ヒュドラの炙り焼きと唐揚げ
「おお、来たか。できとるぞ」
肉切り包丁と三徳包丁を研ぎに出そうと金物屋に足を向けたら、爺さんは俺の顔を見るなり後ろに引っ込んで槍を持ってきた。
「え、もうできてたの? 早いな」
槍を受け取って確かめてみた。
まず穂先だが、断面が押し潰したような三角形をしてた。素槍ってやつだ。その山型に膨れた穂の根元のところに穴が開いていてネジで塞ぐようになっている。
「中が中空になっとってな、その穴から毒を入れられるようになっとる。こいつで補充するといい」
爺さんはドライバーとスポイトをくれた。
「刃のところまで細い溝が切ってある。毛細管現象で吸い上げられるようになっとるから、当たれば毒が入るぞ」
「万年筆式か」
平らな腹側の刃に細い、とても細い溝がたくさん刻まれていた。先端だけじゃなくて左右の刃一面に。
ただ、その刃の部分は毒針と比べるとずいぶんと短い。いいとこ十五センチくらいか? 全長も刃を含めても二メートルもない。
「短いな」
「お前は力がなさそうだから軽くしといてやったわい。それにお前の主戦場は森だろう。あまり長いものは使えんぞ」
「なるほど! サンキュー」
包丁を渡した俺は槍を担いでホクホクしながら店を出た。
槍と言えばあいつだよな。
「おはよう、ネス!」
「おう、おはよう。いつもどうも」
ギルドに行ったらネスたちはちょうど依頼の掲示を見ているところだった。金がないって言ってたもんな。
ネスは二十代前半くらいの若い冒険者だ。背は高いんだけどマックたちほどガッシリした肉付きじゃない。その代わりのように手足が長くていかにも長い得物を振り回すのが得意そうだ。
「ちょっとこれ見てくれよ、俺の新しい武器!」
「ほー、手槍か」
俺から槍を受け取ったネスは上から下まで子細に眺めて、刃に刻まれた溝を見て妙な顔をした。
「これは何だ?」
「そこから毒が出るんだよ」
「なるほど。お前にはうってつけだな。で、何の用だ? これを見せたかったのか?」
返された槍を持ち上げて俺は答えた。
「ほら、この前ロック鳥とやったときに毒が効いたじゃないか。それであれを参考にしてこれ作ってもらったんだけど、俺槍の使い方知らないんだよ。それで教えてもらえないかなーって思って」
「そういうことか。と言われても、俺にも仕事があるからな」
「時間が空いた時でいいからさ」
「うーん……」
ネスは顎を撫でつつ視線を斜め上に向けてしばらく考え込んでいた。
「……早朝の出発前でいいか?」
「お。教えてくれるのか?」
「泊りがけのときは無理だが」
「もちろんだ」
「それじゃ、授業料の方だが……俺におごれよ」
というわけでネスに槍を教えてもらうことになった。
お礼におごる約束だが、もちろん俺におごれってのは店で飲ませろって意味じゃない。魔物食を食わせろって意味だ。
お安い御用だ、レアのストレージにはユニコーンの肉もハーフニルの肉も売るほど入っている。コカトリスやアルミラージだってまだ食べきってない。
せっかくだから毎日肉でもてなしてやった。
「今日はユニコーンのステーキだ!」
「ヒャッホー! 朝からアガるぜ!」
「コカトリスのモモ肉の山賊焼き!」
「うんめええっ!」
「アルミラージのソテー、マスタードソースを添えて!」
「お前、天才か?」
「ハーフニルの肩ロースをビールで煮込んでみたぞ!」
「タイチ、真剣に言うけど冒険者なんか辞めて店やれよ、マジで。絶対毎日通うぜ」
という感じで俺はしばらく槍の稽古に没頭した。
「レア、森に行こう、森に!」
「いいけど。どしたの、急に」
「いや、せっかく槍を覚えたから」
「生兵法は怪我の基だよ」
「そんときは助けてくれよ。頼りにしてるからさ」
「! 珍しーい。いいよいいよ、私に任せなさーい!」
「そうこなくっちゃ」
俺はレアを冒険に誘った。
いやほら、俺って【健康】スキルとかついてるじゃないか。
元の世界じゃ不健康な生活してたし、こっちに来てからも最初の方は栄養不足だった。おかげでずっと健康不良だったんだが……。
それがここのところ毎日運動して、ネスと一緒に朝からイノシシだのユニコーンだのを食ってたら精がついちゃって……何というかこう、十歳も若返った気分なんだ。
