毒イノシシのバラ肉の立方体ステーキ
冒険者に冒険者ギルドがあるように、商売人には商人系のギルドがある。
たくさんある。
「ええ、業種ごとにいろいろなギルドがあるのですよ。例えば問屋でも穀物ギルド、織物ギルドというように扱う商品によって分かれております。小売もまた細分化されておりまして、お客様のご要望ですと飲食業ギルドになりますね」
商人ギルドに登録しないと商売ができない、と聞いていたので商業者ギルドというのに行ってみたんだが、ここはそういう各種ギルドの取りまとめをしているだけなのだと受付の女性が教えてくれた。知らなかった、そんなの……。
受付は飲食業ギルドの場所を丁寧に教えてくれたので、俺は礼を言ってそちらへ向かった。
飲食業ギルドで俺はとりあえず事業者登録だけ済ませた。後は実際の店舗と商号が決まったら登録して、それでようやく営業できる。
「それで、なんのお店をするの?」
「そりゃもちろんメシ屋だよ。冒険者相手に毒料理を出す店だ」
これまでの反応を見た感じ、冒険者たちには元の世界のB級グルメが十分に通じる。さらに毒の食材を使った毒料理の店は俺しかできないし、俺の毒料理を食えるのはパーティーを組める冒険者しかいない。
競合相手のいないブルーオーシャンだ。絶対にやっていけるはずだ。
でもレアは懐疑的だった。
「お店なんてできるの?」
「まあ任せとけ。昔取った杵柄ってやつだ。店長やってたんだぞ」
最初の就職に失敗した俺はチェーンの居酒屋でバイトして、そのまま正社員になった。まあ激務で心身のバランスを崩して辞めちまったんだが。
あの時の反省を生かして今度は上手くやるつもりだ。
俺は不動産屋に行って物件を見て回った。
飲食店の成否は半分立地で決まる。味は二の次三の次だ。ここのところを間違えた店は一年もたずに潰れる。
だがあれだ、立地って言っても業種によっていい立地は違うからな。ターゲットがファミリー層の飲食店ならロードサイドがいいだろうし一見さんお断りの高級店なら奥まったところの方が雰囲気が出るだろう。
そこへ来て俺が出そうとしている店のターゲットは冒険者オンリーだ。普通の店とは条件が違う。むしろ一般人に来てもらっても困る。
場所は表通りに面していなくてもいい。というか一番の条件は大騒ぎしても苦情が出ないところだ。何度か一緒に飲んだがあいつら大声で歌うしがなり立てるからな。二番目は家賃の安さだな。
飲食店だと言ったら不動産屋も最初は通りからよく目立つところばかり勧めてきたんだが、当然ながらそういうところには条件の合う物件がなかった。
物件をはしごして、困り果てた不動産屋が最後に案内したのは裏通りの空き家だった。俺が住んでる貧乏アパートのほど近くだ。
表通りから三本も路地を入った奥に急に荒れ地が開けている。町が外側に向けて発展していくにつれて取り残された一角で、周りの建物は壊されてここだけ残った一軒家だ。
こりゃ最高だな。ここならどんな大声を出しても大丈夫だしある意味目立つ。おまけに家賃がびっくりするほど安い。
「いいね、ここに決めた!」
「本当にこちらでよろしいのですか? 正直お勧めいたしませんが」
「大変気に入りました」
「はあ……」
不動産屋は「こりゃ早晩潰れるな、ド素人め」という目で俺を見ていた。
さっそく改装工事が始まった。
ホールは全面床を張り替えてテーブルも入れ替え、壁も塗り直すことになった。
業者を呼んでキッチンを掃除した。厨房器具の大半は新しいのに入れ替えたが据付のかまどとオーブンはそのままだ。オーブンがあるのは嬉しいね、料理の幅が広がる。
上下水道の使用も申請した。上水道って言っても川の上流から引いてきただけの水だし、下水道って言っても浄化施設とかなくて川の下流に垂れ流しだけど。この世界の文明度ではその辺りが限界のようだ。
