大吾 対 牛鬼 三
「きっかけは、戌の工場であった事件です」
大吾がゆっくりと話し始める。
「ウェブの魔人が禁書のデータを荒らしてて、俺たちでやつを倒しました。その後、金庫の方へ向かった時に、バラバラに散らばった禁書が目に入ったんです」
法師が黙って耳を傾ける。
「古い字で書かれてたから、ほとんど分からなかったんですけど……一つだけ見覚えのあるものがあって」
「見覚えのあるもの?」
「譜面です。別に覚えようとしたわけじゃないんですけど、無意識に頭に入っちゃってて……」
「なるほど。偶然目にした譜面を弾いてしまったと」
「……すんません。俺、負けたくなくて」
大吾が視線を落とす。
「咄嗟に頭に浮かんだのが、あの譜面でした。あれなら何とかなるかもって……」
「うーぬ……それが何の譜面なのかは知らなかったわけか」
法師が顎に手を当てる。
「じゃが、禁書を見てしまったのも事実。困ったのぉ……」
「何をそんなに悩んでんだ?」
牛鬼が横から口を挟む。
「死神の王もいなくなったし、この試合は丑の勝ちだろ?どこに不満があるってんだよ」
「そんな単純なことではないんじゃよ」
法師が牛鬼を見たあと、その場にいる者たちへ視線を向ける。
「若造よ。そして、ここにおる者たちよ。しばしの間、わしの話を聞いてくだされ」
一同が法師へ注目する。
「禁書については、お主らも何かしら聞いておることじゃろう」
法師が静かに話し始める。
「正式名称――御禁書山蟹見聞録陰陽世中法度。その名の通り、この世の禁忌が記された書物じゃ。代々、真英組の総長を継いできた山蟹の一族によって記されてきた」
その場の空気が少しだけ張り詰める。
「この禁書を見ることを許されておるのは、山蟹家――そして、この国を動かす裏の権力者八人からなる『八卦』のみじゃ」
「八卦……?」
「うぬ。八卦の許可なく禁書を見れば、重大な罰則が与えられる」
法師の声が低くなる。
「場合によっては――命すら奪われるほどのな」
その言葉に、一同の表情が強張る。
「さて、話はここからじゃ。若造が見たというその譜面を禁書に記したのは、直近の真英組総長――山蟹申乃という者じゃ」
法師が懐かしむように目を細める。
「博識で陽にも長け、総長という肩書に申し分のない人物じゃった。じゃが、わしには何より、人に好かれる才能が秀でていたように思える。多くの者の拠り所となり、皆から『マザー』と呼ばれ慕われておった」
遠い記憶を辿るように、法師の視線がわずかに宙を向く。
「先ほども言ったように、禁書は山蟹家が代々記してきたものじゃ。山蟹として生まれた者は、生涯に一つ、この世の禁忌を調査し、禁書へ記さなければならん決まりがある。申乃もまた、その決まりに従った。そして、あやつが選んだものこそ、若造が見たあの譜面じゃ」
大吾が黙って法師を見る。
「何を隠そう、その譜面は猫の一族から生まれたものじゃ」
「猫の一族」という言葉に菜々子がわずかに眉を寄せる。
「かつての子の長、リンダ。あやつに冥響召喚を教えたのはわしじゃ。リンダは、親や親族を猫の一族によって殺された。その時、猫の一族が使った禁じ手がこの譜面――」
法師が大吾を見据える。
「魔王のソナタじゃ」
その名を聞いた菜々子たちの表情が強張る。
「冥響召喚は元々、猫の一族が編み出したもの。しかし召喚には寿命を代償とし、呼び出せる死神の格も、召喚者が持つ陰の量によって決まる。じゃが、魔王のソナタはその掟を破る」
法師の言葉に、大吾が息を呑む。
「奏者の全寿命を代償にすることで、陰の量に関係なく死神の王を召喚する。ただし、その代償から逃れることはできん。最後まで奏でた者は、必ず命を落とす」
辺りが静まり返る。
