菜々子 対 呉葉 二
呉葉の攻撃から、使い魔が必死に逃げ回っている。
「もう時間の問題。大人しく殺されてくださいな」
呉葉が口から毒を吐き出す。
使い魔がそれをかわし、辺りを飛び回る。
「あらあら、まるで逃げ回る小虫のようやね。生にしがみつく弱者の姿は、なんとも滑稽なものです」
使い魔を追い詰める呉葉。
その時、毒沼の方から咳き込む声が聞こえる。
「ゴホッ、ゴホッ……ちょっと。私の可愛い相棒をいじめないでくれる?」
呉葉が声の方へ目を向ける。
毒沼から、フローラがゆっくりと這い上がってくる。
沼の量は先ほどよりも明らかに減っている。
そして、その中央にはピンク色の花を咲かせた奇妙な植物が育っていた。
「まだ生きてはったんですね。残念やわ」
「使い魔が生きている限り、私はそう簡単には死なないのよ」
呉葉が冷たい目でフローラを見下ろす。
「で、その気味の悪い花はなんです?」
「これは陰獣植物の一つ――万喰花オムニヴォラ。どんな環境にもすぐ適応し、栄養源を見つけて成長する」
フローラが巨大な花へ目を向ける。
「この子が沼を吸い上げてくれたおかげで、なんとか抜け出せたわ」
「そうでしたか」
興味なさそうに呉葉が答える。
「けど、あなたにはしっかり毒が効いてるようやね。さて、この状況からどう巻き返すおつもり?」
その問いに、フローラがニヤリと笑う。
「……それがあるのよ」
フローラが使い魔へ手を伸ばす。
「使い魔ちゃん、時間稼ぎしてくれてありがとう!こっちに戻っておいで!」
待っていたとばかりに、使い魔がフローラの元へ飛んでくる。
「ごめんね、あの鬼ババが怖かったのね。さんざん虐めてくれちゃって!覚悟しなさ――ゴホッ!ゴホッ!」
激しく咳き込み、口元から血がこぼれる。
「あんまりチンタラしてる時間はないようね……」
フローラが口元の血を拭う。
「ボルティナ姉さんから教わったあれを使う絶好のチャンスよ。使い魔ちゃん、準備はいい!?」
使い魔が大きく頷く。
「いくわよ!シンクロバースト!!」
使い魔の体がフローラへと重なり、そのまま溶け込んでいく。
フローラの全身が緑色の光に包まれる。
やがてその姿は――使い魔の特徴を宿した姿へと変わっていた。
それは、干支合戦を控えたフローラとボルティナの修行でのこと。
「今から教える秘伝技、その名はシンクロバースト」
ボルティナがフローラへ向き直る。
「二つに分かれた核を、一つの肉体に戻す技だ。つまり、使い魔との融合と言った方が分かりやすいな」
ボルティナが雷の使い魔を呼び出す。
「実際に私がやって見せよう。よく見ていろ」
使い魔がボルティナの体へ重なり、そのまま溶け込んでいく。
全身に電気をまとい、その姿が魔人のように変化する。
「これが使い魔とのシンクロバーストだ」
ボルティナが自らの体を見せる。
「一つの体に、二つの核が存在している状態だ。一人で二つ分の核の力を得ることができる」
さらに拳を握る。
「それだけじゃない。融合した使い魔の特徴によって、新たな能力まで開花する。どんな能力になるかは、実際にフローラが使ってみないと分からないがね」
やがてボルティナが元の姿へ戻る。
「かなり強力なのは分かったわ。ロックやフレア、アクアもできるのよね?」
「……いや」
ボルティナが首を横に振る。
「これは私とフローラだけに許された力なんだよ」
「?」
フローラが首を傾げる。
「強大な力には、それ相応のリスクがある」
先ほどまでとは違い、ボルティナの表情が真剣なものへ変わる。
「このシンクロバーストを開発したのは、父様――アルバスだ」
「父様が?」
「この力によって、父様は悪役十二支でも上位に入るほどの実力を手にした。だが、一つの肉体に二つの核を宿すことで、体には大きな負荷がかかる」
ボルティナが自分の胸元へ手を置く。
「体の細胞が耐えられず、少しずつ破壊されていくんだ。一度や二度ならまだいい。だが父様は、任務のためにシンクロバーストを使い続けた」
フローラの表情が曇る。
「その結果、父様の体はボロボロになり……若くして亡くなった」
初めて聞かされた父の死の真相に、フローラの表情が一気に曇る。
先ほどまでの明るさが消え、暗い顔でうつむいてしまう。
「おいおい!ここでへこたれてたら始まらんだろう!」
「だって……父様も母様も、あまりにも不憫なんだもの……」
目に涙を浮かべながら、フローラが顔を上げる。
「でも、それなら私たちにも同じリスクがあるんじゃないの?姉さん、さっき何の躊躇もなく使ってたけど……よく考えたらおかしいわよね?」
その言葉を待っていたかのように、ボルティナがニヤリと笑う。
「そこがポイントなんだ。フローラ、ロックとフレア、アクアの血液型を覚えているか?」
急に得意げになった姉を不審に思いながら、フローラが答える。
「えーっと……たしかロックはA型、フレアとアクアはO型だったかしら」
「正解!では、私たちの血液型は?」
「私はAB型、姉さんはB型ね……あ!」
フローラが何かに気づく。
「気がついたようだね。母様はB型、父様はA型。そしてフレアとアクアがO型ということは、母様はBO型、父様はAO型ということになる」
ボルティナが嬉しそうに説明を続ける。
「つまり、私たちが持つB型の血は母様から受け継いだものなんだ」
「母様の血……つまり巳の血が濃いってことね」
フローラの表情が明るくなる。
