大吾 対 牛鬼 一
睦子を残し、さらに先へと進む八郎たち。
その時、建物の瓦屋根の上に大きな人影が見える。
月明かりを背に受け、その姿は黒い影となって浮かび上がっていた。
「ケッ!雑魚臭がするぜ」
大男が軽々と屋根から飛び降りる。
地面へ降り立った男の頭には大きな角。
鍛え上げられた筋肉が全身を覆い、その顔にはこれまでの者と同じく鬼の面をつけている。
「やれやれ。そやつが先ほど話に出た、手のつけられんやつじゃ。ここはわしが見届けることにしよう。さて、巳の者からは誰がお相手いたす?」
「俺がいく!」
大吾が威勢よく名乗り出る。
しかし、クボケンがすぐに止める。
「大吾、奴の陰は並大抵のもんじゃない。下手したら死ぬかもしれん。俺が行く」
「待ってくれクボケン。あいつが強えのは分かってる。でも八郎にはクボケンがついてやってて欲しいんだ。次に現れるのは多分、般若面の男だ。あいつの刀に対抗できるのはクボケンしかいねぇ」
大吾の拳が小刻みに震えている。それは恐怖なのか、それとも武者震いなのか。
クボケンが何か言おうとするが、八郎が静かに手で制する。
「クボケン。大吾なら大丈夫だよ」
八郎が大吾を見る。
「大吾、頼んだ」
「任せとけ、兄弟」
大吾の言葉を信じ、八郎とクボケンが先へ進んでいく。
残された大吾を見て、大男が鼻で笑う。
「おいおい、震えてんじゃねぇか。可哀想に。だが臆病者には用はねぇ。とっとと片付けて奴らを追うぜ」
「これは嬉しくて震えてんだぜ?勝ち星は俺がもらう!」
大吾の全身を陰が包み、ジミーへと変身する。
そして背負ったギターを構える。
「ほーう、牛の頭のギターかぁ。いいもん持ってんじゃねぇか」
「……ん?」
思いもよらない反応に、ジミーの緊張がわずかに緩む。
一方、法師がギターを見つめる。
(なぜあやつがリンダのギターを持っておる?それに、あれを使いこなせるとは思えんが……)
法師が疑問を抱いた、その瞬間――大男の拳が突然ジミーへ飛んでくる。
「うおっ!」
ジミーが咄嗟に身をかわす。
拳が地面へ叩き込まれ、石畳に大きな亀裂が走る。
「な、なんだよ急に!」
男がゆっくりと拳を引き抜く。
先ほどまでとは明らかに違う殺気が、その全身から放たれていた。
「そのギターの頭は俺の親父の骨だ」
「……え?」
「テメェ、俺にそんなもん見せやがって……気が変わった」
面の奥から怒りに満ちた声が響く。
「ぶち殺してやんよ」
「これ!牛鬼!殺しは許さんと言ったはずじゃぞ!」
法師がすぐさま割って入る。
「それにこれは、わしが子の長に授けたものじゃ。なぜこやつがこれを持っているかは分からんが、こやつはお前の父のことなぞ知らん!」
だが、法師の言葉を聞いても牛鬼の殺気は収まらない。
「そんなもん関係ねぇ。こいつを殺して親父の形見を返してもらう。それに童子は殺る気だ。だから俺もいいよなぁ?」
そう言い放ち、面を投げ捨てる。
現れた素顔は――鬼の面よりも恐ろしい。
「だが、一瞬で殺すのも粋じゃねぇな。ネチネチと痛ぶってから殺すか。それじゃあ……」
牛鬼が右腕を振りかぶる。
次の瞬間、強烈な拳がジミーへと繰り出される。
「っ!」
ジミーが咄嗟にギターをかき鳴らす。
その音色とともに炎が吹き上がり、死神が姿を現す。
牛鬼の拳を、炎の死神が正面から受け止める。
「これくらいのパンチじゃ俺は倒せないぜ」
これまでビショップの印を宿していた炎の死神。
しかし修行を経た今、その印はルークへと変わり、姿も以前より大きく成長している。
その様子を見た法師が目を細める。
(ほぉ。リンダ以外にこのギターを操れる者がおるとはな。それにリンダと同じランク……あやつ、なかなかやりおるの)
牛鬼が一度拳を引く。
「俺の能力はなぁ、筋肉を操る能力だ」
牛鬼が自らの右腕へ目を向ける。
「自分の筋肉はもちろん、触れた相手の筋肉さえ操ることができる。と言っても、お前には操る筋肉がねぇがな」
骨だけの姿をしたジミーを見て、牛鬼が鼻で笑う。
「筋肉とは力だ。強さだ。体にはありとあらゆる筋肉が存在している。俺はその筋肉の比率を自由に操れる」
牛鬼が右拳を強く握りしめる。
「例えば、他の部位から右腕へ筋肉を集めれば――さっきよりも格段に強悪な凶器ができる」
バキバキバキッ!
