第11話 盤戯:フィル
ダンスが終わった。だけど、わっちは満足してなかった。
前職では、ステップを踏むなんてことなかったし、ステップひとつひとつまで気を配ることができなかった。表情と腕の使い方までしか気を配れなかった。
観衆たちに見えないように唇を食む。決して噛まない。表情が崩れるから。事前に覚えさせられた、王族たちにはアピールした。特に、わっちのことを気に入ってそうなツェヴァルトの父であるカルジェには、とてもアピールした。
ここからは、他の貴族たちが踊るのを眺めるだけだ。わっちはその間に挨拶回りに徹することにした。
「コルツェント家当主のオージュ様、先程私がダンスを舞っている際にとても目があって気になってしまいご挨拶を、と思いまして来てしまいました」
「……! シュレイナ様直々に挨拶していただけるなんて光栄にございます」
目の前のでっぷりと太った男はそう言う。とても光栄だなんて思ってなさそうだった。むしろ、なんでわっちみたいなのが話しかけてくんだって思ってそうだった。
「私、オージュ様とは一度お話ししてみたかったんです……私、フィルに興味がありまして。女が盤戯など、と思われるかもしれないですが、ツーヴェル帝国でのフィルの名士として知られるオージュ様に会えて嬉しく思います」
フィルというのは、この世界特有のゲームだ。囲碁とチェスを掛け合わせたようなもの、といえば通じる気がする。フィルというのは、男の格付けのために行うゲームだ。だから基本的に女が、しかも貴族であり皇太子の側室であるわっちがフィルをやる、だなんて前代未聞だ。
だからオージュもムカついたんだろう。女がやるものではない、って。だけど、立場はわっちの方が明らかに上。文句は言えない。
「そ、そうだったのですね……ちなみに、ご経験は?」
「ジェリア公国を出立する前に、父と数回。私が全勝いたしました」
「……は?」
一応国のトップである父は、ある程度強いはずだった。だけど、吉原でも芸事は学ぶのだ。その経験からわっちは、父に全勝した。もちろん、回りの弟なんかにも頼んだけど全部わっちの勝ちだった。
今だって、目の前の男は固まっている。そりゃそうだろう。一国の主が、こんななんも知らなさそうな清純な女に男としてのプライドをへし折られたと言っても同じなのだから。
わっち調べによると、この男は名士と言われてるけど金を渡して上にのし上がっただけだ。おそらくツェヴァルトの方が強いと断言できる。
「いつか、お相手願えないでしょうか……? 私は、相手の殿方が強い方が燃えるのです」
胸の前で両手を握り締め、上目遣いにしてオージュを見つめる。ここで、フィルは男のものだって言うならそれだけのレベルの男だし、相手取ってくれるならわっちの駒にする価値がある。わっちがしばらく目をパチパチさせながら待っていると、オージュはニタリと笑っていった。
「いくら側室とはいえ、女性が……フィルですと? 男の世界だと分かりきっているのに、何故シュレイナ様は入ってくるのでしょうか。やはり、これはツーヴェル帝国とジュリア公国の学の違い、でしょうか……ともかく、女である以上あなたと戦うつもりは私には毛頭ありません……はぁ、これだから敗戦国の女を受け入れるのは反対だったんだ」
(ああ、期待外れ)
最後の方は小声だったけど、聞こえていた。つまり、コイツはわっちの駒にするだけの価値もないクソ男だってことだけが証明された。
「はぁーあ。そうですわね。私とは格が違うようですので……では」
最後にとっておきの笑顔で別れる。なんだ、この国の男はクソしかいないのか。それこそ、燃えるじゃないの。わっちはオージュの元から離れて、また違う男へと挨拶回りをするのだった。




