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マンティコアの尻尾の天ぷら

 ようやく動けるようになった。俺たちはマンティコア捜索を再開した。

 俺は歩きながら髪と服を払い続けた。森の地面に横になったもんだからあちこち葉っぱだらけだ。


 さて、マンティコアというのは聞くところによれば赤いそうだ。全身の体毛が塗ったように紅い。姿は巨大なライオンのようで、何故か顔だけは人間とそっくり。尻尾はサソリに似ていて先端には毒針がついている。

 そして問題となるのは、こいつ人間を好んで食べるそうなのだ。家畜を襲うモンスターとはちょっと次元の違う害獣とされていて、見つけ次第駆除依頼が出る。


 マンティコアは人食いだから、人間を見つけたらあっちから寄ってくる。それで俺たちはわざわざ姿を見せつけるように移動していた。

 でもマンティコアは狡猾なモンスターでそう簡単には姿を見せない。もしかしたらもう見つかっているかもしれない。その場合は物陰に隠れてこちらの様子を伺っていることだろう。


 シロの鼻とレアの耳が同時に動いた。


「どうした?」

「いる」

「ワン」

「えっ、どこ?」

「あそ、こっ!」


 指さしながらレアはそちら目掛けて電撃を放った。枝の上の赤い影は一瞬早く飛び去っていて、電撃は揺れる枝を撃って葉を散らした。

 そいつは落ち葉を柔らかく踏んで着地した。


 巨大なモンスター──マンティコアがそこにいた。


 うっわ、聞いてた通り人間みたいな顔だ。それも中年のおっさんの顔なんだよ。キッモ。たてがみが長髪のようだ。目は青い。耳が人間そのままで気持ち悪さに拍車をかけている。


「なんだ、人間か」


 マンティコアが口を開いた……!


「うわ、しゃべった!」

「聞くな!」

「真似てるだけだ、意味はねえ」


 冒険者の二人が剣を抜きながらそう警告してきた。

 思わず後ずさりしたら今度は「こっちくんな!」と叫びやがった。


 顔は人間みたいなのに口を開いたら超キモい──ギザギザの鋭い牙が口の中にびっしり生えてる! 人間やライオンと違ってサメみたいに何列も!

 うわキッショ。こいつどこからどこまでもキモい。


「なんでお前ら俺を怖がらないの?」


 いや俺ビビりまくってるんだが。なるほど、確かにこいつの言葉は意味があって言ってる言葉じゃないな。音を真似てるだけの鳴き声だ。


 マンティコアが悠然と歩み寄ってくる。後ろの尻尾を振り立てて。

 尻尾の先の毒針というのは想像と違ってた。真ん中に一本長い──五十センチはある太っとい針が突き出てて、その周りをグルっと取り囲むように複数の針が生えてる。そいつらも三十センチはある。

 それが俺に照準をつけるように揺れていた。


「気をつけろ! あの針飛ばしてくるぞ!」


 マジで⁉ 毒は平気だがあれに刺されたら大怪我だよ!


「カァッ!」


 裂帛の気合いと共にマックが斬りかかった。鋭い一撃──だったんだけど、マンティコアは素早く後ろに跳んで回避した。巨体のくせに身軽だぞこいつ。


「ほっといてくれよ」


 さらなる追撃を大きく飛んでかわし大木の幹に四足で着地、そこから飛び跳ねる前に毒針を飛ばしている。俺に向けて!


「ひええええっ!」

「任せろ!」


 モスが俺を庇って割って入った。振り払った剣が毒針を打ち払う。俺はシロを抱えて泡を食って逃げた。


「勝手だ「うるさい」


 バゴン! 爆弾みたいな殴打音が炸裂した。

 着地と同時だった。マンティコアの語尾をレアのこぶしが叩き潰した。一瞬で間合いを詰めたレアの、崩拳じみた中段直突きがおっさん面の真ん中にめり込んでいた。

 鼻が潰れ目と耳から血が噴き出し、突き抜けたパンチの威力が波紋のように伝わって体毛を逆立てた。


 マンティコアの体から力が抜けた。レアの拳に鼻血を残して巨体がずるりと崩れ落ちた。

 もうピクリとも動かない。マンティコアは死んでいた。


「……え? 終わり?」

「ワンパンで?」

「ウッソだろ、おい」

「クゥーン……」


 レアさんつえー。俺たちはマンティコアよりレアにビビった。

 おそるおそる近寄ったマックは剣の先でツンツンつついてみた。やっぱり動かない。


「本当に死んでらぁ」

「ねえ、これどうやって食べる?」


 恐ろしいことを言い出した……! 俺たちはこの無垢なる残酷に恐怖した。


「いや食えるのか? ライオンって食えるのか?」

「人の顔したもの食うの嫌なんだが」

「こいつ人肉食ってるよな?」


 相談の末、尻尾だけ切り落として分けた。本体もレアのストレージに入れて持って帰ったけど。依頼達成の報告をしないといけないからな。こいつがそのまま証拠品になる。




 ギルドの裏庭にマンティコアの死体を出すと、確認したギルドの職員は「ほほう」と感心の声を上げた。


「その日のうちに依頼達成か。早かったな」

「折よく出くわしてな」

「尻尾はどうした?」

「いやー、切り落としちまって」

「まあ毒あるしな」


 頭を掻きながらモスが言い訳するとギルドの職員は勝手に納得していた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「俺たちの取り分はこれでいいわ」


