町のレストランの郷土料理
俺が借りてる部屋はペットを連れ込んだらダメだと言われたので、いつもメシを食っている裏庭の隅っこに小さな小屋を置かせてもらってシロの家にしている。
今日はその小屋の前にたらいを持って行って湯を張った。天気もいいしシロを洗ってやろう。ブラシは毎晩掛けてるんだが、こういう生活をしてると洗うまではなかなかできない。
「コラ、俺がボスだ! 言う事を聞け!」
まあ嫌がるんだけどね。押さえつけてたらしぶしぶといった顔で固まった。
「よし、大人しくしてろよ」
ジャブジャブ洗ってやったら湯がどんどん汚くなっていった。先日山に行ったせいで埃まみれだ。それにしても犬って洗うと呆然とするよな。
拭きあげて、抜け殻になってる隙に歯も磨かせてもらった。口をうにょっと開けて中を見る。……よし、オーケー。
「よーしよし、綺麗になった。今夜はテント張って一緒に寝ような!」
抱き上げて撫で回したらシロはようやく元気を取り戻して、耳元でハッハッと嬉しそうな息を漏らした。可愛いやつめ。
これは自慢だが、実際うちのシロは可愛い。聞き分けはいいし人懐っこい。おすわりもお手も覚えたし、猟犬の真似事もできる。
こうして洗ってやると野生のオオカミだったくせに真っ白で、毛もフワフワしてる。白くて目立つせいで群れから追い出されたのかもしれないけど。
前足を取って見る。爪切りしてみたいんだが、毎日あちこち動き回ってるせいか全然伸びてこない。岩場にも行ったしなぁ。
若干金に余裕ができたので真っ赤な首輪を買ってきた。これで飼い犬だってわかるだろ。
俺は首輪にリードをつけた。
「散歩行こうなー」
やっぱ犬はいいな。
元の世界に戻るのはいいんだが、こいつ連れて帰れないかな?
「ねえ、タイチって私より犬の方を大切にしてない?」
俺がシロを洗うのをじーっと見ていた暇なエルフがそんなことを言った。そりゃそうだろ。
「シロは家族だからな。お前も洗ってやろうか?」
「綺麗に燃やしてあげようか?」
シロ用のブラシを掲げたらレアは火を燃やして手に纏わせた。
ジリジリ牽制し合ってたらシロは俺たちの周りを楽しそうに飛び跳ねて回った。
……ん?
飛び跳ねるのはいいんだが、走り方がなんかおかしい。いやその、怪我してるとかそういうのじゃなくて高さが高いような? ジャンプの高さがっていうんじゃなくて……
「えっ? 浮いてる?」
間違いない。シロは空中を走っていた。
「えっ? なに、これ?」
「んー、これは多分【空中歩行】のスキルを手に入れたんじゃないかな?」
「そんなのあるの? 何故急に」
「さあ……。あ、ロック鳥食べたからじゃない?」
「ああ、こいつだけ内臓食ったからか?」
そうか、食べたもので新しいスキルが手に入ることもあるのか。考えてみたら俺もアンブロシア食って【長寿】スキルとか手に入れたもんな。今となってはどれのせいかわからんけど【寄生虫駆除】なんてのもあるし。ムカデかカニかな?
もっといろんなもの食ってみるか。どうせ毒じゃ死なないしな。
「行くよっ」
翼を生やしたレアはシロのリードを奪って飛び立った。シロはレアの後ろについて空を駆けて行った。俺はぽつんと取り残されてしまった。
お、俺のシロなのに……。
ようやく戻ってきたレアからリードを奪い返して町の中を散歩した。
マンティコア、ロック鳥と大物を続けて討伐して懐に少し余裕ができたんで、今日はダンジョンにアタックするつもりはない。
依頼の報酬だけじゃなくて死体そのものもいい値段がついた。あの羽根に、特に青い方にかなりの需要があるそうだ。茶色い方はズタボロだったけどレアがやった方は綺麗なもんだったし。タマゴも一個は食ったけどもう一個は売り飛ばしたし。
それにメデューサドレイクも高く売れた。革がいい素材になるそうだ。
ユニコーンの角は売らなかった。この先の冒険でもまた石化だのなんだのと厄介な攻撃を受けることがあるだろう。いざという時のお守りに持っておくことにしたそうだ。俺たちは代わりに肉をもらった。結構旨かったしちょっとずつ食べよう。
そういうわけで、しばらくは働かなくても暮らせるくらいの金が手元にある。いい機会だから今まで金がなくてできなかったことをやってみようと思い立ったわけだ。
まずは外食だ。昼食はちょっと奮発してレストランに行ってみることにした。これまではその辺のものを食ってたもんな。毒があって誰も食べないやつを。たまには人間のメシが食いたい。
さて、この町は内輪と外輪の二重構造になっている。
町の外輪は簡素な柵で囲まれている。その中に街並みが続いているんだがこっちは後からできた町だそうで、新しく発展するたびに柵は作り直されて外側へと広がっていく。俺が住んでる貧乏長屋はその中でも古い方だ。再開発から取り残されて裏に空き地が残っていたりする。