冷蔵庫はレアのストレージを頼ることにした。
ここはどうやら宿屋も兼ねていた店のようで二階には部屋がある。なんと風呂までついている! この世界には珍しいことだ。まあ湯を沸かすのが面倒なんで(だって薪ボイラーなんだもん)、これまで通り公衆浴場に通うことになりそうだ。
俺は南向きの角部屋を自分の部屋にした。今のアパートは引き払ってこちらに引っ越そう。シロも犬小屋を卒業して同じ部屋で寝泊まりすることになった。
元客室を見て回っていたレアは北側の角部屋の窓を開けた。町の家々の屋根瓦の波のはるか彼方にボルカナ山の富士山みたいな威容が見えた。
「私この部屋にする」
「え、住むの?」
「何か文句ある?」
「いや、お前がいいなら別に……」
レアは勝手に部屋を決めて住み着いた。三十三歳にしてようやく実家を出る気になったようだ。成長したな……。
「うぎゃあああああっ!」
ところが引っ越したその日のうちに汚い悲鳴が上がった。
「どうした?」
「トイレ! トイレが汚いっ!」
「この世界ではこれが普通だけど」
「もうやだぁ……おうち帰る!」
レアはポータルの魔術を発動させて飛んで行ってしまった。
「ただいまー」
と思ったらすぐに帰ってきた。そして勝手に大工を呼んで勝手に改築を始めた。借家なのに……。
綺麗になったトイレを見せてレアは得意げだった。
「どう? 綺麗になったでしょ」
「客が冒険者だからどうせすぐに汚すぞ」
「住人用とお客用は分けよう!」
というわけで一階のトイレは客用、二階のトイレは住人用ということにした。客が登ってこないように階段に扉をつけた。
そしてその夜……
「おフロも汚いいいっ! おうち帰るぅぅっ!」
翌朝帰ってきたレアはまたも勝手に大工を呼んだ。今度は風呂の改築だ。
レアは金の使い方を知らなくてあればあるだけ使う。レアはまあそういう性格なんだろうけど、どうもエルフの社会には経済観念が、というか経済という概念自体がないみたいだ。
「せっかく直したんだから綺麗に使ってよね!」
プリプリしながらそんなことを言うので、俺は顎を撫でながら提案してみた。
「レアは清潔さにこだわりがあるようだな」
「当たり前でしょ!」
「それじゃ綺麗好きのレアさんに掃除をお願いしようかな」
「えっ、私が掃除するの⁉」
「俺がやっても多分レアの基準は満たせないぞ。なあ頼むよ、そういうスキルとかないの?」
「え……あるけど。【浄炎】っていう精霊術。皮脂とかの汚れ成分とか、カビとか細菌とかを選択的に焼き尽くすの」
「え、なにそれすごい」
「すごいでしょ。有機物は全部飛んでっちゃうから、私が管理したらここのトイレはいつも綺麗だよ!」
「さすが! よっ、異世界一!」
「そう?」
「世が世なら女王様!」
「かもね」
レアはふんぞり返った。
いい気分にさせておいたらずっとやってくれるかもしれないしおだてとこう。
ところで水を汲むのも浄化するのも湯を沸かすのもレアの精霊術なら一発ということで、毎日風呂に入れることになった。やったぜ。
建物の体裁が整ったので今度は中身だ。関係各所にあいさつ回りして、同時に仕入れ先も開拓しないと。
まず食器類なんだが俺は金物屋の爺さんを頼った。冒険者を相手にするつもりなので壊れやすいガラスはやめたい。相談したらコップから皿まで全部用意してくれるというのでお願いした。
それで流れで酒の話をしたらドワーフの酒屋を紹介してくれた。ドワーフというのはものすごい酒好きなんだそうだ。
塩とか野菜とか燃料とか、肉以外のものの仕入れ先は飲食業ギルドが近所の店を紹介してくれた。定期的に御用聞きがやって来て掛け売りで配達してくれるということだった。
それからスタッフを募集した。ハローワークでもないんだが、冒険者ギルドの依頼の掲示版のように求人の掲示板があって、俺もそこに募集要項を貼らせてもらった。
