隠し玉
大吾と牛鬼の戦いがひと段落した頃――。
八郎は一人、清水へと向かっていた。
来た道の方から感じる大きな陰の気配に、仲間たちの身を案じる。
だが、もう引き返すことはできない。
目的地までもう少しというところで、八郎が前方に無数の陰を感じ取る。
道の先には、丑の部下と思われる小鬼たちが待ち構えていた。
八郎が距離を取ろうと一歩下がる。
しかし――気づけば周囲にも小鬼たちが現れ、完全に取り囲まれていた。
その数は、百を超えている。
バジリスクの力を使えば、倒すこと自体は難しくない。
だが、ここで陰を消費すれば、この先に待つ童子との戦いに大きく影響する。
ならば。八郎が叫ぶ。
「出番だよ!半三!!!」
「やっと俺の出番ですね!待ってました!」
どこからともなく、八郎の前に半三が姿を現す。
――時は、昨日の朝へ遡る。
約束の集合の日。
誰よりも早く蛇ノ目家へ戻ってきたのは八郎だった。
「ただいま!半三、留守番ありがとう」
「一番乗りですね、八郎様。皆様はまだいらっしゃってないようです。少し休憩されては?」
「いや、それより半三に用があって早く帰ってきたんだ」
「俺に……ですか?」
八郎が朝早く蛇ノ目家へ戻ってきたのは、半三に確認しておきたいことがあったからだった。
二人が縁側に腰掛ける。
「明日は遂に丑との干支合戦。おそらく相手は、生死を問わず攻撃してくると思う」
八郎が半三を見る。
「半三。君には君を待つ者がいる。それに、人間へ戻れる可能性だって残ってる。僕は巳の長として、そんな半三を危険な目に遭わせることはできない」
「つまり……明日の干支合戦、俺に参加するなと」
半三が黙り込む。
しばらくして、顔を覆うガスマスクに手を触れる。
「八郎様、覚えてますか?俺にこのガスマスクをくれた日のこと」
「もちろん、覚えているよ」
「俺がヴィランとして働いてるのを娘が知ったら悲しむって、八郎様がくれたんですよね」
半三が静かに手を下ろす。
「でも俺、実はもう娘に話してるんです。俺がヴィランとして働いてることを」
八郎が半三を見る。
「娘はそれがどういうことか、まだよく分かってないんですけどね」
半三が膝の上で拳を握る。
「俺はここで働いて、ここに必要とされて……ヴィランとしての自分に誇りを持つようになったんです。だから、娘にも話すことができた」
半三が俯いたまま続ける。
「八郎様。俺なんかを気遣ってくれて、ありがとうございます。でも――」
顔を上げる。
「巳の仲間として、どうか俺も干支合戦に連れていってくれませんか?」
八郎がしばらく半三を見つめる。
「……分かった。今更、野暮なことを言ってすまなかった」
半三の握り締めていた拳が、ゆっくりと緩む。
「だけど、半三を死なせることができないのも事実だ」
真剣な表情のまま八郎が話す。
「おそらくみんなも、僕と同じ思いだと思う。半三を干支合戦に参加させると聞いたら、反対するかもしれない」
少し考えたあと、八郎が続ける。
「だから、半三の思いを汲んだ上で、みんなには内緒にしておく」
「………」
「そして今から、半三には自分の身を守るための技を一つ覚えてもらう」
「い、今からですか!?」
「そう。今から」
八郎が真っ直ぐ半三を見る。
「今日中に覚えられなかったら、半三を干支合戦に連れていくことはできない。それだけは譲れないよ」
「…分かりました。絶対に覚えてみせます!それで、その技ってのは?」
「僕の得意とする技――陰武召喚。陰を使って無生物を召喚する技さ。武器や道具を召喚して、戦闘を有利にすることができる。コツを掴めば、二、三日で習得できるはずだよ」
「ち、ちょっと待ってください!二、三日じゃダメじゃないっすか!?」
一気に不安になる半三。
「まあ、普通ならね」
「普通なら?」
「よく考えてみて。半三の能力は?」
「武器を生成する……?」
「そう。正確には、火薬を使う銃火器を生成する能力だね。だから半三は、すでに陰武召喚に近いことを能力としてやってるんだ。ただし、二つには大きな違いがある」
「違い…ですか」
「半三の能力で作れるのは銃火器に限られる。でも陰武召喚なら、イメージさえできれば銃火器以外の無生物も召喚できる」
半三が話を聞きながら頷く。