「猫の者たちは魔王のソナタを奏で、死神の王の力によって子の一族を滅ぼした。そして、奏でた者たちも命を落とした」
子の虐殺事件の後。
真英組とヴィラン協会から数名が調査へ向かい、その中には法師と申乃もいた。
「現場で発見された魔王のソナタは、二度と表へ出してはならぬと、申乃の手によって禁書へ封印されたというわけじゃ」
「じゃあ……」
菜々子が大吾を見る。
「大吾が弾いたのが、その魔王のソナタだったってこと?」
「そういうことじゃ。じゃが、若造が生きておるのには理由がある。若造が奏でたのは、譜面の一部だけじゃった。だから王も完全には召喚されず、一部しかこちらへ現れなかった」
法師が先ほど裂け目のあった場所を見る。
「故に、わしらの力でも元の場所へ戻すことができた」
そして大吾へ視線を戻す。
「もしあの譜面を最後まで奏でておったら、若造は命を落とし、死神の王によってさらに多くの犠牲が出ておったじゃろう」
大吾は何も言わず、法師の話を聞いている。
いや――正確には、何も言葉が出てこなかった。
自分がしてしまったことの重大さ。そして、自分がついた嘘への罪悪感。
大吾の脳裏に、ビッグマウスとの修行中の記憶が蘇る。
「ぐわはぁ!キツすぎる!もっと簡単に強い死神を召喚できる方法とかないんすか!?」
修行に行き詰まった大吾が、ルーシーへ問いかける。
ルーシーが少し考える。
「……ないことはないね」
「ほ、ほんとっすか!?」
「だが、お勧めはしないね。良い機会だ。冥響召喚を扱う者として、あんたには教えておかなければならないことがある。大事なことだからよく聞きな」
大吾がルーシーの前で正座する。
「あんたも知ってるだろうが、子の一族の虐殺事件。この事件では子の一族はもちろん、猫の者も多く犠牲になったと聞いた。ヴィラン史に残る悲惨な事件だね」
ルーシーの話に、大吾が真剣に耳を傾ける。
「でも、この話を聞いた時、わたしは一つ疑問を持ったんだ。アンデッドである子の一族に対して、猫の一族はどう対抗したのか」
ルーシーが腕を組む。
「考えてみれば不思議だろう?かつての子は、死神を召喚できないにしろ、悪役十二支の一つとして認められるほどの力を持っていたはずだ。そんな子の一族を、悪役十二支に入れなかった猫の一族が倒せるとは思えなかったんだよ」
「おい、ルーシー。それ以上はまずいんじゃないか?」
シカオが横から釘を刺す。
しかし、ルーシーは構わず話を続ける。
「わたしはあの事件、猫が何かしらの方法でキングクラスの死神を呼び出したんだと踏んでいる」
大吾の表情が変わる。
「だが、そのリスクも当然あっただろう。事件現場に猫の一族の遺体が多く残っていたのはその代償だろうね」
「なるほど。キングの力でリンダさんの家族はやられちまったってことか。で、肝心のキングの呼び出し方ってなんなんすか?」
大吾が身を乗り出す。
「そ、れ、は、な!」
「そ、それは?」
「わからん!」
「なんだよ!!」
思わずズッコケる大吾。
「だが、おおかた想像はできる。死神は声や楽器などの音によって導かれ召喚される。召喚の代償となるのは寿命。そして、召喚できる死神のランクを決めるのは陰の量。なら、残るは……」
大吾が首を傾げる。
「メロディだよ」
「メロディ?」
「メロディは言語のように複雑な構成でできている。もし音色や音階が召喚の際の呪文になるなら、王を召喚するための呪文――つまり曲があってもおかしくはないだろ?」
ルーシーが続ける。
「猫の者は、キングを強制的に召喚できる曲を奏でて、子を滅ぼした。わたしはそう考えてる」
大吾がさらに食いつく。
「もしかして、その曲の目星もついてるとか!?」
「知りたいのか?」
