大吾 対 牛鬼 二
「いかん!もう出てきよる!」
法師が声を上げる。
ギターを演奏し続けるジミーの頭上には、巨大な空間の裂け目ができていた。
その奥から現れる、巨大な骨の腕。
そして、王冠を被った骸骨の頭。
所々に腐敗した肉を残したその姿は、まるで死そのものを具現化したかのようだった。
「これが死神の王!?ただのバケモンじゃねぇか!」
さすがの牛鬼も、その異様な姿を前に声を荒らげる。
「正規の方法で召喚されておらんからの。なぜこの若造が王の召喚方法を知っていたのか分からぬが、不安定な状態で呼び出されておる。」
法師が裂け目を睨みつける。
「こうなっては、もう演奏を止めても遅い。直接王を攻撃し、帰ってもらうしかあるまい」
「でもなぁ爺さん……ありゃあ俺でも分かるぜ?」
牛鬼の表情から、いつもの余裕が消える。
「俺たちじゃ、アレには勝てねぇよ」
死神の王が姿を現すにつれ、周囲の草木が次々と枯れていく。
飛んでいた鳥が地面へ落ち、辺りにいた虫たちも次々と命を失っていく。
ただそこに存在しているだけで、周囲から命が奪われていく。
「……だが、やるしかないじゃろう」
法師が背負っていた琵琶を手に取る。
「やらねば、皆死ぬ」
覚悟を決め、琵琶を奏で始める。
「奏鳴術・冥響召喚!参れ、がしゃどくろ!」
演奏と共に、法師の骨の死神が姿を現す。
その死神から放たれる陰も、決して小さなものではない。
しかし死神の王を前にすると、その存在すら霞んで見える。
まるで、虎と猫ほどの差だ。
「で、こっからどうするんだ?単純にアレをぶん殴ればいいなら、俺がやっちまうが?」
「王ともなれば、その場の環境さえ変えてしまう。現に近寄る者は、あのように命を吸い取られておる」
法師が、地面へ落ちた鳥へ目を向ける。
「無闇に近づいたところで、触れる前に死ぬのがオチじゃ」
「じゃあ、爺さんの死神でやんのか?」
法師の表情が曇る。
「……わしの死神は、将棋で言うところの角行程度のもんじゃ。王には勝てん」
「じゃあどうすんだよ!?」
牛鬼が苛立ったように声を上げる。
空間の裂け目から、死神の王がさらに姿を現していく。
「じゃが――角は馬に成る。馬を上手く扱えば、王を取れるかもしれん!」
法師が牛鬼を見る。
「幸い、王はわしらのことなど眼中にないようじゃ。じゃが、裏を返せば好機でもある」
そして、琵琶を握る手に力を込める。
「牛鬼よ、わしの力をお前に託すぞ!」
法師の死神が牛鬼の体を包み込む。
骨が全身を覆い、まるで鎧のように牛鬼を武装していく。
その姿は、夜叉を思わせるほど禍々しい。
「わしの死神はサポート向きでな。その姿なら、王に近づいても命を吸われることはなかろう」
法師が死神の王を見据える。
「あとはお前さんの力次第じゃ。手加減はいらん。ありったけの馬鹿力で、王に一発当ててこい!」
「ほーう、こりゃいいな。陰がみなぎってくるぜ」
牛鬼が拳を握りしめる。
「手加減なんてしねぇよ。やっと全力でぶちかませるってもんだ」
口元を吊り上げる。
「死神の王が勝つか、俺の筋肉が勝つか――やってやろうじゃねぇか!!!」
武装された牛鬼の右腕が、何倍もの太さへと膨れ上がっていく。
ただ大きくなったわけではない。
濃密な筋肉が凝縮され、その形は美しいほどに洗練されている。
法師の死神によって強化された牛鬼から、凄まじい陰が溢れ出す。
それまで牛鬼たちなど目もくれなかった死神の王が、初めてその顔を向ける。
「よっしゃ、いくぜ爺さん!これでダメでも俺を恨むなよ!」
「誰が恨むものか!わしも全力じゃ!ダメならあの世で酒でも交わそうぞ!!」
牛鬼が地面を蹴り、死神の王へ向かって高く飛び上がる。
巨大化した右腕を振り上げ、その顔面へ狙いを定める。
「俺の筋肉パワーを思い知りやがれぇええええええええ!!!!!」
その瞬間。
牛鬼の動きが、まるでスローモーションになったかのように見える。
振り抜かれた拳が、ゆっくりと死神の王の顔面へ近づいていく。
そして――拳が王の顔面を捉える。
次の瞬間、一気に時間が戻ったかのように凄まじい衝撃が走り、豪風となって辺りのものを吹き飛ばす。
ギャオオオオオオオオオオン!