「例えば銃を出すだけなら、わざわざ陰武召喚を使う必要はない。最初から銃を持っていれば陰を消費することもない」
「確かに」
「戦闘では陰を残しておくことも重要だからね。どうせ陰武召喚を使うなら――」
「持ち運べないような、大きなものが良いってことですね」
「その通り」
八郎が頷く。
「そこで、一つ確かめたいことがあるんだ。とりあえずやってみようか」
「はい!」
「まず、いつもの能力で銃を生成してみて」
半三が手をかざす。
すると、難なくその手に銃が現れる。
「じゃあ次は、水鉄砲をイメージしてみて」
「水鉄砲っすか?やってみます」
半三が今度は水鉄砲を思い浮かべる。
その手に現れたものは――。
「あれ?」
握られていたのは水鉄砲ではなく、先ほどと同じ銃だった。
「やっぱりこうなるか」
「どういうことです?」
「陰武召喚で一番大事なのは、召喚する物を正確にイメージすることなんだ」
八郎が半三の持つ銃を見る。
「重さ、大きさ、形。そういうものをしっかり想像できないと、思った通りの物は召喚できない。普通の人が銃を正確にイメージするのが難しいようにね」
「なるほど……」
「三濃力の想像力に通じるものがある。だから普通は、そのイメージを作るのに時間がかかるんだ。でも半三は違う。水鉄砲をイメージしたのに、銃が出てきた。半三の中では、無生物を召喚しようとすると、そこに自分の能力である銃火器の要素が加わるみたいだ」
半三が手の中の銃を見つめる。
「良くも悪くも、半三の能力が陰武召喚に影響してるってことだね」
「じゃあ俺、水鉄砲すら出せないってことっすか?」
「まあ、そうなるね。でも、悪いことばかりじゃない」
八郎が笑う。
「見方を変えれば、身近な物をイメージするだけで、それを戦闘に使える武器へ変えて召喚できるってことだからね」
「………!」
「じゃあ――」
八郎が半三を見る。
「さっき言ったような、持ち運べないほど大きな物をイメージしたらどうなると思う?例えば――」
八郎が口元に笑みを浮かべる。
「車とかね」
――そして現在。
小鬼たちに囲まれる中、半三が前へ出る。
「陰武召喚!巳式軽戦車!」
光と共に、八郎と半三の前へ一台の戦車が姿を現す。
突然現れた鉄の塊に、小鬼たちがたじろぐ。
「八郎様!乗ってください!」
「うん!」
二人が戦車へ乗り込む。
「流石だね、半三!これなら小鬼の群れも突破できる!」
「八郎様のご指導のおかげです!じゃあ飛ばしますよ!」
戦車が勢いよく走り出す。
行く手を塞ぐ小鬼たちを掻き分けながら、清水を目指して突き進んでいく。
だが――次々と小鬼たちが戦車へ飛びつき、車体を覆っていく。
走る速度が徐々に落ち始める。
「流石にこの量だと、動けなくなるのも時間の問題っすね……」
「僕にできることはあるかい?」
「いや、八郎様は陰を取っておいてください」
半三が操縦席の横へ手を伸ばす。
「こんなこともあろうかと、緊急用スイッチを用意しました!」
そこには、いかにもと言ったベタな赤いボタンがついていた。
「それでは、ポチッと」
半三がボタンを押す。
戦車の上部から赤いサイレンが飛び出し、けたたましく鳴り響く。
その直後。
ガタン、ガタンと車体が激しく揺れ始める。
戦車にしがみついていた小鬼たちが、次々と引き剥がされていく。
「隊長ー!八郎様ー!大丈夫ですかぁ!?」
聞き覚えのある声が響く。
現れたのは、周辺に潜んで合図を待っていた巳の下っ端――テッカー軍団。
武器を手に、小鬼たちを戦車から次々と引き離していく。
「よっしゃ!ここからは俺たち戦闘員の腕の見せ所だ!気張っていくぜ!」
「イエッサー!」
半三が戦車の大砲を小鬼たちへ向ける。
轟音と共に砲弾が放たれ、小鬼たちを吹き飛ばす。
「八郎様!ここは俺たちに任せて、先に進んでください!」
八郎が半三とテッカーたちを見る。
「……分かった。半三、みんな、ありがとう!」
「時間外手当つけてくださいね!」
八郎が戦車を降り、清水へ向かって走り出す。
その背後では、まるで戦国時代の合戦のように、小鬼たちとテッカー軍団の武器が激しくぶつかり合う。
その音を背中に感じながら――八郎は遂に、童子の待つ清水へと到着する。
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