で、そりゃもう凄い数が出た。ついでにビールも呆れるほど売れて翌日酒屋が目を回した。時間のかかるバラ肉ステーキは数量限定にしたら争奪戦になっていた。ウェイトレスは胸が大きい順に人気が出た。アンナが一番人気だ。レア? うん。
「あの煮ても焼いても食えねえハーフニルが、まさかこんなに旨かったなんて……」
「血がちょっと口の中に入っただけで気持ち悪くなるし、目に入ったら見えなくなるし……」
「それが今日はこのザマだ! 明日は俺の血となり肉となる!」
冒険者の一人がジョッキを振り回しながら叫んだ。
「俺もうここに住む!」
「近所の貧乏長屋に部屋が空いてるぞ。引っ越せ」
別の冒険者がまた叫んだ。
「朝もやってくれよ!」
「それは俺が過労で死ぬから……」
──開店から十日目。連日満員御礼で気を良くした俺は新メニューを開発した。
スペアリブが焼けていた。それも切り離してない、塊のままのスペアリブだ。こいつの表面に塩とハーブをたっぷりすり込んで、炭火でじっくり焼く。
カウンターの上に台を作ってその上で焼いている。客からよく見えるようにな。しかも時間をかけて、ひたすら焼き続ける。
客とスタッフの鼻が一斉に動いた。なんとも旨そうないーい匂いが漂ってる。
ジュゥゥ……。滴った脂が炭の上で弾ける音も聞こえる。
野郎共の目は釘付けだ。今日ばかりはアンナのおっぱいも目に入ってない。
冒険者たちはじりじり焦れていた。
「……おい、まだか?」
「まだまだ!」
片面が焼けた。俺はでっかいトングの二刀流で肉をひっくり返した。
「おい、まだか?」
「もう少し待て」
俺は客を待たせた。フフ、待たせれば待たせるほど期待感が高まって売れ行きも良くなるという寸法よ。
「おい! はーやーくー!」
「……よし!」
ようやく火が通った。トングでまな板にドカッと移す。そのまま押さえながら切り離していく。
「さあ焼きたてだ! 早い者勝ちだぞ!」
「はーい! 私食べる!」
人の半分の働きで料理を運んでいたレアが真っ先に反応した。
「お前が一番乗りで手を挙げてんじゃねえよ!」
まあ食わせてやったけどさ。
「うまうま」
レアはニコニコ笑顔で食べた。固唾を飲んで様子を見守っていた冒険者たちがスペアリブ目掛けて殺到した。
「お、俺にもよこせ──ッ!」
スペアリブの丸焼きはバカみたいに売れた。
ククク、客は料理を食ってるんじゃない……演出を食ってるんだ! 是非うちの名物料理として売って行こう。
俺の『冒険者野郎トントン亭』はあっという間に大人気になった。いやもう連日大盛況だ。正直メチャクチャ儲かってるんだが、なんかもう金とかどうでもよくなっていた。
とにかく繁盛してるのが楽しい! スタッフたちも毎日てんてこ舞いだけど楽しそうだ。
……この状況でよく楽しめるな、とも思うんだけど。
アンナが料理を運んでいたら冒険者の手が伸びてきて、その尻をペロンと撫でた。
冒険者はウェイトレスの尻を触る。当然の権利のように触る。ここは昭和の場末のスナックか? さすが未開の異世界、コンプラとかないみたいだ。
「もう」
アンナはペシンとその手を叩いて、そのまま手のひらを突き出した。冒険者はそこにコインを乗せた。
いやあの、うちそういう店じゃないんだが……。
もっとも冒険者はどこの酒場でもこういうことをしている。チップみたいなもんだ。特にアンナは人気で荒稼ぎしていた。
この世界じゃ当たり前だからみんな怒ってはなかったけど、なんか申し訳なくて俺はホールスタッフの給料を上げた。
ところで、この町にもヤクザみたいなのがいて飲食店からみかじめ料を取っている。ところがうちはお客がヤベーやつばかりなのでヤクザも来ない。
いや、一度来たんだけどね?
「おうおう! 誰に断って店を──」
「何ィ!」
店中の、俺じゃなくて客の冒険者たちの視線が集中して、意気込んでやってきたヤクザは一瞬で委縮した。
「おやりになっていらっしゃるのでしょうか……」
「何だァテメェ!」
「こっち来い!」
二人組のヤクザは冒険者に引っ張り込まれて取り囲まれてしまった。
ヤクザが小さく見えた。いや実際に、体格がね……。
マックとかモスとか、前衛担当の冒険者ってガタイのいいプロレスラーみたいなんだよ。大きな一般人って言うんじゃなくてプロレスラーの中でもデカいやつ。
それが片方はモヒカンカットだしもう一人はスキンヘッドで顔中に刺青が入ってる世紀末ファッションだ。このヤクザだって一般人と比べたら強面なんだろうけど、こいつらに挟まれてると引っ込み思案の文学少女に見える。
マックは食いかけの肉をナイフに刺してヤクザの前に突き出した。
「おう、お近づきの印だ。まずはこれ食ってもらおうか」
「いや、あの……」
「なにぃ? テメェ、俺の肉が食えねえってのか!」
などと肉を食べることを強要している。酒入ってんな……。ヤクザは仕方なく食べようとした。
あ、マズイ。さすがに止めないと。俺はキッチンから走った。
「ダメダメ、パーティー組んでない人が食べたら死にますよ!」
ヤクザは肉を口に入れる寸前でピタッと止まった。かわいそうに、震えてるよ。
「何だァ、テメェ!」
「食えねえってならエンコ置いてけ!」
「まあまあ、許してやってくださいよ。──ほら、今のうちに逃げて。もう来ちゃダメだよ」
「すまん、恩に着る」
ヤクザはよろけつつ逃げ帰った。
そんなこんなで三か月が経った。
あまりに客が多くてヒイヒイ言ってたんだが、半月目からロッテとか料理のできる女性冒険者たちがキッチンに入ってくれるようになって、何とか回っている。
「ゼッテの餌代が馬鹿にならなくて……。ここはちょうどいいバイト先」
冒険者の中でも宿なしの貧乏人の中には周りの空き地に勝手にテントを張って住み着くのまで現れた。食って飲んですぐ眠れるのがいいということだ。おかげで泥棒の類も近寄らない。
意外なことに冒険者以外からも感謝された。
冒険者は店に来なくなるし畑を荒らすハーフニルは退治されるし、いいことづくめだから。
冒険者というのは客筋としては最低最悪だ。ご覧の通り、あいつらヤクザよりたち悪いんだもん。まともな店は冒険者が来なくなってほっとしているようだ。
「あんたのとこの店ができてから、うちは客層が良くなって売り上げが上がったよ!」
「うちもだ。ありがとな」
市場に買い出しに行ったらそのまともな店の人に礼を言われた。安かろう悪かろうでやってたいくつかの店は困ってるみたいだけど、そこはまあ市場原理ってことで。
全体的にいい感じで回っている。よし、この調子で頑張るぞ!
居酒屋王に、俺はなる!




