子の章
六月。
「市民のタンスをズラして足の小指をぶつけさせるなど不埒千万!ビクトリースマッシュ!」
今日も勢いよく空の彼方へ吹き飛ばされるバジリスク。
その姿を見届け、あいこがカメラへ向かって笑顔を見せる。
「今日もありがとうビクトリー!市民の小指は守られました!」
放課後。
いつものように八郎、大吾、睦子の三人で歩いていると、商店街の方に人だかりができていた。
「なんだあれ?」
大吾が足を止める。
「行ってみましょ!」
睦子と大吾が人だかりへ向かい、八郎もその後をついていく。
その中心にいたのは、二人のヴィラン。
大吾がその姿を見るなり目を輝かせる。
「えっ!?ビッグマウスのルーシーさんですよね!?」
ヴィランのロックバンド――〝ビッグマウス〟。
そのメンバーであり、子を率いるヴィラン――ルーシー。
そして隣にいるのは、同じくメンバーのスマシカオ。
「俺、めちゃくちゃファンなんすよ!ここにサインください!」
興奮した大吾が差し出したのは、自分のギターケース。
その瞬間。
ルーシーの表情が変わる。
「……そのケースの中、見せてみな」
「え?」
ルーシーがギターケースを開く。
中に入っていたギターを見るなり、ルーシーとシカオが目を見開く。
「なんでこれがここにあるんだ!?」
「え?」
突然のことに大吾が戸惑う。
シカオがギターを見つめる。
「こいつはリンダさんのギターだ」
「リンダ?」
「子の先代の長だよ」
大吾が八郎を見る。
八郎は、ギターが大吾の手に渡った経緯を二人に話す。
しかし――
「事情は分かった。けど、そいつはリンダさんが大事にしてたギターだ。返しな!」
「そういうわけにはいかねぇなぁ!」
睨み合う大吾とルーシー。
その時――
ルーシーが八郎の顔をじっと見る。
「……ちょっと待ちな」
「?」
「あんた……巳の八郎だろ?」
「えっ」
「リンダさんから話は聞いてるよ」
あっさり正体を見破られてしまう八郎。
ルーシーがニヤリと笑う。
「相手が巳の連中なら話は別だ。悪役十二支同士――ちゃんと決着をつけようじゃないか」
「ってことは……」
八郎がルーシーを見る。
「干支合戦だよ」
八郎の表情が変わる。
「わかった」
ルーシーが大吾のギターを指さす。
「今日の二十時。近くのライブハウスへ来な」
そして大吾を見る。
「そこで、そのギターの本当の持ち主を決めようじゃないか」
一度蛇ノ目家へ戻った八郎たちは、クボケンと菜々子に事情を説明する。
「もう次の干支合戦が決まったの?」
菜々子が少し驚いた表情を見せる。
「うん。今回は向こうから申し込まれたんだ」
「十二支巡りを始めて早々、いい流れじゃないか」
クボケンも頷く。
約束の二十時。
八郎たちは、ルーシーたちの待つライブハウスへ向かう。
中へ入ると、ステージの上にはすでにルーシーとシカオが待っていた。
「来たね」
ルーシーが腕を組み、大吾を見る。
「今回の勝負は簡単だ」
「おう」
「アンタとアタシのタイマン。それで決める」
「俺と?」
突然の指名に、大吾が自分を指さす。
「そのギターを使ってるのはアンタだろ?」
「まぁ、そうだけどよ」
大吾が背負っていたギターケースを見る。
「いいぜ。やってやるよ!」
今回は突然決まった干支合戦のため、辰からの立会人はいない。
それでも、悪役十二支の名をかけた勝負であることに変わりはなかった。
大吾がステージへ上がる。
向かいにはルーシー。
先ほどまで威勢の良かった大吾だったが、いざ二人で向かい合うと表情が少し強張る。
「大吾!」
八郎の声に振り返る。
「焦らなくていい。修行したことを思い出して」
「……おう!」
シカオが二人を見渡す。
「それじゃあ――始めるぞ」
一瞬の静寂。
「始め!」
大吾が陰をまとい、骸骨のヴィラン――ジミーへと姿を変える。
「いくぜ!」
ギターを構え、勢いよく弦をかき鳴らす。
ピックと弦が激しく擦れ合い、火花が散る。
次の瞬間――炎が噴き上がる。
炎はギターの音色に乗り、まるで生きているかのように揺らめく。
ジミーは、ギターの弦とピックの摩擦によって炎を起こし、その旋律で自在に操ることができる。
ジミーがさらにギターをかき鳴らす。
音色に乗った炎がルーシーへ襲いかかる。
しかし――
「そんなもんかい?」
ルーシーが声を響かせる。
その背後に陰が集まり、巨大な人影を形作っていく。
現れたのは――植物に覆われた異形。
「なんだよ、そいつ……」
ルーシーがニヤリと笑う。
「子の十八番――冥響召喚さ」
冥響召喚。
音によって死神を呼び出す、子の一族が得意とする召喚術。召喚には大量の陰に加え、数年分の寿命を代償とする。
しかし、子の一族はアンデッド。そもそも寿命という概念がないため、その代償をほとんど受けずに冥響召喚を可能にする。
花の死神が腕を振るう。
地面から無数の根が伸び、ジミーへ襲いかかる。
「うおっ!?」
ジミーは間一髪でかわし、すぐさまギターをかき鳴らす。
炎が根を包み込む。
だが――
「なに!?」
燃えない。
炎をものともせず、根がステージを這い回る。
「なんで燃えねぇんだよ!」
戦いを見ていた睦子が首を傾げる。
「植物なら、炎に弱いんじゃないの?」
「本来ならね」
菜々子が答える。
「ヴィランやヒーローの能力には、陰陽六行と呼ばれる六つの属性があるの」
木、雷、火、土、金、水。
「ルーシーの能力は木。そして大吾の能力は火。相性だけで言えば、大吾の方が有利よ」
