メデューサドレイク(※)
「おう、おはよう」
朝メシを食ってたらマックとモスが今日は五人でやってきた。そう、こいつら本来は五人組のパーティーなんだが……。
「いや、俺狭いところ苦手で」
「俺暗いとこダメで」
という理由で洞窟に行くときには三人と二人に分かれて行動している。
「おはよう。今日は何の用?」
「いや、実は頼みたいことがあって」
「何だよ」
「前から狙ってる依頼があるんだよ。ロック鳥の駆除なんだけど」
「あー、なんか見たことあるな」
確か『ボルカナ休火山』に住み着いてるロック鳥を退治して欲しいという依頼が掲示板に貼られていたはずだ。
「それ。ロック鳥のつがいが巣くってて家畜を襲うんだけどな。あの山毒ガスが出てるから巣までたどり着けないんだよ」
「んなもんだから降りてきたところを戦うしかないんだけど、なかなか難しくてな。結構長いこと出されてるけどまだ誰も討伐には成功してねーんだ」
「ははあ、それで俺か」
「そこでお前だ」
待ってても埒が明かないから巣を襲おうってことか。パーティーに俺がいれば毒ガスもへっちゃらだもんな。
「エルフの姉ちゃんはクソ強えしな」
「ついでにメシも食わせてくれたらこんなにありがてえこたぁねえ」
「ちゅうわけで頼むわ」
五人がかりで拝まれてしまった。
「俺は山は用がないと思ってたんだけどな……。そういうことなら引き受けた!」
「助かる!」
「ところでエルフの姉ちゃんは?」
「あー、朝メシは大抵家で食ってくるからな。そろそろ来ると思うぜ」
「みんな、ご機嫌ヤバダバドゥー!」
「お前子供なのかおばさんなのかはっきりしてくれない?」
「ハァ──⁉ なんて失礼なのこのヒューマン」
ちょうどレアが飛んできた。俺はかくかくしかじかと事情を説明した。
「──というわけでこいつらとロック鳥退治に行こうと思うんだが、いいかな?」
「おっけー」
前から行きたがってたもんな。レアは二つ返事で了承した。
この日は準備に宛てて翌日早朝から出発した。七人と一匹の、俺としては大所帯だ。ちなみにあっちのパーティーの他の三人はネス(人間男)、ロッテ(人間女)、ドム(ドワーフ男)という構成だ。
ボルカナ休火山は広大な森林に取り巻かれている。フォレスタ大森林やレアの森はその一部だ。
中でも町から山への間の森は度重なる伐採で薄くなっていて、一時間も歩けば踏破できる。
森に入ってちょうど一時間、急にだだっ広い野原に出た。土地の栄養が少ないのか草とヒョロッと貧弱な木しか生えていない。以前魂魄波を会得したところはこの先だ(前回はレアに抱えられて飛んできたのであっという間だった)。
地面はごく穏やかに波打っている。その低い丘の上にオオカミの群れが見えた。オオカミたちはこちらをじっと伺っていたけど、特に襲い掛かってくるようなこともなく立ち去った。
シロはあちらを興味なさそうに見ていた。シロは俺の群れの一員で、あれはもう完全に違う群れなんだろうな。
さて、ロッテはショートカットで目つきが鋭い女冒険者だ。俺より背が高く、浅黒い肌で、さすがに男よりは細身だけど筋肉質だ。弓を肩にかけていて、反対の肩にはタカみたいな鳥を止まらせている。ロッテのタカってのも変な話だがとにかくタカを飼っている。アーチャーだけじゃなくてテイマーも兼ねているのだ。
「行け」
ロッテはそのタカを放った。タカは空高く舞い上がり、輪を描いて巡航した。
前にも一度見たことがある。このタカは【鷹の目】というスキルを持っていて、広い視界で遠くの細かいものまで見ることができる。
そしてロッテは【視界共有】というスキルでペットの見たものを自分も見ることができる。非常に優秀な偵察だ。
「うーん、グローバルホーク」
「ここは森とはまた違うモンスターが草に隠れて襲ってくるからな。ロッテのスキルが大活躍だ」
「気をつけろよ、この山は危険なモンスターが多いぞ」
「ロック鳥だけじゃなくて?」
「キメラやグリフォンもいるぞ」
「ドレイクやワイバーンもな」