でもレアがいるのに夜の店ってのもな……。バレたらもう顔を合わせてくれなくなるかもしれない。こんなのでも嫌われたらへこむ。
そこで運動で発散しようと思い立ったのだ。
「よし、じゃあ行くぞ!」
森に入るなり俺は槍のカバーを外して素振りしてみた。といっても、やってみたらすぐわかったが木の幹や枝が邪魔で切ったり薙いだりができなかった。基本突くしかない。爺さんが槍を短くしてくれたのはいい配慮だった。
俺は槍を短く持って腋に柄を挟んでビクビクしながら歩いた。気分はベトナムのジャングルをさ迷う志願兵だ。後ろで振れる槍の柄にレアは迷惑そうな顔をしていた。
「ねえ、それ邪魔なんだけど。横にしないで立てて持ってよ」
「だってこの森怖いし……。いきなりコカトリスとか出てくるじゃないか」
「私が聞いてるから大丈夫だってば。シロもいるし。ねー、シロはモンスターがわかるよねー」
「ワン!」
「そ、そうか」
俺は構えを解いた。索敵はプロに任せよう。
「──お、こりゃなんだ?」
やることがないのでちょくちょく【毒鑑定】スキルを使いながら歩いてたんだが、変なものを見つけた。ちっちゃな粒々がトウモロコシみたいな形でひっついた三センチほどの木の実だ。
そいつはスキルの中で赤紫色に光っていた。毒にも薬にもなるやつだ。
「どれどれ……」
試しに一粒齧ってみたら、口の中いっぱいにコショウのフレーバーが広がった。こ、これは使えるぞ! おまけに【アレルギー無効】なんてスキルも手に入った。ラッキー。
俺はこいつに毒コショウと名付けて、実を少しだけ残して九割方取っていった。
ときどきモンスターと戦いつつ俺たちは森の奥へ踏み込んだ。マンティコアにハーフニル、アルラウネ、トレント──まあ全部レアが瞬殺しちゃったんだが。俺もサポートしてもらってコカトリスの小さいのを一つ仕留めた。
とりあえず食材は豊富に集まった。
「よし、今日はここをキャンプ地とする!」
「あっそう。頑張ってねー」
泊りがけで行けるとこまで行くぞ! ……と意気込んでたんだが、レアはメシだけ食ってさっさと帰ってしまった。野営用にモンスターが接近したら粉みじんになる強力な精霊術をセットしといてくれたけど。
空を飛べるのっていいよな。
道中二泊、俺たちは森のかなり奥のところまで進んでいた。なかなかハードな道のりだった。いい感じでやつれてきたぞ。
「お。ここは……」
水場に出た。といっても水は淀んで飲めそうにない。葉っぱの腐った臭いとか、乾いた泥のこびりついた草とか、半分沼に沈んだ倒木とか……風景に見覚えがある。たき火の跡も残ってるし。
ここはあの沢ガニを取った沼だ。
「うわー、懐かしいな。ここでカニ獲って食ったんだよ」
「あ、おいしそう」
「それが臭くってさァ。死んだ魚の臭いを凝縮した感じで」
「やめよう!」
その時、沼の水面が静かに波打った。
「ん……?」
水面が数か所に渡って膨れ上がり、波は輪となって大きく広がって行った。波紋を追いかけるように黒い影がヌッ、ヌッ、ヌッと突き出した。
それは巨大なヘビの頭だった。太くて長い首が高く鎌首をもたげて、しかし根元で一つにつながっている。
デ、デッケえええ! 見上げるほど高い上に、それが九本もある! 全体が真っ黒なウロコで覆われていて目は赤、口からシュウシュウと息と共に舌を出したり引っ込めたりしている。
「あ、ヒュドラだ。すごい猛毒持ってるんだよね。私たちには意味ないけど」
レアがのんきに教えてくれた。
「でもあの太さだと普通に食われるよな?」
「こっちが食べるんでしょっ!」
言い終える前に翼を出したレアは超高速ですっ飛んで行った。霞むほどの速さだ。そしてすれ違ったかと思ったら血しぶきが飛んで首が胴体から離れていた。
レアは手刀で切った。切り落とした首は即ストレージに放り込んでいる。
「──駄目だ、レア、再生してる!」
いつかのメデューサドレイクと同じだ。傷口からモリモリッと肉が盛り上がってあっという間に元に戻ってしまった。
「つまり食べ放題ってこと!」
レアは次から次へとヒュドラの首を切った。ヒュドラは再生するだけで何もできていない。なんだかなー。いじめかな?