「はい!」
「覚悟はあるんだな!?」
「はい!!」
「全くわからん」
またもズッコケる大吾。
ルーシーがニヤリと笑う。
「今までのは、単なる気分転換で話したわたしの戯言さ。良い休憩になったろ?」
ルーシーの表情が少しだけ真剣になる。
「でもな、ガイコツボーイ。わたしが言いたいのはここからさ」
大吾がルーシーを見る。
「もしこの話が本当だったとしても、こんな手段は絶対に使うんじゃないよ。こんなの弱い者が使うダッセェ戦法だ」
「……」
「殺したい奴を殺して、挙げ句の果てに自分も死んじまう。人を殺しといて、その責任から逃げちまう最低なやり方だ」
ルーシーが大吾をまっすぐ見つめる。
「まぁ、死神の王すら誰も見たことがないんだ。こんなおとぎ話みたいなことを信じるより、地道に修行しな」
そして、いつもの調子に戻る。
「楽して得られるもんに、大した価値はないってことさ。はい!休憩終わり!タイド頼むよ!」
その言葉が、今になって大吾の胸に突き刺さる。
(……俺は薄々分かっていた)
偶然見た譜面。
そして、ルーシーから聞いたキングクラスの死神を呼び出す方法。
(分かっていたのに……使っちまった)
「若造――いや、大吾よ」
法師の声に、大吾が現実へ引き戻される。
「お主は友のために負けられんと言ったな。しかし、お主が言う友は、お主が命を落としてまでの勝利を望んでいたかの?」
「……いや」
大吾が俯く。
「そんな奴じゃありません」
「その譜面がどんなものか知らなかったなら仕方あるまい。じゃが、お主が犯した事実は拭いきれん」
法師が静かに大吾を見る。
「お主は自らの命だけではなく、仲間の命までも危険に晒したのじゃ。分かるな?」
「……はい」
気がつけば、大吾の頬を涙が伝っていた。
戦いに負けた悔しさ。自分がしてしまったことへの罪悪感。
そして何より――自分の未熟さが情けなかった。
(ごめん、八郎……!)
大吾が強く拳を握る。
(結局俺は、自分のことしか考えてなかったみたいだ)
涙が止まらない。
(俺は……自分が情けねぇ!!)
法師は、そんな大吾をしばらく黙って見つめていた。
おそらく、大吾がすべてを正直に話していないことにも気づいている。
それでも、それ以上追及することはなかった。
大吾が今、何を悔いているのか。それもまた、法師には伝わっていた。
「……うぬ。分かればよろしい」
法師が静かに頷く。
「しかし、この事実が知れ渡れば、こやつの命が危うい。しばらくは、わしの近くに置いておいた方が良いじゃろう」
そして、その場にいる者たちを見渡す。
「八卦にだけは、なんとしても伝わらんよう気をつけなければならん。皆の者、良いな?」
一同が法師に目を向ける。誰も異を唱える者はいない。
そんな中、牛鬼が首を傾げる。
「しかしよぉ、爺さん。八卦なんて本当にいるのか?」
「ん?」
「この国を操る裏の組織……俺はてっきり都市伝説のたぐいだと思ってたぜ。そんなにビビるほどの相手なのか!?」
「ほー。言っておらんかったか?」
法師が淡々と答える。
「わしも八卦の一人じゃよ」
「げぇ!!まじか!?」
その場にいた全員が驚きの声を上げる。
「心配いらん。組織に報告したりなぞせんよ。無意味な犠牲は望んでおらん」
法師が大吾を見る。
「それに、八卦の一人だからこそ若造を守ってやれる」
そして穏やかに笑う。
「わしに任せておけ」
このエピソードはpixivで挿絵付き版も公開しています。
キャラクターデザインが見たい方はこちら!
pixiv:【https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=29567606】