いずれもかなりヤバイ感じのモンスターだ。アサカの町の人たち、よくそんなとこの近くに住んでるな……。
いや、若干距離があるからまだ大丈夫なのか? ロック鳥は飛んでくるみたいだけど。
前に山に来たときレアに開墾しないのかと聞いてみたことがあったけど、そりゃ住めんわ。
「さっそくいた」
ロッテが山から外れた右斜めを指さした。
背の高い草に隠れて一頭のウマがいた。額から一本角の生えた白馬──ユニコーンだ。ユニコーンはこっちに気づくなりダダダッと駆け寄ってきた。
次の瞬間一筋の光線がその額を貫いていた。レアの【キルビーム】だった。角が根元から折れてユニコーンは横倒しに倒れた。
「えっ」
俺はレアを見て、血を流して倒れ伏すユニコーンを見て、再度レアを見た。
「えっ、何してるの?」
「あいつ嫌い」
「だからっていきなり殺す?」
「ゲジゲジだって無害だけど人間は気持ち悪がって殺すじゃない。あれと一緒の不快害獣だよ」
「チー馬好きな女はいない」
隣でロッテも同意していた。この世界の女たち、ユニコーンに厳しいな……。
「ま、まあ、角は高く売れるし……」
冒険者にとりなされてしまった。ユニコーンの死体はストレージにしまっておくことにした。
そしたらロッテがレアの肩を捕まえた。
「ねえ、今の攻撃なに? 私の弓より強い」
「えーっと……エルフのスキル、みたいなもの」
「ああ、精霊術ってやつね」
独り合点してくれた。まああれは教えられん。簡単に人を殺せる魔術が広まっても困る。
ドムはじーっと疑いの目で見てたけどね。ドワーフは魔術に詳しいそうだし、気づかれたかな?
さらに三十分も進んだだろうか。ロッテが今度は前を指さした。
「この先にオークがいる。四頭。多分狩猟中」
オークは頭が豚に似ている二足歩行するモンスターだ。相撲取りみたいな体格で、足は遅いけど力は大抵の人間より強い。
このメンツなら負けることはないだろうけど、割と手ごわい相手だ。
そしたらロッテがレアに言った。
「レア、さっきの撃って」
「いいけど。どこ撃つ?」
「そっちの方向。少し右──撃って」
キルビームが草むらの奥へと吸い込まれた。
「──当たり。また右、そこ。右。行き過ぎ、戻して──そこ。右、そこ。……全部倒した」
ロッテがオーケーを出したので俺たちは前進を再開した。……行く先にオークが四体死んでいた。
冒険者たちが叫んだ。
「マジかよ」
「見える前から倒しちゃってんじゃん」
「こ、こりゃあ楽だ!」
「この調子なら楽勝だな!」
そう、楽勝ムードだった。おかげで俺はまたも油断していた。
さらに三十分後、ロッテが顔をしかめて舌打ちした。
「ヤバいのがいる」
「何だ?」
「メデューサドレイク」
「うげっ」
俺もそれと気づかず渋柿食っちまったときみたいな顔になった。
話だけは聞いたことがある。メデューサドレイクは胴体から下はドラゴンで、首から無数のヘビが生えているというモンスターだ。その無数のヘビの目から見たものを石化させる【邪視】をやたら大量に放ってくるらしい。おまけに牙に毒がある。
毒はともかく石化はダメだ、俺にも効いてしまう。
「どうする? 撃つ? 届くけど」
「え?」
ロッテが止めようとしたけど間に合わなかった。言いながらレアはもうキルビームを撃っていた。
タカの目でずっと見ていたロッテがまた舌を打った。
「当たった……頭を一個潰したけど……駄目、気づかれた。間に合わない。来る!」
ザザザザッと草をかき分けてそいつは姿を現した。
うぎゃー、キモイ!
体はゾウみたいに大きくて全身が粒上の鱗でびっしり覆われてる。で、首から上はヘビなんだが、想像とちょっと違ってた。
細いヘビがいっぱい生えてるのかと思ってたら一本の太さが十センチくらいある。それが何十本あるのか見当もつかんくらい生えてる。頭の数があまりに多くて団子みたいになってるし。
ヘビの頭がブワッと広がってバラバラに俺たちを見た。次の瞬間石化の視線が一斉に襲い掛かった!