内輪にもう一個城壁がある。こっちは石造りの立派なやつだ。この内側が元々の町だったそうだ。まさかの時には外の住民たちもこっちに避難することになっている。モンスター多いからな、ここ。
俺たちは城門をくぐった。
この町の建物は基本的には木造で外側の町の建物は土の塗り壁が多い。でもこっち側の建物の壁はレンガとか切り出した石でできている。
昔風だが俺の目から見るとかえってデザイン性が高い。ドイツ辺りの古い町並みみたいでちょっとした観光気分を味わえる。
レストランもそういうレンガの壁でできていた。
「うーん、雰囲気あるなあ」
「人間はこういうのが好きなの?」
「人間が、というか転移者が、だな。こっちの人にとっては普通なんじゃねーの?」
「ふーん。タイチが住んでたところはこういうのじゃないの?」
「うちのとこはコンクリとかサイディングとかだな」
「なにそれ」
「俺もちゃんと理解できてるわけじゃないんだが──」
俺たちはシロをつないで店に入った。
昼は固定のミニコースしかやってないということだったのでそれを頼んだ。
コースという割には一度に出てきたせいて定食みたいに見えるけど、元の世界の料理と全然違う。これは期待感が高まるね。
「では、いただきまーす」
「まずい」
一口食べるなりレアは正直な感想を口にした。厨房からジロリと視線が向いたのがわかった。
「レア、声を抑えて」
俺はレアの袖を引っ張りながら小声で囁いた。こっちがハラハラするわ。
……正直ここの親父の腕はあまり良くない。俺とどっこいどっこいだ。腕は同程度なんだが、俺の料理は素材が全然違うからな。
ジビエって言ったら普通は期待感ばかりで実際にはそう旨いものでもない。でも中にはカモとかマグロみたいに素材の暴力でぶん殴ってくる食肉もある。マツタケなんかは養殖すらできないし。
俺たちが食ってきたのはそういうものばかりだ。ここの鮮度が悪い野菜とか熟成が足りない赤身とか、逆に時間が経ち過ぎた白身を使ったら誰が作ってもこの程度が関の山だろう。
それ以降は口をつぐんだレアは料理をちょっとずつ残し、まずそうな顔をして店を出た。
「人間の料理って舌に合わないなー」
「お前が普段いいもの食いすぎなんだよ。お母さんに感謝しろよ?」
「タイチの料理は面白くって好きだけど」
「そりゃどうも」
「キノコ採ってくるからまた天ぷら作ってー」
「お前本当にキノコ好きだよな」
「エルフはみんな好きだよ」
レアは本当にキノコ狩りに行ってしまった。
時間が出来たので俺はドワーフの金物屋に顔を出した。ナイフと包丁を研ぎに出したいし相談したいこともある。
「ちわーっす。爺さんいる?」
この町にはドワーフの店がいくつもある。冒険者のほとんどはその中でも武器専門店しか行かないけど、俺はこの店ををひいきにしてる。ここの爺さんは年食ってるだけあって経験豊富で難しい注文でも聞いてくれるという話だったし、武器だけじゃなくて日用品も扱っているからだ。
鍋もフライパンもここで買った。この店のフライパンは爺さんの謎技術でステンレスにフッ素コーティングされてるんだぜ。すごいだろ。
「誰じゃい。……なんじゃ、タイチか」
薄暗い店の奥から年寄りのドワーフが出てきた。ドワーフというのは人間よりずっと長生きだそうで実際の年齢はわからないが、髪にかなり白いものが混じっている。顔中皺だらけなのは若いうちからそうなのでまったく参考にならないけど。
「いつもどうも。また包丁砥いでもらえるかな。自分でやるとどうもヘタクソで」
と言いながら包丁とナイフを渡すと爺さんは感心しないものを見る目で眺めた。
「人間は不器用じゃからのう」
「それと、ちょっと相談したいことがあって」
「なんじゃい」
「こういう槍作れねえかなあ?」
俺は例の毒針を棒の先に括りつけたものを差し出した。針は折れちゃったけど拾ってきた。
何しろ俺は戦闘能力クソザコなんで、それを補えるような武器が欲しかった。
「これメッチャ使えたんだよ。ほら、中に管が通っててさ、先の穴から毒が出るようになってんの」
「どれ、見せてみろ。……ふむ、これなら何とかなりそうじゃな」
「お! さすが爺さん」
「金はあるのか?」
「安心してくれ、ボーナスが出たんだ」
「よし、では考えてやろう。魔術は必要なさそうじゃな」
「あー、そういえばドワーフって魔術が得意なんだっけか。なあなあ爺さん、魔術を教えてくれよ」
俺の防具は軽い革鎧しかない。だから大物と出会うたびに逃げ惑うことしかできなかった。かと言って重い鎧を着てたら身動きが取れなくなるし。防御力を補うような魔術があったら教えて欲しい。
軽い気持ちで頼んだんだが爺さんは口をへの字にひん曲げた。
「駄目じゃ」
「なんだよ、ケチなこと言わないでくれよ。金なら払うからさ」