牛鬼の右腕が音を立てながら、みるみる膨れ上がっていく。
「こんなふうにな!!」
牛鬼が再び拳を振るう。
ジミーも炎の死神を前へ出し、その拳を正面から受け止める。
だが――。
「ぐおっ!?」
先ほどとは比べものにならない衝撃が死神を襲う。
そのままジミーもろとも大きく吹き飛ばされる。
地面へ叩きつけられながらも、ジミーがすぐさま体勢を立て直す。
ギターを構え、再び牛鬼へ向き直る。
だが、余裕のない表情までは隠せない。
「なんだあのパワー……めちゃくちゃじゃねーか……」
そんなジミーへ、牛鬼がゆっくりと歩み寄る。
「あれを喰らっても死ななかったのは褒めてやるよ。だが、もうお前の力量は分かった」
牛鬼がジミーを見下ろす。
「俺は弱え奴に興味はねぇ。早く次の奴と戦いたいんでな。とっととてめぇを片付けちまうぜ」
そう言うと、牛鬼は四つん這いになり大きく息を吸う。
下半身から上半身へ。全身の筋肉が移動するように集まり、みるみる膨れ上がっていく。
その姿はまるで――闘牛。
「牛鬼!死人を出すではないぞ!こやつを殺したら、お前の処分も分かっておるな!?」
法師の制止にも、牛鬼は耳を貸さない。
地面を蹴るように何度も足を鳴らし、突進する体勢を取る。
その姿を前に、ジミーが歯を食いしばる。
「どいつもこいつも舐めやがって……俺だって前より強くなってんだ!くるなら来いやぁ!!!」
ジミーがギターを激しくかき鳴らす。
炎の死神がジミーを包み込むように身を広げ、その火力をさらに上げていく。
周囲の草木が熱に耐えきれず燃え始める。炎とともに、ジミーの陰も一気に高まっていく。
「それがお前の絶対防御か。この熱じゃ近づくこともできん……闇雲に突っ込んできた相手を死神で捉え、燃やし尽くすまで離さねぇって寸法だな」
牛鬼が炎の死神を見つめ、ふぅーっとため息をつく。
そして、ジミーへ怒号を浴びせる。
「わかってないようだな!そんな次元の話じゃねぇんだよ!小手先の小細工なんかじゃねぇ。必要なのは俺のパワーと渡り合えるシンプルで強大な力だ!だが、馬鹿はくらってみねぇと分からねぇだろうなぁ!死んで自分の非力を恨め!」
牛鬼が地面を強く蹴り、ジミー目掛けて突進する。
筋肉で膨れ上がった巨体が地面を蹴るたび、重い足音と地響きが辺りに響く。
「さぁいくぜ!!!覚悟しろよゴラァアアアアア!!」
「火力全開だぜぇぇぇ!!いつでも来いやぁ!!!!!」
ジミーがギターを激しくかき鳴らし、炎の死神がさらに火力を上げる。
そして――牛鬼と炎の死神が正面から激突。
ドォォォォン!!!