「ギャー!」
俺は間一髪、地べたにダイブして転げて避けた。代わりに視線が当たった灌木がビシビシビシッと硬化していく。ひええっ、葉っぱまで全部石になっちまった。
俺はまたもシロを抱えて逃げた。一応武器は持ってきたけど、これ無理! 近寄れない!
「すまん、俺役立たず!」
「ハナから期待してねえから気にすんな!」
マックが戦いながら返事した。気遣いはありがたいがそれはそれでどうなんだろう。俺は離れて彼らの戦いを見守った。
タンク役のドムは正面に立って攻撃を引き受けてる。【邪視】を素早く切り払い、首の噛みつきを盾で受けた。
マックとモスはデカいのに俊敏に邪視をかわす。避けながら接近してジャンプして、果敢に斬りかかって首を飛ばした。……ゲッ、生えてきた! 傷口から肉がウネウネ盛り上がって元のヘビの頭になった。【再生】スキル持ってんのか。
槍使いのネスは距離を取って右に回り、間合いの外から槍で突いた。何かのスキルだろう、動作に合わせて槍先から光が飛んで胴体に突き立った。
ロッテも左に回って弓を撃っている。こちらも矢にスキルが乗っていてブスブス突き刺さる。
でも鱗が硬い、どっちの攻撃も深くは刺さらなくて、あまり効いているように見えない。首がいっぱいあって二人の方にも視線が向いてて、避けながらだから手数が少ないし。
その時、正面で戦ってたドムに邪視が集中した。……ああー、駄目だ、防ぎきれない。ドワーフの堅固な体が石に変わっていく。
石像がグラリと揺れて倒れかかった。壊れる──
「ふんぬっ!」
慌てて支えたモスは石像を担ぎ上げた。おお、凄い力だ。でもさすがに重いみたいでよろよろしてる。退避する二人に邪視が追い打ちを掛けようとするのを割って入ったマックが庇った。邪視の集中砲火が凄くて防戦一方だけど。
……あ、ヤベ。二人が離脱して、膠着してた戦局は一気に不利へと傾いていた。
「レア、何とかしてくれよ!」
俺は隣で観戦していたレアの肩を揺すった。レアはきょとんと俺を見た。
「え、参加していいの? あの人たちが戦ってるのに」
「いやいや今日は同じパーティーだろ⁉ 助けてやってくれよ」
「しょうがないにゃあ……」
レアの背中に羽根が生えた。
ドン! ロケットみたいな勢いで飛び出したレアはモスの横をすり抜けマックとネスを追い越してメデューサドレイクの横っ腹を蹴り上げた。
ゴキャッ、細い足が音を立てて脇腹にめり込んだ。あれ肋骨粉砕してるんじゃないだろうか。あんなのでも痛覚があったのか、ヘビの頭が一斉にレアを向いた。レアはその頭に手をかざしてスキルか精霊術を使った。
シャラララ……ヘビ団子が白い霧のようなものに覆われた。いや、あれは霜だな。霜が降りた。
メデューサドレイクは動きを止めた。大量のヘビの頭が真っ白になって、カチカチに硬くなっているようだ。凍ってる?
「今のうちに首を落としたらいいよ」
「お、おう」
マックとネスが首を刈り始めた。ドムを置いて戻ってきたモスも参加して、凍った首をガンガン折っていった。
首が全部折れてしまうとメデューサドレイクの体は力を失い、ドウと音を立てて倒れた。
冒険者たちはしばらく様子を見てたけど、どうやら大丈夫そうだと安心して地面にひっくり返った。
「……おーヤベ、死ぬかと思った」
「すまん、助かった」
「でもできれば最初から参加してくれたらよかったんだが」
「まあいいじゃない、そういうの」
「ねえ、角出して。ドムを治したい」
ロッテはレアにユニコーンの角を要求した。解毒作用があって万能薬になるらしい。
元の世界の記憶が邪魔をしたので聞いてみた。
「あれ、ユニコーンの角って石化治せないんじゃなかったっけ」
「何の話?」
角の先で石像をつついたら、シャランと光が弾けてドムは元の生身に戻った。