「わかったわ!巳の血には強力な再生能力がある。シンクロバーストで細胞が傷ついても、その再生能力で修復できるから、負担を最小限に抑えられるってことね!」
「それ、私が言いたかった……」
「あ、ごめん」
ボルティナが小さく息を吐く。
「だがな、フローラ。お前はそれだけじゃない。父様の血も強く受け継いでいるんだ」
「父様の?」
「叔母様が言うには、父様の使い魔も植物を思わせる姿だったそうだ。お前の使い魔とよく似ている」
ボルティナがフローラをまっすぐ見る。
「母様から受け継いだ巳の再生力。そして父様と似た使い魔――きっとフローラならシンクロバーストをものにできる」
その後、干支合戦まで残された十日間。
フローラはシンクロバーストの修行に打ち込み――見事、その力をものにした。
そして現在。
シンクロバーストを完成させたフローラが、呉葉へ向き直る。
「薔薇の魔女と植物の使い魔が融合した姿。言わば、植物の魔人ね」
フローラが自分の体を見下ろす。
「この姿の時だけ、特別な能力が与えられる。それは――自身の生み出した植物との共有と一体化」
そう言って、先ほど生み出した万喰花へ手を触れる。
フローラの腕がそのまま万喰花へと溶け込み、植物と一体化していく。
毒に侵されていた体に、みるみる生気が戻っていく。
「毒への耐性を身につけた万喰花と一体化したことで、もう私に毒は効かない」
「なるほど。けど、まだ勝負がついたわけやありません」
呉葉が周囲に張り巡らされた蜘蛛の巣へ目を向ける。
「まともに動けへんのは変わらんでしょう?まだ優位なのは私。さぁ、私の餌になっていただきます!」
呉葉がフローラ目掛けて蜘蛛の糸を吐き出す。
糸が体へ絡みつき、フローラの動きを封じる。
だが――。
「あなた、まだ気がついてないようね?」
「……?」
「周りを見てみなさい?」
呉葉が辺りへ視線を向ける。
呉葉の蜘蛛の巣には、いつの間にか無数のツルが絡みついていた。
そのツルは、呉葉のすぐ近くまで伸びている。
「あなたが使い魔ちゃんを虐めてる間、あの子はただ逃げてたわけじゃないのよ」
フローラが力強く言う。
「逃げながら、ずっと種を蒔いていたの。そして、その種が発芽してツルになった」
呉葉が鼻で笑う。
「こんなツルで私を捕らえるおつもり?なんとも馬鹿馬鹿しい」
「言ったでしょ?私の能力は植物との一体化」
フローラが呉葉を見つめる。
「私から生まれた植物は、私の体の一部――いや、私自身なの」
そして、蜘蛛の巣に絡まった一本のツルへ目を向ける。
「だから、そこにあるツルも……」
ツルの一部が形を変える。
その先端が――フローラの上半身へと変わる。
「私。」
「……!?」
「それから、あっちのツルも」
「私。」
別のツルからも、フローラの姿が現れる。
「私。」
「私。」
気がつけば――無数のフローラが、呉葉を取り囲んでいた。
そして、一斉に呉葉へと絡みつく。
「こ、これは!?」
呉葉の腕や体を締め上げ、動きを完全に封じる。
対して、蜘蛛の巣に捕らわれていたフローラは、ようやくその拘束を振りほどく。
そして、呉葉の首へツルの鞭を巻きつける。
「勝負あったみたいね」
呉葉が周囲を見回す。
どこを見ても、フローラ。逃げ道はない。
「なんとも不気味で底知れん力……悔しいですけど、私では到底敵いませんわ」
呉葉が力を抜く。
「さぁ……トドメを刺しなさい」
だが、フローラは首に巻きつけていたツルを解く。
「もういいでしょ。勝負は私の勝ち」
そして、辺りを見回す。
「怖がらなくていいから、そろそろ出てきなさい!」
しばらくして、物陰から立会人の加藤が恐る恐る姿を現す。
「い、いやぁ……あんたらめっちゃ怖かったもんで、出てくタイミング逃しちまった」
加藤が二人の様子を確認する。
「てなわけで、この勝負――フローラの姉さんの勝利で!」
シンクロバーストを解き、菜々子と使い魔の姿へと戻る。
その前で、呉葉が涙を浮かべながら菜々子へ詰め寄る。
「なぜ私を殺さなかったんです?どうせ生き残っても、上様に顔向けできません。私は……私は……」
そう言うや否や、呉葉が隠し持っていた小刀を自らの首へ向ける。
だが、その動きを察した加藤がすぐさま小刀を蹴り上げる。
「ふぅー……そんな危ねぇもん出すんじゃねーよ」
「ダメ男だと思ってたら、案外やるじゃない」
菜々子が呉葉へ向き直る。
「呉葉。私たちは、あなたたちが憎くて戦ってるわけじゃないの。ヴァイパーの汚名を晴らしに来ただけ」
菜々子がまっすぐ呉葉を見る。
「死人を出すつもりもないし、八郎もそんなの望んでいないわ」
「けど……私は、これからどうしたら……」
「今までと同じように、童子をそばで支えてあげればいいの」
呉葉が顔を上げる。
「もし童子がそれを許さなくても、八郎がうまくやってくれるわ」
菜々子が優しく笑う。
「大丈夫。私と八郎を信じて!」
そのまっすぐな言葉に、呉葉の表情が少しずつ和らいでいく。
「ここは俺がついてますから、姉さんは先に向かってください」
「ありがとう。……他のみんなが気になるわね」
菜々子が使い魔を見る。
「使い魔ちゃん、先を急ぎましょうか」
胸騒ぎを感じながらも仲間たちの無事を願い、菜々子は再び走り出す。
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