爆発のような衝撃波が一気に辺りへ広がる。
凄まじい爆風が木々を揺らし、法師の面まで吹き飛ばす。
「ぬおっ!?」
近くの大木にしがみつき、なんとかその場に踏みとどまる。
「牛鬼め!なんとメチャクチャなことをやりおる!あの若造は無事か!?」
砂埃が辺りを覆う。
その中から、ゆっくりと牛鬼の影が現れる。
一方、ジミーは地面に座り込んだまま動けない。
不死の体とはいえ、受けたダメージは大きく、まともに体を動かすことすらできない。
炎の死神も力負けし、すでに姿を消している。
(う、嘘だろ……あんだけ修行したのに、このザマかよ!?)
ジミーの前で、牛鬼の足音が止まる。
「信じられねぇって顔してるな。無理はねぇ、お前は弱くねぇよ」
牛鬼が自分の角を指差す。
「見てみろ、俺のツノ。お前の死神のせいで一部分が溶けちまってら」
ジミーがその角へ目を向ける。
「ただ、敗因があるとすれば――俺が強すぎただけの話だ」
牛鬼が鼻で笑う。
「お前を殺したら爺さんがうるせぇからよ。殺すのはやめてやる。それに、生き恥を晒す方がお前にとって屈辱だろうしな」
そう言って、ジミーへ背を向ける。
「次の巳の奴らの所へ行くぜ。じゃあな」
牛鬼がその場を離れていく。ジミーが遠ざかるその背中を見つめる。
その姿を見ながら、ふとこれまでのことが頭をよぎる。
(そういや、高校で初めてできた友達が八郎だったな)
最初はカレナの病気を治すために巳へ入った。
だが、いつしかその目的を忘れてしまうほど、八郎たちと過ごす時間が楽しくなっていた。
(カレナの病気も治って、次の夢はお前をヴィランのトップにすることだって言ったっけ……でも、違うんだ八郎)
ジミーが地面に手をつく。
(俺、ずっとお前の友達でいたかったんだ。巳にいられる理由が欲しかったんだ)
震える体に力を込め、ゆっくりと立ち上がる。
「待てよ……俺は負けられねぇんだ」
牛鬼が足を止め、振り返る。
「あん?まだやんのかよ。決着はついたはずだ。死にたくねぇならそのまま寝てろ」
ジミーがギターを担ぎ、ピックを手にする。
(俺、巳の中で一番弱えの知ってるからさ。なんとしても足引っ張らないようにしなくちゃって……)
ギターの弦へ指をかける。
(八郎、お前の夢の足引っ張りたくねぇんだ)
そして、静かに弦を鳴らし始める。
「俺はダチのために負けるわけにはいかねぇんだよ!」
その旋律を耳にした瞬間、法師の表情が一変する。
「これは!?いかん!牛鬼!あやつを止めるんじゃ!」
「急にどうしたんだ爺さん。珍しく慌てているな」
「緊急事態じゃ!牛鬼よ、ふざけておると皆死ぬことになるぞ!」
ジミーが奏でる旋律とともに、辺りの空気が変わり始める。
夜空を覆う雲が、ゆっくりと薄紫へ染まっていく。
周囲の草木が次々と枯れ落ち、空を飛んでいた鳥までもが力を失い地面へ落ちていく。
「こりゃあ……いったい何が起こってるんだ?」
異様な光景に、さすがの牛鬼も辺りを見回す。
ジミーが残された体力を振り絞り、ギターを弾き続ける。
(ごめんな、八郎。でも……俺、必ず勝つから)
法師が険しい表情で叫ぶ。
「あやつは呼び出そうとしているんじゃよ――」
その言葉に、牛鬼の視線が法師へ向く。
「死神の王を!」
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