健司 対 般若 二
「なんじゃ……その姿は?」
氷を破り、姿を現したマクベス。
その半身はステロの陰に覆われ、ウィルスが泡立つように次々と舞い上がっている。
(今んところ、ここまでが限界みたいだな……早急にケリをつけないと、俺自身も危ない)
マクベスから放たれる異様な陰を感じ取り、般若がすぐに構え直す。
「なるほど……接近戦は避けた方が良いようじゃ」
再び自らの腕を斬り、流れ出た血を氷月へ吸わせる。
刀身が赤く煌めき、そこから放たれる陰がさらに膨れ上がる。
「いくぜ!」
先に動いたのはマクベス。
一気に間合いを詰め、ステロ化した右腕を般若へ振るう。
般若がその一撃をかわし、大きく後方へ跳ぶ。
そのまま氷月を振るうと、刀身から無数のツララが放たれる。
マクベスがステロ化した右腕で、それを防ぐ。ツララが砕け散る。
(……あの右腕、まともに攻めても通らんか)
般若がマクベスの姿を冷静に見つめる。
陽の力で作られたマクベスの鎧は、陰を宿す氷月では破壊できない。
だが、破壊する必要はない。
先ほどマクベスを氷の中へ閉じ込めたように鎧ごと凍らせ、動きを封じることはできる。
そして般若は、マクベスがステロの状態を長く維持できないことを見抜いていた。
凍らせ、動きを止める。時間を稼ぎ、マクベスが自ら鎧を維持できなくなる瞬間を待つ。
勝つだけなら、それが最も確実な方法だった。
般若が氷月を構え直す。
「お主のその力、確かに厄介じゃ。じゃが、いつまでもその姿でいられるわけではあるまい?」
マクベスの表情がわずかに険しくなる。
「このまま時を稼げば、いずれその鎧は解ける」
そう言いながら――般若は退かない。
それどころか、一歩前へ出る。
マクベスがその行動を訝しげに見つめる。
「望み通り――次で決着をつけてやろう」
「武士の情けか。それじゃあ、お言葉に甘えようか」
マクベスもまた、静かに構える。
両者の間に、呼吸さえ聞こえるほどの静寂が流れる。
先に動いたのは般若だった。
「とりゃあ!!」
氷月を振り上げると同時に、幾本ものツララがマクベスへ襲いかかる。
マクベスが右腕を振るい、迫るツララを次々と薙ぎ払う。
その一瞬、般若の姿が消える。
「っ!」
気づいた時には、すでに懐へ入り込まれていた。
般若が狙うのはステロに覆われた半身。
最も危険な場所へ、あえて自ら踏み込んでいく。
(いざ勝負!!)
氷月が、ステロへ向かって振り抜かれる。
その瞬間――。
目の前からステロの陰が消える。
さらにマクベスの姿まで解け、そこに立っていたのは――人間の姿へ戻ったクボケンだった。
氷月が、その体を斬り裂く。血しぶきが月夜に舞う。
飛び散った血は瞬く間に凍りつき、月明かりを受けて煌めく。
「お主……血迷ったか?」
クボケンがその場へ崩れ落ちる。
「……大丈夫。正気だ」
斬られた傷口から、徐々に氷が広がっていく。
「なぜ変身を解いた?」
般若が理解できないというようにクボケンを見る。
「死ぬのが惜しくないとでも言いたいか?」
「……死ぬ、か」
クボケンが苦しそうに息を吐く。
「この前までは……そうだったかもな」
そして、般若を見る。
「でも、今は死ぬのが惜しい。それに俺は――死ぬつもりはない」
「……?」
「あんたは正真正銘の武士だ」
クボケンが静かに言う。
「俺を死なせたりはしない」
般若がしばらく黙り込む。
「……解せぬ。なぜ拙者がお主を生かす義理がある?」
クボケンへ背を向ける。
「トドメを刺さずとも、その傷から氷は広がる。いずれ全身は凍り、お主は死ぬ」
般若が氷月を振り、刀身についた血を払う。
「あとは童子のもとへ向かうのみよ」
だが――般若の足が止まる。
(……いや)
そして振り返る。
(なぜ、まだ話せる?)
本来なら、すでに全身は凍っているはず。
般若がふと氷月へ目をやる。
「……なんじゃ?」
刀身が黒く変色していた。
錆びついたような亀裂が走り、ボロボロと氷月が崩れ始める。
妖刀・氷月。持ち主の血を代償に、強大な力を発揮する呪われた刀。
だが今、その刀身にはクボケンの血が付着している。
氷月がその血を吸い上げる。
そして同時に、クボケンの血に宿るステロのウィルスまでも取り込んでいく。
刀身の黒ずみが一気に広がる。やがて亀裂は刀全体へ走り、氷月が音を立てて朽ちていく。
「なるほど……そういうことか」
般若が崩れていく愛刀を見る。
「お主が凍るより先に、氷月の方が朽ちてしまったようだ」
そして、傷を負って倒れるクボケンへ目を向ける。
「肉を切らせて骨を断つ……か」
氷月の残骸が、般若の手からこぼれ落ちる。
「これでは童子のもとへ向かっても、ただの役立たず者よ。フフ……フハハ!ハーッハッハッハッ!!」
般若が面越しに大きく笑う。
「望み通り、お主を生かしてやろうぞ」
クボケンが薄れゆく意識の中で、般若を見る。
「拙者を刀の呪いから解放した恩があるからの」
般若がクボケンの体を抱き上げる。
「だが、刀で斬られておるのだから、命の保証はないぞ。良いな?」
クボケンの意識が、次第に遠のいていく。
般若はそのままクボケンを抱え、近くの朝倉堂へと運ぶ。
床へ寝かせると、懐から糸と針を取り出す。
「……これを……」
クボケンが残った力を振り絞り、ポケットから小さな瓶を取り出す。
「ドグ博士が作ってくれたワクチンだ……感染直後なら効くはずだ」
般若がそれを受け取る。
「うぬ。ありがたく頂戴いたす」
そして糸と針を手にする。
「麻酔はないから、覚悟しておけよ」
しかし、その頃にはクボケンの意識はすでになかった。
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