 冒険者の報酬は経費やパーティーの運営費を差し引いてからリーダーが二人分取り、残りは山分けと決まっている。なのにこいつらは二人で一人分しか取らなかった。半額だ。


「おいおい、どうしたんだ? 冒険者の決まり事だろ。取っとけよ」

「いや、俺たちマジで何もしてないし」

「ついてってメシ食わせてもらっただけだもんな」

「これで満額もらってたらそれこそ決まりが悪りぃわ」

「今回はこれでいいからさ。また一緒にパーティー組もうぜ」

「しゃーねーな……。よし、じゃあせめて晩メシ食ってけ」

「ゴチになりやす!」


 いつものアパートの裏庭で俺は腕を組んで唸っていた。

 今夜のメインディッシュはマンティコアの尻尾だ。どう料理したもんだか……。


 サソリと言えば素揚げが有名だけど……何しろこの尻尾、普通のサソリの何十倍もデカい。でっかいブリみたいに一抱えもある。だもんだから殻が厚くて素揚げじゃ食えそうにないんだよな。茹でるにもでかすぎるし。


 仕方ないので殻を割ってみたら中は白身の繊維質だった。……うーん、カニっぽく見えなくもない。体が哺乳類だから牛テールみたいなのを想像してたんだが、全然違った。

 スキルで確認して見たら針や毒腺だけじゃなくて尻尾全体にうっすら毒があるようだ。何だか前に食ったクモを思い出すなぁ。嫌なイメージだ。


 とりあえず二センチくらいの厚さで切って、湯の中でしゃぶしゃぶ泳がせてみた。

 ……おっ、花が開いた。花って言ってもデカすぎてヒマワリみたいだけど。やっぱりカニっぽい。


 うーん、どうするかなー。毒はいいんだけど寄生虫とかいそうでヤダなー。

 仕方ない。こういう場合は何も考えずに揚げ物だ。とりあえず揚げちまえば何でも食える。


 俺はもらった報酬でオリーブオイルを買ってきた。あと小麦粉と卵も。

 レモンみたいな柑橘類があったのでそいつもついでに買った。これは皮をおろし金ですり下ろして塩と混ぜた。実は絞って果汁にした。


 犬に揚げ物はどうかと思ったのでシロには茹でただけのものを冷ましてあげたら喜んで食べていた。


「酒持ってきたぞ!」

「飲みながらやろうや!」


 準備ができたところでマックとモスがエールの樽を掲げてやってきた。


「よし、じゃあ揚げてくぞ。揚げた端から存分に食え、親の仇のように!」


 鍋に油を入れて加熱する。油はなるべくたくさん使った方が温度が下がりにくくて良い。

 粉をふるって卵と冷水(レアの精霊術で冷やしてもらった)でざっくり溶く。さっき湯がいた尻尾の切り身をさらに八つに切って粉を打って、衣にくぐらせて、高温の油で一気に揚げる!


 シュワァァァ……。黄金色の衣の上で油が弾ける。ほぐれた身の一本一本に衣が絡んで油の音も細やかだ。音だけでもう旨そうだぜ。

 鍋から引き上げた天ぷらに三人の視線もじーっと集まっている。


「──よし! 第一陣揚がるぞ! 塩とレモンで食おう!」

「よっしゃぁ!」

「待ってました!」

「それじゃ、タイチにならっていただきまーす!」


 俺は天ぷらにかぶりついた。

 口の中でシャクッと音がした。


 うっわすっげ、癖のないカニだわこれ。カニ五匹分くらいが凝縮されたカニ、ただしカニの臭みは一切なし!

 カラリと揚がった天ぷらはどこまでも歯切れよく、繊維が舌の上でさらりとほどけて、ただ旨味と炙ったエビの殻のような香ばしさだけが残る。

 またレモン塩の清涼感がいい仕事してる。こりゃ果汁いらんかったな。油も上等だしいくらでも入るわ。


「衣がサクサクしておいしーい!」

「いけるじゃねーか……」

「いや、これは旨いぞ。おーい、早く次!」

「野菜も揚げるから食えよー。毒草だけど」

「キノコ! キノコもちょうだい!」


 揚げ立てを次々提供すると三人は揚げた端からがっついた。俺も揚げながら食った。

 本当に素直な味だったので二枚目からは湯で泳がせることはしないで直接揚げた。そしたら味の濃いこと!


「うっめ!」

「エールが進む進む!」


 マックとモスはもちろん、俺も揚げながら飲んだ。樽に直接コップを突っ込んで自分で汲んでガブガブやった。レアは人間の酒を嫌がってるので飲まなかったけど。


 でっかい尻尾だったけど、そんなこんなで四人と一匹がかりで食い尽くしてしまった。

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