内容としてはウェイトレス、掃除・皿洗い、調理師だ。要するに全部だ。
「すいませーん、募集見てきたんですけどー」
「うん、採用!」
最初にやってきたアンナという子を俺は即採用した。若くておっぱいが大きかったから。冒険者はこういうのが好きに違いない。
給料を相場より少し高めに設定しておいたおかげかウェイトレスはどんどん集まった。皿洗いと掃除もこの子たちにやってもらおう。
この世界のウェイトレスは私服でやってるところが多いけど、うちは制服を採用した。せっかくだから胸を強調するデザインにしよう。神戸屋とか何とかみたいなやつだ。
絵を描いて説明したらバイトの子たちは自分で縫った。この世界の女性は裁縫に慣れている。
ただ、調理師が来ない。条件が『【毒耐性】か【毒無効】スキル持ち』だからな……。ちょっと厳しいかもしれん。
ところで、悠久の時を生きるエルフは何もしないでぼーっとしている時間が長い。俺がスタッフの面接をしている間、レアはアホ面で虚空の彼方を見つめていた。
俺はレアを勧誘した。
「暇なら働いてけよ」
「やだ」
「……。ちょっと聞いてみるけどさ、お前仕事は何してたの?」
「特に?」
「家事手伝いとかは?」
「別に?」
「……」
こ、この三十三歳独身実家住み職歴なしニートエルフは……。
「いい機会だから働いてみろよ。やってみたら楽しいぞ?」
「えー。絶対嘘だし」
「嘘じゃないって」
「じゃあ聞いてみるけど、何するの?」
「毒平気なんだから調理手伝ってくれよ。俺一人だとキツイ」
「えー、私は食べるの専門だしー。自分で料理するのヤだ」
「キッチンが嫌となるとホールか。でもなあ……。レアに接客ができるかなあ?」
「ん? 今なんて言った?」
実際不安だったのでそう言ったらレアは突っかかってきた。
「いや、レアにさ? 接客はちょーっと難しいかなー、って」
「できるし!」
「今何て言った?」
「接客くらいできるって言ったの!」
「そうか。こりゃあどうしてもうちでウェイトレスをやってもらおう」
「えっ、人間相手に接客を?」
「お前今できるって言ったじゃないか」
「ぐぬぬ……」
「まあ頼むよ。レアは可愛いからすぐに人気になっちゃうよ」
「え? そうかなあ……そうだよね!」
気を良くしたレアは実家に帰って母親に制服を縫ってもらった。この幼稚園児エルフめ……。こいつだけチャイルドスモックにしてやれば良かった。
そういえば、引っ越してきてからのレアはスカートを履くようになった。制服だけじゃなくて普段から。
レアはスカートをつまんでクルッと回った。
「どう?」
「可愛い、可愛い。どしたの、それ。珍しいじゃん」
「エルフ的にはこれルームウェアなんだよね。でもこっち来たらみんな外でも履いてるからビックリしちゃった」
「お前も着てるように見えるけど」
「だってこっちの方が楽だし。外で履いててもいいならスカートの方がいい」
エルフの集落って森の奥にあるもんな。多分森の中を歩いているときにスカートだと引っかかっちまうからエルフはパンツルックなんだろうな。
調理師は結局来なかった。当面は俺一人でやるしかなさそうだ。
仕方ない、料理を試作してみるか。新しい厨房の試運転を兼ねて。
この店は毒イノシシことハーフニルの料理をメインにするつもりだ。あれが一番安定して仕入れられそうだ。
コカトリスも検討したんだが、あれ親鶏になると全然駄目なんだよ。試しに食ってみたら肉が硬くて臭くてまずかった。今までのは若鶏だったから食えたんだな。でも小さいのだと量が賄えるかわからない。その点ハーフニルはでっかいからな。
ハーフニルの調達については冒険者ギルドに依頼を出した。最悪レアに何とかしてもらおう。