三十本くらい切り落としただろうか。根負けしたのかヒュドラは沼に帰って行った。
「これ、どうやって食べる?」
レアは首を一本だけしまわずに手にぶら下げていた。うわ、まだウネウネ動いてるよ。すごい生命力だ。
「これ牙に猛毒があるんだよね」
「どれどれ」
スキルで覗いてみたら牙の付け根のところに激しい反応があった。毒腺かな? 後で槍用に取らせてもらおう。
ちなみに毒腺以外の肉の部分も当然のように毒があった。
さて、肉にしてみるか。
俺はまず頭を切り落とした。切り落としてもまだ動いてたので枝を噛ませておいた。
それからレアに精霊術で血を抜いてもらう。皮にピーッと切れ目を入れて、力づくで引き剥がす。次は背骨のところから三枚におろした。ところが大きさの割に肋骨が案外細い。残しといても食べにくそうだし外そうとしたんだが……これがなかなか難しい。かなり手間取ったけど、包丁を当ててゴリゴリッと削ぎ取った。
ヒュドラの肉は薄っすらピンクがかった白身の肉だった。すごいな、脂っけがまったくない。フグみたいな肉質かな?
「となると刺身……は食べる気がしないから、焼くか、鍋か、唐揚げか……」
「唐揚げ! 知らない料理だけど、揚げ物? 鍋も油も持ってきたよ」
レアがストレージから鍋と台座を出して手際よく組み立てるのを俺は感心しながら眺めていた。この食いしん坊エルフめ。
「準備いいなあ」
「だってこれが楽しみで冒険者やってるんだし」
「よし、じゃあやってみるか!」
肉の半分は塩を振って炙り焼きに、もう半分は唐揚げにしよう。
まず肉をいい感じの大きさに切り分ける。ウナギの蒲焼きの切り身くらいの大きさだ。これにササッと塩を振って寝かせておいて、その間に油を温める。
毒コショウをゴリゴリッとすり鉢ですって小麦粉と混ぜる。肉の半分にこの粉をまぶして一気に揚げていく。
残りの半分は串を打ってたき火で炙った。
今日は内臓がないのでシロには生肉を食わせてやって、俺たちも実食だ!
「では、まずは焼いたのからいただきます! ……うお、すっごい歯ごたえ。弾力あるな。何だろこれ、他の肉とは全然違うな。ちょっとたとえようがないぞ? ゴムじゃないし……いや、嫌じゃないぞこれ。噛んでる間ずっと旨い。いい感じだ。うん、旨い」
「タンパク質の塊だー! 旨味つよーい。それに骨の周りから引き剥がしたところの肉が、焼いたらパリパリして……焦げ目がた、たまらないんだけど!」
噛んでてすごく旨い。レアの言う通り、特に焦げ目のところは味わいがたまらん。フグのみりん干しを甘くなくして、もっと純粋にした感じだ。シロも延々と肉をしがんでいた。飲み込むのが惜しいみたいだ。
食べてる途中で冷めてきたんで指でつまんで食ってたんだが、その指先を見て俺はあることに気がついた。
「……あ、すげえ!」
「どしたの?」
「素手で触って食ったのに指に全然脂がついてない」
「あ、ほんとだ! うわ、初めての体験かも」
「唐揚げも行ってみるか。……うん、こっちも旨い。揚げ物だけどビールよか日本酒が欲しくなる味だ」
「わー、揚げても身がプリプリしてる! プリプリというかコリコリというか……なんだろこれ、こんなの食べたの初めて」
「この噛みごたえの良さはたまらんな。俺は焼いた方が好きだけど、本当に好みだけの差だな」
「私も焼いた方が好きー! もう一枚食べよ」
……あー、食っちまった。まさかヘビで腹いっぱいになる日が来るとは思ってもみなかった。異世界も来てみるもんだな。
俺たちは森の下にシートを敷いてゴロゴロ横になった。
「はー、今日も食べちゃった……」
「味もなかなかいいんだが、この『体験』したって感じは過去一かもしれん」
