健司 対 般若 一
「八郎、大丈夫か?」
次の相手が待つ場所へ向かう途中、クボケンの声で八郎が我に返る。
「ごめん。なんだか嫌な予感がして……みんな無事でいてくれたら良いけど……」
「菜々子はともかく、大吾も睦子もだいぶ成長したみたいだ。心配だが、今は任せるしかない」
クボケンが前を見据える。
「それに正直、俺も自分のことで手一杯かもしれん。大吾の予想通り、次の相手は……」
その先に、青白い人魂がゆらゆらと浮かんでいる。
その光が一人の男を照らし出す。
顔を覆う――般若の面。
「よぉ、久しぶりだな。あの時はまんまと逃げられたが、今回はそうはいかないぜ」
「拙者もお主と一戦交えたいと思っていたぞ、マクベス」
袖に隠れていた腕を出し、腰の刀へそっと手を添える。
その瞬間、冷たく鋭い殺気がクボケンへ向けられる。
クボケンが一歩前へ出る。
「行け、八郎」
八郎が静かに頷く。
言葉を交わすことなくクボケンへその場を託し、童子の待つ清水の舞台を目指して走り出す。
八郎の姿が遠ざかっていく。
残された剣士が二人。般若が夜空を見上げる。
「今宵は良い月が出ておる。我が愛刀、氷月も久々の出番に喜んでおるわ」
ゆっくりと鞘から刀を抜く。
そして刀を逆手に持ち、クボケンへ向けて構える。
(すげぇな……前回会った時より陰が増してやがる。こりゃ相手も本気で俺を殺す気だ)
クボケンの全身を陰が包む。
その姿が――マクベスへと変わる。
マクベスも剣を構え、般若と向かい合う。
二人の間を、冷たい夜風が吹き抜ける。
どちらが先に動いたのか分からない。
次の瞬間、夜の静寂を切り裂くように剣と剣がぶつかる音が無数に響く。
お互い太刀筋が見えないほどの速さで攻撃を繰り出し、一歩も譲らない。
やがて剣の音が止む。
「ほーう、思うていたよりも速い。それに剣さばきもまずまず……ならば手加減は無用だな」
月明かりを受け、般若の刀が鈍く光る。
般若がその刃を自らの腕へ当て、ゆっくりと引く。
刃に血が伝い、ポタポタと地面へ落ちていく。
「これは妖刀の一つでな。主人の血を欲し、その代償として力を発揮する」
般若が血に濡れた刀を見つめる。
「一度手にした者の血を、死ぬまで絞りとる恐ろしい刀よ。拙者もこの刀の呪縛から逃れられず、挙げ句の果てに魅了された者の一人じゃ」
般若が再び刀を構える。
「さて、準備は整った。参る!」
今度は般若から一気に間合いを詰め、刀を振り下ろす。
マクベスが剣で受け止める。
しかし――剣と刀が触れた場所から、氷が一気に広がり始める。
「これは!?」
氷が剣を伝い、そのままマクベスの右腕へと這い上がっていく。
マクベスがすぐさま般若を振り払い、距離を取る。
右腕はすでに凍りついていた。
「切りつけたものを瞬時に凍らす。その名の通り、氷のように冷酷な刀。それがこの氷月」
般若が静かに刀を向ける。
「さて、お主はこの刀とどう戦う?」
凍りついた右腕。
だが、まだ剣を振るうことはできる。
(問題は、あの刀に触れられないことだな……こうなりゃ一か八か……)
マクベスが剣を構え直す。
その構えは、酉のボルティナと対峙した時と同じ。
自らの鎧に宿る陽を最大限に使い、身体能力の限界を引き出す大技――雷鳴。
「悪いが、こっちは戦いを楽しむ余裕はないんでな。早々に白黒つけさせてもらう」
マクベスの全身を陽が包む。
次の瞬間。
辺りが雷光に包まれ、一瞬にして視界が真っ白になる。
遅れて、凄まじい雷鳴が響き渡る。
光が消え、夜の暗闇が戻る。
そこには、般若の背後で剣を振り抜いたマクベスが立っていた。
直後、般若の体から血飛沫が舞う。
「ぐっ……!」
口から血を吐き、般若が膝をつく。
「……良い一撃であった」
般若がゆっくりと顔を上げる。
「しかし、拙者を倒すにはまだ足りん」
般若が言葉を言い終えた、その時。
マクベスの体に異変が起こる。
先ほどの攻撃ですれ違った瞬間、般若の氷月はマクベスの胴へ触れていた。
そこから氷が広がり、鎧ごとマクベスの全身を覆っていく。
そしてついに、マクベスは完全に氷の中へ閉じ込められてしまった。
般若がゆっくりと立ち上がる。
「期待しておったが……所詮それほどであったか」
そう言い残し、その場を去ろうとする。
だが――般若が足を止める。
背後から、これまで感じたことのない禍々しい陰を感じる。
「……まだ……終わってないぜ?」
般若が振り返る。
その瞬間、マクベスを覆っていた氷が音を立てて崩れ落ちる。
般若の視線の先。
そこには、半身をステロの陰に覆われたマクベスが立っていた。
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