今日作るのはバラ肉の料理だ。昔一度だけ似たようなのを食ったことがある。あれを思い出しながら作ってみよう。
まずは巨大なバラ肉のブロックから分厚い脂身が層になった肉の塊を切り出す。一辺十センチの立方体、重さは一キロもある。肉の表面にたっぷり塩をすり込んでしばらく置く。
深い鍋の底に薄く油を敷いて肉とニンニクを入れる。最初は脂身の面を下にする。蓋をして、弱火でひたすらじっくり焼く。この面は二十分は焼く。
肉をひっくり返すために鍋を開けた……ふわっ、といい匂いが立ち昇った。全然嫌な臭いがしないな、むしろ香ばしい。コカトリスと違って植物性の餌ばかり食べているのだろう。
うっは、鍋の中が脂でジャブジャブだ! この香りと脂に合うのはローズマリーだな。途中だけど追加で投入した。
肉をひっくり返しつつ各面を十分ずつ焼く。肉から出た脂で揚げるくらいのつもりで焼く。六面全部焼けたらそれからまた五分ずつ焼く。二十+十×五+五×六で調理時間は百分だ。
このくらい焼けばいいだろう。俺は肉を皿に盛った。
──うん、これは映える! 焼いたらちょっと縮んだけど、それでも見た目のインパクトがすごい。縦横高さが一緒だもんな。ステーキの概念を覆す圧倒的存在感だ。
今回は肉を三つ焼いた。一つはハーフニル、二つは普通のブタ肉だ。別鍋の二つはスタッフに分けて試食してもらうことにして、ハーフニルで作ったやつを俺はレアの前に置いた。
「よし、できた! 『ハーフニルの縦だか横だかわからんステーキ』だ! 人類の欲望が今ここに実体化! さあ食ってくれ」
「ちょっと待った!」
「どうした?」
「これ半分脂身じゃない! こんなの食べても大丈夫なの⁉」
「散々毒食ってきたのに今さらこんなのに怖じ気づくなよ。まあ騙されたと思って食ってみろって。飛ぶぜ」
「それじゃあ……」
ためらいつつもレアがナイフを入れると先がスルッと潜り込んで皿にカツンと当たった。
レアは目を丸くした。
「え、なにこれ……すごい柔らかさ」
「だろ? ブタ肉はアホほど火を通したらアホほど柔らかくなるんだ」
「それじゃ……」
レアはまだためらいつつ脂身を口に運んで、またまた目をまんまるに見開いた。
「ほ、ほいひいっ……。脂が溶ける、溶けるんだけど!」
「だろ? こういうのは脂身たっぷりの部位をしっかり焼いたのが旨いんだ。ラードはすっかり溶け出しちまって、残ってるのは繊維質のところだから見た目ほど脂っこくもないはずだ」
「またこの焦げたところの風味がたまらないし! おこげの奥から漂ってくるこの香りは……ローストしたナッツ? 炙ったヤマイモ? それとも焼きバナナ? 森の中で好きなものだけ食べて育ったわがままハーフニルの、その脂身の魅力を完璧に引き出してる……」
「だろ?」
レアはこの脂まみれの料理をバクバク食った。この細い体で半分も食った(残りはしょうがないから俺が食った)。
「わー、脂身っておいしいのね。お肉もホロホロ……」
「これ絶対胃が死ぬよね⁉」
「でも食べちゃう! 止まらなーい」
「若いから大丈夫よ」
「血が回り過ぎて頭がどうにかなっちゃいそう……」
「老人が食べたら死ぬかも」
「若いから平気よ」
他のスタッフたちにも試食してもらったが概ね好評だった。看板メニューが一つできたな。
そして今日。ついにメニューじゃなくて店の看板ができあがってきた。
「オーライ! オーライ!」
大工たちが正面の上に看板を掛けた。これでようやく開店準備完了だ。
「見ろレア、これが俺の店だ! 名付けて『冒険者野郎トントン亭』だ!」
「ネーミングセンスを人生のどこかに落としてきたの?」
「何言ってんだ。まずターゲットは冒険者であると明確にしてるだろ? それにブタ肉料理の店だってわかりやすいだろ? いい名前じゃないか」
「そうかなぁ⁉」