「確かに! 食べた感じとかなんとか、いろいろ未知の感覚だった」
しかしいかんな……。これすっごい栄養あるわ。なんか体がほてってる。
体力を発散しに来たのにますます元気が出てしまうじゃないか。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ようやく落ち着いてきた。俺はヒュドラの骨を埋めようと沼のほとりを掘った。
……ん? なんだ? 泥の下から何か出てきた。いびつなジャガイモみたいな塊だ。大小二つあった。
手に持ってもそんなに重くはない。石じゃないみたいだ。
「なんだろな、これ」
指で輪を作って見てみたらぼうっと青紫に光って見えた。薬になるのか。
洗ったら綺麗な琥珀色になった。いや、琥珀にしては飴色が強いかな? 擦ったらほのかに鼻をくすぐる匂いが立ち昇った。
「何だこりゃ」
「さあ。お父さんに聞いてみよ」
俺はレアに抱えられて飛んだ。シロは後ろを走ってついてきた。ここからレアの村まで空路ならすぐだ。
「『アンバーレジン』だな」
いつかの客間で、光に透かすように眺めながらレアの父親はそう結論を下した。
「なにそれ」
「香木の樹液が水中などの湿度の高い環境で長い時間を掛けて熟成したものだ。『揺魂香』という香の原料になる」
「なんすか、それ」
「まさに魂を揺さぶるような馥郁たる香りがするのだ」
「へー。やってみよ」
「子供が使うものではない」
「ブー。お父さんのバカー!」
口をとんがらせたレアは走って出て行ってしまった。レアの後ろ姿を見送って、父親は無言で手招きしてきた。
「なんすか?」
顔を近づけるとこっそり耳打ちされた。
「揺魂香というのはな、我らにはただの香料だが、人間には媚薬として作用するのだ」
「えっ⁉」
「人間の間では高値で取引されているとのことだ。売ってみてはどうかな」
俺はアンバーレジンをギルドに持ち込んだ。
「すんませーん、これ引き取ってもらえますかー? なんかアンバーレジンって言ってお香の原料になるらしいんすけど」
「……何だと⁉」
受付カウンターは大騒ぎになった。
ギルドの外から詳しい人が招聘されて鑑定した。ためつすがめつ琥珀色の塊を調べていた鑑定士は顔を上げてほっと息をついた。
「よくこんなものを見つけたな」
「珍しいんすか? これ」
「同じ重さの金に匹敵する価値がある」
「マジでっ⁉」
「原料の段階でな。末端価格はさらに跳ね上がる。これだけの大きさならひと財産になるぞ」
アンバーレジンはオークションに掛けられて馬鹿みたいな値段がついた。手数料を差し引いても拝んだこともないような大金が手元に残った。東京にいた頃より金持ちになっちまったぞ、俺。
俺は冒険者の一団に取り囲まれた。
「おい、どこで見つけたんだ⁉」
「それがずっと奥の方に沼があって、そこに埋まってたんだよ」
「その沼どこだ?」
「ごめん、適当に進んだから道はわからん。でもなんか水場でできるらしいぞ」
「よし、行ってくる!」
冒険者たちはにわかに活気づいて森に潜り込むようになった。ゴールドラッシュならぬ香木ラッシュだ。
俺は金をレアと山分けした。
「ほい、半分お前のな」
「あらどーも。何に使おっかな……。タイチはどうする?」
「うーん、そうだな……」
考えた結果、まずはここに来た当初世話になった神殿に礼金を包んで持って行った。寝床も用意してくれたし、ずいぶんメシも食わせてもらったし。固辞されたけど寄進という形で押し付けた。
それでもまだ結構な金額が残っている。よし、あれをやるか。
「……これだけあればできそうだな」
「何が?」
「店を出すぞ!」