獣のような悲鳴が響き渡る。
「や、やったかの!?」
死神の王が大きくのけ反り、そのまま空間の裂け目へと姿を消していく。
だが、王を倒したわけではない。
不意を突く攻撃を顔面に受け、それに驚き、裂け目の向こうへ退いたに過ぎない。
それでも、死神の王を元の場所へ戻すには十分だった。
王が姿を消すと同時に、ジミーの姿も解けていく。
大吾が元の人間の姿へ戻り、そのまま地面へ倒れる。
「若造!しっかりせんか!」
法師が駆け寄り、何度も呼びかける。しかし、大吾は目を覚まさない。
法師が大吾の胸へ耳を当てる。
「いかん!心臓が動いておらん!」
法師の表情が一変する。
そこへ牛鬼が無言で近づき、大吾の胸へ手を置く。
「牛鬼……なにか手があるのか?」
「静かに」
牛鬼が目を閉じる。
「俺の能力は、触れた相手の筋肉も操ることができる。心臓も筋肉の一つだろ?」
自らの鼓動に合わせるように、大吾の心臓を動かしていく。
だが、心臓は牛鬼の力で動かされているだけで、自ら鼓動を始める気配はない。
(ここで死んだら、永遠にてめぇの負けだぜ)
牛鬼が歯を食いしばる。
(お前だけじゃねぇ。お前を死なせたダチも負け犬だ。それでもいいのか?)
当然、大吾から返事はない。
「……いいのかって聞いてんだ!!!」
牛鬼の怒号が響く。
その瞬間――ドクン。
大吾の胸から、確かな鼓動が伝わる。
「……っ!ゴホッ!ゴホッ!」
大吾がむせるように息を吸い込む。
「ふぅ……なんとか死人を出さずに済んだわい」
法師が安堵し、その場へ腰を落とす。
そこへ――。
「大吾!」
声と共に、菜々子が駆けつける。
その腕には、頭だけになったメアリーが抱えられていた。
二人が青白い顔で横たわる大吾のもとへ駆け寄る。
菜々子が大吾の上半身を抱き起こす。
「な、なんで……なんで死んじゃったのよ!!みんなで生きて帰るって言ったじゃない!」
「いやぁ!大吾の馬鹿!アンタがいないと楽しくないじゃない!もう一度目を覚ましてよ!」
「……勝手に殺すんじゃねぇ」
「わ!」
菜々子とメアリーが同時に声を上げる。
うっすらと目を開ける大吾。
「俺は……負けたのか?」
まだ意識はぼんやりしている。
どうやら、死神の王を召喚してからの記憶が途切れているようだった。
「うぬ。お主の負けじゃ」
法師の声から、先ほどまでとは違う重さが滲む。
「どうやら、自分のやったことの重大さも理解できておらんようじゃの」
大吾が法師を見る。
「お主には聞きたいことが山ほどある」
法師が大吾をじっと見据える。
「まずは――どこで王の召喚方法を知った?」
法師の口調から、静かな怒りが伝わってくる。
そして大吾は、法師の質問に答え始める。
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