「じゃあ、なんで効かないの?」
「単純に――陰の量が違いすぎるのよ」
ステージでは、花の死神がジミーの炎を押し返していく。
「くそっ……!」
「冥響召喚もできないアンタに勝ち目はないね!」
巨大な根が振り下ろされる。ジミーは転がるようにかわす。
避けるだけで精一杯。攻撃を返しても、炎は通用しない。
「ちくしょう……!」
圧倒的な力の差を前に、ジミーが歯を食いしばる。
その時、菜々子との修行が頭をよぎる。
「私とあなたは、中距離から攻撃する能力が中心ね」
「おう」
「それに大吾は、相手や状況に合わせて戦う方が向いてる」
「相手に合わせる・・・か」
「そう。だからあなたには、どんな相手にも対応できる力が必要なの」
菜々子が大吾を見る。
「この前教えた五広力で、核の器を広げることはできる。でも、器を広げるだけじゃいずれ限界が来るわ」
「じゃあ、その次はどうすんだ?」
「今度は――陰の密度を高める」
「密度?」
「同じ量の陰でも、密度が高ければ能力の威力はもっと強くなる」
菜々子が指を三本立てる。
「そのために必要なのが、応用力、想像力、技術力」
そして――
「この三つを、三濃力っていうの。まず大吾には、応用力を鍛えてもらうわ」
菜々子が笑顔を見せる。
「私が今から、いろんな陰獣植物で攻撃するから――全部自分で考えて対処してね!」
「え?」
菜々子の周囲から不気味な植物が姿を現す。
「ちょ、待っ――」
「オホホホホ!」
「待ってくれぇぇぇ!!」
花の死神を見上げながら、ジミーが菜々子との修行を思い出す。
(力で勝てねぇなら――別のやり方を考えろってことか)
ジミーの視線が、ルーシーへ向く。
そして――花の死神を見る。
ギターを握る手に力を込める。
「目には目をってやつだ!」
ジミーがギターを構え直す。
ルーシーの動き。音の響かせ方。
そして、死神が現れた瞬間を思い出す。
「一か八か……やってやる!」
ギターを強くかき鳴らす。
激しい旋律がライブハウスに響き渡る。
「まさか……!」
ルーシーの表情が変わる。
ジミーの周囲に陰が集まり始める。
炎が渦を巻き――やがて、一つの巨大な姿を形作っていく。
「出てこいぃぃぃ!」
轟音と共に現れたのは――炎をまとった死神。
「冥響召喚!?」
驚きの声が上がる。
完全な形ではない。
それでもジミーは、ルーシーの技を見様見真似で再現してみせた。
「マジでできた……」
誰よりも驚きを隠せないジミー。
ルーシーも炎の死神を見上げる。
(あいつ、マジでやりやがった……そんな簡単に真似できるもんじゃないのに!)
炎の死神と花の死神がぶつかり合う。
同じ冥響召喚同士となれば、今度は属性の相性がものを言う。
炎の死神が、花の死神を少しずつ押し返していく。
「いけぇぇぇ!」
だが――
戦いを見ていた八郎たちの表情は明るくない。
睦子が不安そうに口を開く。
「でも……冥響召喚って寿命を使うんでしょ?」
八郎は答えず、ただ不安そうにジミーを見つめる。
大吾は子の一族ではない。このまま冥響召喚を使えば、寿命を削ることになる。
一同の視線がジミーへ集まる。
しかし――当の本人は、きょとんとしていた。
「ん?」
自分の体を見る。
むき出しになった肋骨。骨だけの腕。
「いや、俺――」
ジミーが胸を張る。
「変身したらガイコツ人間だから、変身中は死なないんだわ。つまり俺も、アンデッド」
「…………」
一同が固まる。
ルーシーも固まる。
「そんなのアリかよ……」
炎の勢いが上がる。炎の死神が押していく。
炎が花の死神を包み込み、植物が次々と焼け落ちていく。
「押し切れぇぇぇ!」
ジミーが激しくギターをかき鳴らす。
炎の死神が、さらに花の死神を追い詰めていく。
その時――
「待った!」
シカオの声がライブハウスに響く。
「もういいだろ、ルーシー」
「止めるんじゃないよシカオ!まだ勝負はついてないだろ!?」
シカオがジミーの持つギターを見る。
「こいつは、このギターに好かれちまってる」
「……」
「冥響召喚まで成功させたんだ。それが何よりの証拠だ」
ルーシーは何も言い返せず、悔しそうにジミーを睨む。
しばらくして――
「……分かったよ」
ルーシーが大きくため息をつく。
「この勝負、アンタの勝ちだ」
「よっしゃあ!」
ジミーがギターを掲げる。
こうして勝負は、ジミーの勝利で幕を閉じた。
無事、ギターもこれまで通り大吾が預かることとなる。
ただし――
「勘違いすんじゃないよ!アンタに貸してるだけだからね!」
ルーシーは最後まで納得していないようだった。
ルーシーたちと別れ、ライブハウスからの帰り道。
菜々子がふと八郎に尋ねる。
「そういえば……」
「ん?」
「ギターのことは解決したけど、干支合戦はどうなったの?」
「え?」
「盃も交わしてないわよね?」
「…………」
八郎が足を止める。
「すっかり忘れてた」
「忘れてたの!?」
結局、子との同盟についてはあやふやなまま終わってしまった。
それでも――大吾にとっては、大きな一歩となった戦い。
新たな力を身につけ、ギターも手元に残った。
これからも妹へ、自分の音色を届けることができる。
大吾はギターケースを背負い直し、どこか安心したように笑うのであった。
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