「金の問題ではない。魔術というのはな、軽々しく教えられるものではないのだ」
「なんでだよ、害のない魔術ならいいだろ? 俺も自分で一個見つけたぜ」
「なにっ!」
途端に爺さんは血相を変えた。そして太い指で俺の胸倉をつかんで前後に揺すった。やめてくれ、凄い力だ。
「どれじゃ! 何という魔術じゃ⁉」
「爺さん、力が強いって。【魂魄波】ってやつだよ。知ってる?」
俺がそう答えると爺さんはようやく力を抜いて大きく息をついた。
「まあ、それならまだ良いか……」
「なんだよ、急に」
俺が襟元を直しながらそう言うと爺さんは目をそらした。後ろめたそうな感じだ。
「どうした?」
「……。お前はエルフと付き合いがあったの」
「まあ、いつもつるんでるよ」
「ならば隠しても仕方あるまい。祖先の恥を語ることになるが……。そうじゃな……ドワーフの間ではの、道徳が重視される。謙虚、節制、勤勉を旨とする。貪欲、傲慢、怠惰を戒める。精神的豊かさ、家庭的幸福、社会的公正、公共の福祉を追求する。それがドワーフの生き方じゃ」
「そりゃまた清廉潔白な種族だな」
「今はの。かつてわしらの祖先は傲慢で、そして強欲であった。ドワーフはな、この大陸ではなく別の大陸で生まれたのじゃ。中心都市はモーリアと言った──そこでわしらの祖先の文明は繁栄を極めた。大陸中を掘り返して資源を求め、他の大陸にまで進出し、世界の形を変え続けた。それを実現できたのは『魔力回路』の発明のおかげじゃった」
「なにそれ。魔力回路?」
「こういうものじゃ」
爺さんは引き出しから赤い石を出した。
そいつは見た感じまるっきり宝石だった。光を赤く透き通らせて、精緻に施されたカットのおかげで複雑な輝きを放っていた。
「人間は魔石と呼んでおるの」
「へー、綺麗なもんだな。そういうのどこで採ってくるの? ボルカナ山?」
「これはわしが合成したものじゃ。金属とケイ素の結晶でな、結晶構造とカットに秘密がある。それが魔術の身振り手振りや呪文と同じ役割を果たすのじゃ」
「つまり?」
「ここに魔力を流し込むと魔術が発動する。誰でも失敗なく魔術が使えるというわけじゃ」
「へええ! すげえじゃん、それ高いの?」
「ピンキリじゃな。お前が買った火起こしにもついとるぞ」
「ああ、あれそういう仕組みだったんだ」
「左様」
「ドワーフの技術は進んでんなあ」
「進んでおった。その知識も技術も伝えられてはおるがな……今では決められた物しか作ってはいかんことになっとる」
「何でだよ。便利そうなのに」
「かつて起こった悲劇のためじゃ。わしらの祖先は魔力回路を発展させ続けた。新しい魔術が次から次へと開発された。希少元素を得るために山を削り地を穿ち環境を汚染した。深海に潜り宇宙にまで進出し、世界の秘密を知り尽くした気分になっておった。エルフの警告を無視してな。『なあに耳を貸すことはない。連中わしらに嫉妬しとるのよ』、とな。愚かなことよ。……魔術の中にはな、魔術と魔術を重ねたり、あるいは魔術と魔術を続けて使うことで発動する魔術というのがある。連鎖魔術というのじゃが。その時たまたまそれらの魔術がその配置になっておったのじゃろう。人の歩み雲の形星の位置、すべてが奇跡的に噛み合ってしまったのじゃろう──ある魔術が発動してしまった。それが何という魔術であったか推測はできるが、今は名前を調べることすら禁止されておる。現象としては大爆発が起こった。マグネターであったか超新星爆発であったか、それとも他の現象であったかはわからん。ともかくほんの、ほんの一瞬──瞬きする間の十の十乗分の一の時間だけ、おそらくは天体現象と地上を繋げる魔術が発動してしまったのではないかと考えられておる。……それで充分じゃった。その一瞬にも満たない時間でモーリアと国民たちは蒸発した。終局的破滅じゃ。衝撃とその後の地殻変動でわしらの文明は崩壊した。ドワーフは世界中に散らばって今も故郷には帰れず仕舞いじゃ」
爺さんは沈痛な面持ちだった。
うーん、思いもよらず重い話を聞かされてしまった。というか魔術、マジやべーな。
「その程度で済んで良かったとさえ言える。下手をしたらこの星がなくなっておったところじゃった。その反省のために、わしらはお前の言う潔白な生きざまをしておるのじゃよ」
「なるほどなあ。で、エルフが何の関係があったの?」
「ドワーフとエルフとは共に古い種族であるからな。この辺りの事情は連中もよく知っておるのよ。聞けばすぐにわかること故に、な。……ともかく、このような理由から魔術はみだりに教えるものではないということになっておる。それを制御できるなどと考えるのは思い上がりというものじゃ。お前も自分で魔術を見つけようなどとは考えんことじゃな。何が起きるかわかったものではないぞ」




